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31.はるかの優しいお節介

 眠れなかった。

 母親や奈々と一緒の時はまだ良かったが、彼女らが寝静まり、静寂が辺りに広がるとどうしても昼間のことが思い出される。


(明日のバイト、どうしよう……)



 日曜日は終日ファミレスのバイトが入っている。そして斗真もはるかも一緒だ。


(明日は行きたくない。どんな顔してふたりに会えばいいんだろう……)



 ――あいつは遊びだよ。ただのセフレ。


 うぶな幸太郎にとってはあまりにも衝撃的な事実。思い出すだけで体が震え、知らず知らずのうちに涙が出て来る。



(そう言えば、はるかさんから彼女がいるかどうか聞いて欲しいって頼まれてたな……)


 意外な形で知ってしまったその答え。

 しかし今更その答えを知ったところでどうこうするつもりはなかった。

 無論、はるかにそれを伝えるつもりはない。いや逆にこの事実を知らせずに斗真から距離を取って貰うようになって欲しい。


(でも、そんな器用なことが俺に……)


 ただのバイトの後輩である幸太郎。

 はるかの斗真への想いの深さは、皮肉なことに日々彼女を見ている自分が一番よく知っている。そしてある事に気付く。



(俺、こんな事を相談する友達、全くいないじゃん……)


 学校では勉強、それ以外はバイトに明け暮れ、今思えばこんな相談ができる友達が全くいないことに気付いた。


(沙羅の友達になるって偉そうなバイトやってるくせに、何だよこの体たらくは……)


 滑稽でしかなかった。

 恋の悩みや馬鹿言える男友達が全くいない。家のためとはいえ、勉強とバイトしかない自分が少し寂しくなった。



(あ、いるじゃん! 男じゃないけど、ひとり……)


 幸太郎はスマホを取り出すと、少しの躊躇いを経て素早く文字を打ち込む。



『サラりん、起きてる?』


 しばらくスマホを見つめていると返信が届く。


『起きてるよ、こーくん!!』



 幸太郎は嬉しかった。すぐにスマホに文字を打ち込む。


『ごめんね、夜遅く』


『ううん、こーくんから声かけて貰って、サラりん嬉しいよ!!』


 幸太郎にとってサラりんは、唯一と言っていいほど素の自分を出せる相手。リアルの沙羅に対してはそのように接するのは到底無理だが、『こーくん』と言う仮面を付ければ色々なことが話せる。



『ちょっと、辛いことがあってね……』


『辛いこと? どうしたの、こーくん?』



『うん、そんなに大したことじゃないけど、サラりんに元気貰えたらなって思って……』


『うん、いいよ!! でも、どうやったらこーくんを元気づけてあげられるのかな?』


『特別なことしなくていいよ! ただこうやってサラりんと会話してるだけで元気になる。最近何やってた? サラりんのこと教えて!』



『そーお? そんなのでいいの? じゃあね……』


 その後幸太郎はPCを立ち上げ、夜遅くまでサラりんとのメッセージをやりとりした。お陰で少しだけだが辛い気持ちを忘れることができた。






 しかし翌日のファミレスのバイトは予想通り辛いものとなった。


「お疲れ様です……」


「お疲れ、幸太郎!!」


 陽キャのせいなのか、何も考えていないのか、斗真は幸太郎にいつもと変わらずに明るい挨拶をする。



「幸太郎君、お疲れ様!」


 そしてこの人、今日も笑顔が可愛いはるかも、当たり前だがいつも通りに幸太郎に接した。

 はるかの笑顔が可愛ければ可愛いほど、幸太郎の心が重い何かに潰される。恋愛経験、特に男と女の事情など未経験の幸太郎にはどうしていいのかさっぱり分からなかった。



 お昼、昼休憩に入った幸太郎が事務所に行くと、はるかがひとりで昼食を食べていた。一瞬気まずいと思った幸太郎だが、すぐにはるかが声を掛ける。


「ここ、座りなよ」


「あ、はい」


 そう促された幸太郎がはるかの隣に座りお昼を食べ始める。



「今日、お客さん多いね!」


「え、ええ。そうですね……」


 黒い長髪がアップに上げられたはるか。ちらりと見えるうなじがとても色っぽい。普通に話し掛けて来るはるかに、一体どんな顔をすればいいのか分からない。



「幸太郎君が今日入ってくれて、助かったよ」


 はにかむはるかの笑顔がとてもまぶしい。幸太郎には本当に痛いほどまぶしかった。彼女は昼食を食べながら、カバンからある物を取り出して幸太郎に渡す。



「これ、あげる」


「え?」


 はるかは何かのチケットを幸太郎に渡す。



「映画のチケット?」


「うん」


 渡されたのはGWに公開される恋愛映画のチケット二枚。はるかが言う。



「友達に貰ってね。日付限定だから行けないって。私も一応、斗真さん誘ったんだけど、バイトがあるから行けないって言われて。まあ、私もここのバイト入ってたし」


 幸太郎がチケットの日付を見る。そこには5月1日と印字されている。そしてその横のある文字を見て驚いた。


「え? この『カップル特典』って何ですか?」


 幸太郎がはるかに尋ねる。



「うん、それね。男女で行くと何か貰えるらしいの。だから一応斗真さんを誘ったんだけど、無理だった」


 はるかがそう言って苦笑いする。


「いや、俺、こんなの貰えないです! そんな相手もいないし……」


 はるかが意外そうな顔で言う。


「そうなの? 幸太郎君ならきっと素敵な人がいると思ったんだけどな~、良かったら気になっている相手でも誘ってみたら??」


 はるかの笑顔、そしてその言葉ひとつひとつが幸太郎の胸にグサグサと突き刺さる。

 いっそ勇気を出して目の前の女性を誘いたかった。でも無理なことは分かっていた。何も知らないはるかが斗真とのバイトを抜け、幸太郎の誘いに乗るはずがない。



「貰えないです。やっぱり……」


 そう言ってチケットを返そうとする幸太郎にはるかが言う。



「貰って。この間のこと、まだ黙っていてくれているし、そのお礼よ」


 はるかの言う『この間のこと』とは、もちろん事務所でキスをしていた事である。



「そんなことはもちろん、誰にも……」


 幸太郎はその後はるかから頼まれた、斗真に特定の人がいるかどうかと言う依頼を思い出す。はるかが幸太郎に尋ねる。



「で、どうなの? 幸太郎君には気になっている人はいるの?」


 幸太郎はチケットを見つめながら答える。


「います。でも、無理なんです。それは無理で……」


「無理なんて決めつけちゃだめだよ! 気持ちは伝えたの? 何も言っていないのに諦めちゃだめだよ!」


 はるかは真剣に幸太郎のことを思って言ってくれている。幸太郎はそれが分かるから、余計辛かった。



「ありがとうございます。じゃあ、貰っておきます」


「よし。じゃあ、その結果を教えてね!」


「はい……」


 これをはるかから受け取ると言うことは、幸太郎自身『はるかとはもうこれ以上はない』と言う事を自ら認めるようなもの。

 はるかが可愛いほど、憧れであったほど、そしてその笑顔がまぶしいほど幸太郎にとって辛いことである。



「じゃあ、先に戻るね!」


 はるかはそう言って笑顔で出て行った。

 幸太郎はその笑顔に癒されつつも、手にした映画のチケットを見てため息をついた。



(どうして俺にこんなの渡すんだよ……)


 意図的ではないにせよ、はるかから渡されるとやはりショックも大きい。

 幸太郎が昼を食べながら改めてそのカップル特典が付いた映画のチケット眺める。



(カップルって、どうすりゃいいんだよ? 友達いないし、誰と行けばいいんだよ。仕方ないから奈々でも誘って……、あれ?)


 幸太郎はようやく気付いた。



(あれ、5月1日って、確か……)


 映画のチケットを持つ幸太郎の手が汗ばむ。



 ――沙羅と服の交換に行く日じゃん!!


 それはサイズ違いの服をネットで買ってしまい、一緒に街の店へ交換に行くと約束した日であった。

お読み頂きありがとうございます。

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