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30.もしかしたら、もしかして……

 斗真たちと別れてから、幸太郎と栞はしばらくドライブをした。

 幸太郎に気遣ってか、栞はカフェで会った斗真たちのことを一切聞こうとはしない。もちろん幸太郎もきちんと頭の整理をつけて話すことなどできなかったし、またそんな栞の気遣いが嬉しかった。



「幸太郎君は好き嫌いある?」


「いえ、特には……」


 少し早めの夕食は栞が大好きだと言うステーキ屋に向かった。

 小さな店だったが落ち着いた感じの内装で静かに食事ができる。しかし出されたメニューの訳の分からないカタカナ名と、その隣に記載されたあり得ない値段を見て幸太郎が固まる。栞が笑って言う。



「幸太郎君は何も考えなくていいよ。食べ専で」


 そう言うとウェイターに注文をし、しばらくして見たこともない美味しそうなステーキが運ばれてきた。





「今日はどうもありがとう。付き合ってくれて」


 幸太郎のアパートへ帰る車の中で、栞が運転しながら笑顔で言った。


「そんなことないです。お礼を言いたのは僕の方です」


 その言葉に嘘はなかった。色々なことがあったけど栞がいなければどうなっていたか分からない。彼女には心から感謝している。



「結局ねえ、私もパパも沙羅もみんな同じなんだ……」


「何がですか?」


 幸太郎が運転する栞を見つめる。



「うん、人との付き合いって言うか。困ったらお金で何とかするって言うか。頭では分かっていても不器用って言うか。みんな同じなんだよ」


「そんなことはないです! 栞さんはとても明るいし、凄く気遣いができるし、大人の女性だし……」


 本心である。

 口下手な幸太郎がそこまで言えるのは、本心からの言葉だったからだ。栞が言う。



「うふふっ、ありがと。嘘でもそう言って貰えると嬉しいよ。ちょっと本気で幸太郎君、口説いちゃおうかな~?」


 驚く幸太郎が尋ねる。



「く、口説くって、栞さん特定の人とかはいないんですか?」


「特定の人? 彼氏ってこと? だったらいないわ」


 驚く幸太郎。



「どうしてなんです? こんなに魅力的なのに」


 お世辞ではない。容姿ももちろんそうだが、気遣いもできる本当に素敵な大人の女性だと思う。栞が笑って言う。


「やだ~、最近の高校生は口が上手ね。教えてあげる。作らないんじゃなくて、簡単には作れないの」


「どうしてですか?」


 栞が笑って答える。



「雪平家の跡継ぎって私か沙羅しかいないの」


「はい」


「だからどちらかが婿養子貰って、それでこの家を継がなきゃならないわけ。そうなると適当な男とかじゃあ認められないのよ」


「そうなんですか……」


 幸太郎もあれから雪平家についてネットで調べてみたが、自分が想像するよりも大きな財閥でグループ企業なども多くある。父親の重定が忙しくなるのはある意味仕方のないことだと理解していた。



「だから男友達はたくさんいるんだけど、パパに紹介できる人となるとほぼ皆無なのよね~」


 幸太郎は昼に訪れたお洒落なカフェも男の紹介だと言っていたことを思い出す。


「そうでしたか……」


 幸太郎はお金持ちはお金持ちで、自由な恋愛すらできないなど色々な苦労があるものだと思い知られた。



(それでも栞さんは上手くやれている方なのかな。自分の立ち位置をしっかり理解して楽しんでいる。同じ姉妹だけど沙羅とは対照的だな……)




「さあ、着いたわ。今日はどうもありがとう。とっても楽しかったわ」


 幸太郎のアパートの前に真っ赤なスポーツカーが到着する。お礼を言う栞に幸太郎が頭を下げて返す。


「いえ、お礼を言うのは僕の方です。ありがとうございました!!」



「幸太郎君、本当に期待してるから。じゃ、おやすみ!」


「あ、はい。おやすみなさい!!」


 車から降りた幸太郎に窓ガラスを開けて栞が手を振る。そして爆音を立て車が動き出す。



 栞はバックミラーに映る車に頭を下げている幸太郎を見て思う。


(ちょっと何かあったみたいで心配なんだけど、とりあえず沙羅の誘い断って先約の私に付き合ってくれたことは好感が持てるわね)


 走り出した車。幸太郎の姿が見えなくなってから栞はタバコを取り出し火をつける。



(きっかけは、お金。でもね、初めてなのよ、本気で沙羅に向き合ってくれる人。何も聞かなくても分かる。沙羅も私も、そしてパパも気付いてる。幸太郎君、あのパパが認めてるって凄いことなんだよ~、これってもしかしたら、もしかして……)


 栞はひとり運転しながら幸太郎の顔を思い出し、くすっと笑った。





(本当に大人の女性だったな、栞さん。明らかに様子がおかしかった俺のことも一切聞かずにいてくれて。雪平家の人ってみんな良い人なのに、どうして上手く行かないんだろう……?)


 お金持ちにはお金持ちの人には理解できない悩みがあるんだろうと幸太郎は思った。『金がない』と言うだけのうちのような貧乏人の方が、案外悩みは少ないかもしれない。



(いやでも、『金がない』ってのはそれはそれでかなり深刻な悩みではあるけど……、それより……)


 幸太郎はアパートの階段を登りながら、ひとりになるとどうしても今日の辛いことが思い出されてしまう。ため息をつきながら幸太郎がアパートのドアを開ける。



「お兄ちゃん!!!!」


「ぎゃっ!?」


 開けたと同時に響く妹奈々の大きな声。


「ど、どうしたんだよ、奈々」


 驚く幸太郎が奈々に言う。



「どうしたじゃないでしょ!! 何あの車? 誰なの、あの綺麗な人!!」


(げっ、見られていたか!?)


 当然と言えば当然である。静かな夜にあれだけ大きな車の音を立て、闇夜でも目立つ高級スポーツカーで送って貰ったのだから。



「あれはだな、その、あれだ……、まあ、とりあえず中に入るぞ」


 幸太郎は未だ『バイ友』のことをふたりに話していないことを思い出し、そろそろ話さなきゃならないと考えた。




「へえ、それでその雪平さんって言う家に行ってるの?」


 初めて『バイ友』のことを母親と妹に話した幸太郎。驚く母親とは対照的に不満そうな顔の妹の奈々が言う。



「別に勉強教えている訳じゃないでしょ?」


「うん」


「だったらどうしてお兄ちゃんがまた女の部屋に行かなきゃならないの?」


 言い方に棘があると言うか、誤解がある。



「だから時給が良くって家計も助かるだろ? 別に危険な仕事じゃないし、悪いことに関わっている訳じゃない」


「でも別にお兄ちゃんでなくてもいいでしょ? 他のもっと別の人でも?」


「あ、ああ。まあそうだんだが……」


『こーくん』の存在は絶対に言えない。彼がいるから自分が『バイ友』ができているなんて言えない。そう考えればもし『こーくん』がいなければ自分はどうなっていたのだろうと少し怖くなる。



「もういいじゃない、奈々。幸太郎も納得してやってるわけだし」


 ふたりの会話を聞いていた母親が奈々に言う。


「やだよ、どうしてお兄ちゃんばっかりそういう仕事するの? 私だって……」



「奈々はまだ仕事なんてしなくていい」


 幸太郎が真面目な顔で奈々に言う。中学生の妹を働かせる訳には行かない。



「違うよ! 奈々だってお兄ちゃんともっと遊びたいんだよ……」


「は?」


 そっちか、と幸太郎は思った。



「お前ももう中三だろ? いつまでも俺なんかに構ってないで……」


「やだよ! いつの間にか布団は別々だし、最近一緒にお風呂も入ってくれないし……」


「入るか!! お前何を考えて……」



「奈々はいいんだよ」


(うぐっ!?)


 パジャマ姿の奈々が幸太郎を見つめて言う。いつの間にか大きく育った胸に否が応でも目が行く。



「奈々、あんまりお兄ちゃんをからかわないの。この子真面目だから本気にしちゃうでしょ」


「いや、しないだろ! 普通!!」


「奈々は本気なのに……」



「もう先風呂入るから!!」


 幸太郎はそう言うとひとり先に風呂場へと向かう。そしていつも通りの家族に接し不思議と心癒された。

お読み頂きありがとうございます。

続きが気になると思って頂けましたら、ブックマークや評価をぜひお願いします。

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