29.遊びの女
「斗真さん!?」
土曜の午後、栞に誘われて郊外のカフェに来た幸太郎は、そこでファミレスのバイトチーフである八神斗真に出くわした。そしてその隣にいる女性、金色の長い髪が美しい美女が斗真の腕に絡みついて言う。
「誰なの、斗真。知り合い?」
一見して分かるただならぬ関係。
幸太郎の頭にはファミレスの事務所でキスをしていた斗真とはるかの姿が思い浮かぶ。
(誰なんだ、この人!? 斗真さんの彼女? だったら、だったらはるかさんは……)
「由香、彼はバイトの後輩で……」
斗真が由香と呼んだ金髪の女性に幸太郎を説明しようとすると、それを見ていた栞が言った。
「あら~、イケメンじゃない? 幸太郎君の知り合い?」
斗真が自己紹介する。
「ファミレスのバイトが同じ八神と言います。どうぞよろしく」
このような状況でも冷静に、そしてクールに挨拶をする斗真。驚き戸惑っている幸太郎とは対照的である。
「私、栞って言うの。よろしくね~」
「栞さん……、幸太郎、お前やるな。休日にこんな美人とデートとは」
それを聞いた幸太郎が焦って答える。
「い、いや、斗真さん、それは違って……」
「えー、何が違うの? 幸太郎君。私達、今デート中でしょ?」
「え、あ、その……、それは……」
確かに今日は『デート』として誘われている。その言葉に嘘はない。斗真が言う。
「マジか、幸太郎。お前にこんな美人の彼女がいたなんて!?」
「い、いえ、斗真さん、それは違って……」
「そう、さっきもホテル行こって話してたの」
「し、栞さんっ!!!!」
幸太郎が真っ赤になって否定する。
「きゃはははっ、顔赤くなって! カワイイ!!」
栞が笑いながら幸太郎を見つめる。それを少し信じられない表情で斗真が見つめ、栞に尋ねる。
「栞さんはこいつのどこが気に入ったの?」
栞が少し考えてから答える。
「うーん、まだ知り合って間もないけど、どこかな? 分かんない」
「ははっ、そりゃ面白い」
(全然面白くない!!)
幸太郎はふたりを見ながら思う。
栞はミニスカートから出た足を色っぽく組み替えながら斗真と由香に言う。
「ねえ、良かったらこの後ダブルデートしない? 私もっと幸太郎君のこと色々聞きたいし」
「え? 栞さん何を……」
焦る幸太郎。
「そうだな……」
それを聞いて悩む斗真に隣にいる由香が袖を引っ張って首を左右に振る。
「ああ、分かった。ごめんね、栞さん。ダブルデートはまた今度。あ、幸太郎、ちょっといいか?」
斗真はそう言うと椅子に座っている幸太郎の腕を取り、ふたりで店の外へと出て行く。
「驚いたか、幸太郎」
斗真は駐車場隅にある喫煙所に行き、ポケットから煙草を取り出して火を付けながら言った。
「はい……」
驚いたどころじゃない。頭が混乱している。
「お前にも相当驚いたけどな。あんな美人の彼女」
「あ、あれは違うんです。彼女とかそんなんじゃなくて……」
必死に否定する幸太郎に斗真が意外な顔をして言う。
「あんな可愛い子、彼女にすればいいじゃん」
「いえ、それは……、それより斗真さん」
斗真は火をつけた煙草を吸い、煙を吐きながら言う。
「由香のことだろ?」
「はい」
「彼女だ」
幸太郎の心臓がバクバクと鳴り響く。
「あの、じゃあ、はるかさんは……」
幸太郎の心臓が最高潮に脈打つ。斗真が答える。
「ああ、はるかね。あれは遊びだ」
「え?」
意味が分からない幸太郎。
『遊び』ってなに?
あの事務所で唇を重ねていたのは一体なに?
はるかさんは、はるかさんは……
「彼女だよ、ただの」
斗真の口から恐らく幸太郎が最も聞きたくないであろう言葉が出た。
(そんなの、俺……、俺は……)
憧れのはるか。
優しくて頼りがいがあり、はるかともとてもよく似合う斗真だからこそ、幸太郎も認めざるを得なかった。
斗真と一緒にいる時のはるかの笑顔。決してお客や自分には見せない特別な笑顔。はるかが幸せそうだったからこそ、幸太郎もそれが一番だと思っていた。
「うちに来た時からずっと面倒見ててさ、そのうち仲良くなってさ。まあ、あいつが何考えているかは知らないけど俺にとっては遊び。本気なのは由香だけさ」
幸太郎の中で何かが音を立てて崩れ落ちて行く。
「由香ってさ、ああ見えて小さい会社だけど社長令嬢でさ、俺も上手く行けばいずれはそこの社長様ってわけよ。まあ、でもわがままで、性格悪い女なんだけどな」
(何、言ってるんだよ……)
「あ、それから。これ、一応はるかには内緒な。どうでもいい女だけど知られたら面倒なんで」
(お前、一体何言ってんだよ……)
「お前もあの栞って女の子、何か知られたくない訳ありなんだろ? お互い秘密ってことでな!」
キレた。
話をする中で幸太郎の中の何かが切れた。
(許さないっ!!!!)
幸太郎の右拳が無意識に握られ、一瞬目の前の男に照準が合わさる。
「幸太郎君っ!!」
(え!?)
自分の名前を呼ばれて幸太郎が我に返る。
「栞、さん……」
振り返るとそこには斗真の彼女の由香と一緒にこちらに向かって来る栞の姿があった。
「何やってるのよ~、男だけで長い話!! キモイわよ」
「あ、あの、栞さん、俺……」
タバコを吸い終えた斗真が灰皿に吸殻を入れて言う。
「ごめんね、栞さん。男同士の大事な話。今、終わったとこ。な、幸太郎」
そう言って斗真が幸太郎の肩を抱く。
(くっ)
斗真に触れられ幸太郎は体に言いようのない嫌悪感を覚える。栞が言う。
「さー、幸太郎。そろそろ行くよ~」
「え、どこへ?」
コーヒーも飲みかけ、会計もまだ済ませていない。栞が幸太郎の腕を掴んで車の方へ歩きながら言う。
「じゃあね~、斗真君に、由香ちゃん」
笑顔でふたりに手を振る栞。
「あ、あの、会計は……」
車に乗り込もうとする栞に幸太郎が尋ねる。栞が答える。
「そんなの気にしなくていいの。さ、乗って乗って」
幸太郎は斗真たちに軽く頭を下げると、栞の真っ赤なスポーツカーに乗り込んだ。そして爆音を立てながら走り出す高級車を、斗真たちは驚きながら見つめた。
「ありがとうございます……」
自然と幸太郎の口から出た。
怒りで我を見失い、無意識で斗真に殴り掛かろうとしていた。栞が名前を呼んでくれていなければどうなっていたか分からない。
「いいよ~、そんなの。それよりさ……」
栞が幸太郎を少し見て言う。
「なに話してたの?」
幸太郎が下を向いて答える。
「大した話じゃないです……」
「あー、私に嘘つくんだ」
「嘘って、そんな……」
「幸太郎君は素直だからね。すぐ顔に出るんだよ」
大きいな。幸太郎は何かとても大きな人と話しているような気持ちになる。
「本当です。大したことは……」
「だったら、まずその涙をこれで拭いてからね」
(え?)
幸太郎の頬には知らぬうちに涙が流れていた。栞は前を向いて運転しながらハンカチを差し出す。
「すみません……」
幸太郎は我慢できなくなり、栞のハンカチを借り声を殺して泣いた。
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