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33.こういうお店は初めてなんです。

(目立つ。いや、マジで目立つ……)


 沙羅と一緒に電車に乗り込んだ幸太郎は、周りからの異様と呼べるほどの視線を感じ戸惑っていた。電車のドア付近に立つ沙羅。天使と見間違うほど白く輝く彼女は、車内でもひときわ目立っている。



(改めて見ると沙羅ってお嬢様オーラが凄いんだな……)


 極めつけは彼女が発するお嬢様オーラ。

『庶民、近寄るべからず』という圧力すら感じる高貴なオーラ。近くに立つ幸太郎ですら気を抜くとそのオーラに取り込まれそうになる。



「どうしたの?」


 そわそわする幸太郎を見て沙羅が怪訝そうな顔で言う。


「な、何でもない……」


 幸太郎はそう言いながらも、沙羅と一緒に居ることで自分にも向けられる冷たい視線にも必死に耐えた。





「さあ、着いたわ。ここよ」


(え?)


 嫌な予感はしていた。

 沙羅の部屋で一度着たあの服。名前は知らないがブランド物だと幸太郎でも気付いていた。


 そして沙羅に連れられて来たショップ。

 高級ブランドの店が並ぶその一角にある店。外から見てもブランド品のオーラを放ち、その名前すら知らない店がまるで自分を拒否しているようにすら見える。中にいる店員は皆お洒落で、陰キャの自分には絶対に接点がないような人たちばかりだ。


 極めつけは今着ている服装。

 長年履いて汚れも目立つジーンズに、よれよれのシャツ。靴だけは沙羅に貰った有名メーカーのものだが、色が全く服に合っていない。



(入りたくない……)


 あの中に入ったら地獄を見るのは火を見るより明らか。幸太郎が言う。



「なあ、沙羅。お前だけで交換に行ってくれないか?」


 沙羅が驚いた顔で言う。


「はあ? 何言ってるの? それじゃああなたを連れてきた意味がないでしょ?」


 最もである。ここに来て怖気づく自分が悪いと幸太郎自身も思う。



「いや、俺の格好。これじゃあ入り辛いよ……」


 顔を青くして言う幸太郎に沙羅が呆れた顔をして答える。



「だから、服を交換しに行くんでしょ? 雪平家の人間の隣に歩く……、まあいいわ。つべこべ言わずに付いて来なさい」


 そう言って沙羅は不安そうに、店内をじっと見つめる幸太郎の腕を掴んで無理やり店に入る。


「お、おい! ちょっと待て! まだ心の準備が……」



 沙羅は事前に連絡をしていたようで、名前を告げるとスタッフがすぐに対応をしてくれた。


 幸太郎の心配とは裏腹に実際にはとても丁寧な接客を受け、何の問題もなく無事服を交換し終えることができた。幸太郎はこの様な場所でも堂々としている沙羅を見て住む世界が違う人間だと改めて思わされた。




「どう? 新しい服は?」


 幸太郎は交換した服をそのまま着て店を出る。以前、沙羅が贈ってくれた靴ともよく合う。



「いや、なんか体が慣れん……」


 いつもは古着屋、そもそも服などほぼ買うことが無かった幸太郎。新品のブランド物の服を着てもよく分からないのが実感である。


「悪いな、こんなの買って貰って」


 沙羅が幸太郎を見て言う。



「いいって言ってるでしょ。あなたの服を汚したのは私の責任。でもちょっと教えて。このお金の使い方は間違っていないかしら?」


「お金の使い方?」


 幸太郎はすぐに考える。

 そして沙羅の何でもお金で解決してしまっていた過去を思い出す。


「うん、間違っていないと思うよ」


 沙羅も非を認めている訳だし、まあちょっと高級で、相手の意見を聞かず強引なところは彼女らしいが。



「そう、良かったわ。じゃあ、あなたが言う言葉は?」


 沙羅は立ち止まり幸太郎に向かい合って見つめて言う。少し考えた幸太郎が言う。



「え、あ、ああ。ありがとう」


「どういたしまして」


 沙羅は再びくるりと前を向き歩き出す。幸太郎は少し笑って彼女の横に並んで一緒に歩く。




「なあ、沙羅」


「なに?」


「もうすぐお昼だけど、何か食べたいものはある?」


 そう言われた沙羅が立ち止まって()()()を見ながら答える。


「い、いえ、別にないわ」



 幸太郎が彼女の視線の先にその店を見て尋ねる。


「なんだ、あのフライドチキンの店に行きたいのか?」


 それはチェーン展開しているフライドチキンの店。ハンバーガーなども食べられる庶民的な店だ。沙羅が答える。



「べ、別に何でもいいわよ! あなたが行きたいって言うのならば、仕方ないから付き合ってあげるわ」


 幸太郎は沙羅の真っ白な服を見て、とりあえずラーメンやカレーでないなら良いかと思う。


「よし、じゃあ入ろっか」


「え、ええ」


 先程の高級ブランド店とは対照的に、前をドンドン歩く幸太郎の後ろを小さくなって付いていく沙羅。



「あなた、よく来るの?」


 幸太郎が答える。


「いや、来たことない。でもまあ、大丈夫だよ。店はよく見かけるし」


 沙羅はこれまた先程の店とは反対で、全ての注文を幸太郎にお願いして席に着いた。



(いや~、ここでも目立つ。って言うか浮いてる……)


 高級ブランド店では全く違和感なかった沙羅だが、庶民の店ではこうも浮いてしまうのかと言うほど目立っている。



「お待たせしました!」


 席で待っていたふたりに店員が熱々のフライドチキンを持ってくる。幸太郎が沙羅に取り分けて言う。



「さあ、食べようか」



「……」


 テーブルに運ばれてきたフライドチキンとポテトをじっと見つめる沙羅。


「な、なあ。どうした? やっぱりこういった物は食べられそうにないのか?」


「ううん、違うの」


 そう言って沙羅が顔を上げて周りを見回して言う。



「ねえ、フォークとナイフは持って来てくれないの?」


「は?」


 それを聞いた幸太郎が固まる。



「フォーク? ナイフ? 何に使うんだ、まさか……」


 フライドチキンをじっと見つめて沙羅が言う。



「何って、決まってるでしょ。このお肉を食べるのよ」


 幸太郎が苦笑いして言いう。



「なあ、沙羅」


「なに?」


「周りを見て見ろよ。これは()で食べるんだぜ」



「え?」


 そう言って沙羅が周りをきょろきょろ見回す。



「手で、食べるの、これ? でもそれじゃあ手が汚れて……」


「汚れたらこの紙ナプキンで拭けばいいし、手だって、ほらあそこで洗える」


 幸太郎はそう言って少し離れた場所にある手洗い場を指差す。



「でも、お寿司は手で食べたことあるけど、これは……」


 沙羅には油がギトギトのフライドチキンを、自分の手で持つと言うイメージがどうしてもできない。幸太郎が紙ナプキンでフライドチキンを包むように持ち、沙羅の前に差し出す。



「いいからこれ持って、ほら。食べてごらん」


「う、うん。分かった。じゃあ、頂くね」



 そう言って沙羅は少しだけ口を開けて幸太郎が持ったチキンに当てる。



(え、ええ!? 俺が持ったのを食べるのか!? 手渡したつもりだったのに……)


 沙羅は幸太郎が持ったチキンに小さくかじりつく。



「むしゃむしゃむしゃ。うん、美味しい!!」


 不安そうだった沙羅の顔が明るくなる。幸太郎もそれを見て喜び、そして言う。



「じゃあ、これ持って自分で食べな」


「え……」


 幸太郎が意地悪そうに言う。



「え? 要らないの? じゃあ、このお前の食べかけのチキン、()が食べちゃうぞ!!」


 そう言って沙羅の口の形がついたチキンを食べようとする幸太郎。その意味にようやく気づいた沙羅が慌てて言う。



「ああ、ダメ、ダメ、ダメ!!!!」


 そう言って幸太郎からフライドチキンを奪い取ると自分の方へと寄せる。そして怒りながら幸太郎に言う。



「あ、あなた変態なの!! やっぱりいやらし事ばかり考えて……」


「いいから食べなよ、それ」



 沙羅は自分が持ったフライドチキンを指差す幸太郎を見つめる。



「うん……」


 そして生まれて初めてフライドチキンを()で持って食べる。



「……美味しい」


 手で食べるフライドチキンがこんなに美味しいものだと初めて知った。またひとつ知らないことを教えて貰った気がする。

 沙羅は知らず知らずのうちに、幸太郎と一緒に居ることに安心感を覚え始めていた。

お読み頂きありがとうございます。

続きが気になると思って頂けましたら、ブックマークや評価をぜひお願いします。

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