28.陽キャの栞
雪平栞、花蓮大学に通う大学二年生。
妹の沙羅とは対照的に明るい陽キャ。可愛らしい顔立ちに、茶色で丸みを帯びたワンレンボブ。流れるような前髪が大人っぽさを出している。
(緊張する……)
真っ赤なスポーツカーで幸太郎を迎えに来た栞。彼女の車の助手席に乗りながら、幸太郎はひとり緊張していた。
(綺麗な足……)
幸太郎は運転する栞の黒いミニスカートから伸びる足に目をやる。
妹の沙羅と同じく、粉雪のようなきめの細かい白い肌。黒いミニスカートと対照的にその白さが良く映える。黒ブーツにベージュの長袖シャツ。香水だろうか、嗅いだことのない大人の香りが車内に充満している。
「どこ行く?」
サングラスをかけた栞が幸太郎に尋ねる。
「えっと、ゆっくり話ができるところがいいです」
奥手の幸太郎に、年上の陽キャとのデートプランなど考えつかない。
ただ話はしたかった。雪平家のこと、沙羅のこと、栞のこと。知りたいことはたくさんある。
「そうね、私もそう思ってたんだ。じゃあ……」
栞がサングラスを少しずらしてから言う。
「ホテル、行こうか」
「はあ!?」
何か飲んでいたら確実に吹き出すところであった。意味が分からず動揺する幸太郎が言う。
「な、なんで、ホテルなんですか!!」
サングラスを外しながら栞が答える。
「なんでって、ホテルって静かで話すのにはちょうどいいし、それに肌を重ねるってのは相手を理解するには一番いい方法なんだよ~」
「ややや、いや、だからって……」
動揺し顔が真っ赤になる幸太郎。嫌でも栞の色っぽい太腿が目に入る。
「きゃははっ、幸太郎君、真っ赤になっちゃって、カワイイ!!」
下を向き黙り込む幸太郎。
「ねえ、幸太郎君ってさあ……」
栞の顔によからぬ笑みが浮かぶ。
「童貞くん?」
「ひぇ!?」
完全に栞のペース。年上の女性、陽キャ。幸太郎に勝てる要素はひとつもない。
「し、栞さん、勘弁してください……」
完全に白旗を上げる幸太郎に栞が笑って言う。
「ふふふっ、ごめんね、幸太郎君。私も話をしたいってのは本当。ご飯は食べた?」
「はい……」
「じゃあ、コーヒーでも飲みに行こうか」
「はい、お願いします」
幸太郎はようやくまともな会話ができると安堵する。ただ同時に思う。
(この人を攻略、いや認めてもらうにはどうすればいいんだよ……)
再びサングラスをかけ鼻歌を歌いながら運転する掴みどころのない陽キャを見て、幸太郎は小さく溜息をついた。
栞はしばらく車を走らせて、郊外にあるお洒落なカフェへとやって来た。
「感じのいい店ですね。よく来るんですか?」
車から降りた幸太郎が栞に尋ねる。
「うーん、時々かな? こういうのを調べるのが好きな男の子がいてね」
「あははは、そうですか……」
幸太郎はまた野暮なことを聞いてしまったと反省する。
「さ、入ろ」
栞はそう言って幸太郎の腕を引っ張って店内へと入る。完全に主導権を握られている幸太郎は、ただただ栞のされるがままとなっていた。
店内は意外と広かった。
至る所に緑が置かれ、BGMには森の音、鳥の鳴き声などが気にならない程の音量で流れている。太陽の光をふんだんに取り入れた設計で、テーブルや椅子も天然木を使ったこだわりようである。
「えっと、私はマンダリンのブラックね。こーくんは?」
「えっ、えええええっ!!」
いきなり栞が知るはずもない『その名前』を呼ばれた幸太郎が驚いて大声を上げる。
「ちょ、ちょっと!? どうしたの!?」
幸太郎の驚きぶりを見て慌てる栞。
「いや、その名前、ど、どうして……!?」
「ああ、こーくんっての? 何となくフィーリングで」
(ま、まじか!? フィーリングって……、まさかバレてないだろうな。もしバレている様だったらもう絶対この人には勝てない……)
「うーん、ちょっと嫌だったのかな? じゃあ、『幸太郎君』に戻すよ。それより早く注文」
「え?」
幸太郎はテーブルの横で戸惑いながら注文を待っているウェイターに気付く。
「あ、ああ、ごめんなさい。僕もマンダリンのブラック……」
顔をしかめる幸太郎に栞が笑って言う。
「砂糖とかミルク、入れてもいいんだよ」
「あ、ああ。じゃあ入れてください」
ウェイターは返事をすると頭を下げてテーブルを離れた。
栞とふたりで向かい合うテーブル。一瞬の沈黙。栞が先に口を開いた。
「どう? 友達のお仕事。上手く行ってる?」
気まずい空気が流れる前に場を作る。年上であり、陽キャでもある栞をさすがだと思った。
「はい、だいぶ慣れました」
改まって幸太郎が返事をする。
「そうみたいね。最近、沙羅の表情が変わったわ。いい意味で」
それは幸太郎も感じていたこと。嬉しく思う。
「私達ね、パパがママと別れてから色んな女の人が家にやって来たの」
黙って聞く幸太郎。
「私も前はそう言うの嫌だったけど、まあ今は別にどうでもいいし。でも沙羅は、あの子はそれが絶対に許せなかったみたい」
「はい……」
「私はこんな性格でしょ? だからあまりそんなの気にしないで好き勝手やっていたら、知らない間にあの子とも壁ができちゃってね」
「お待たせしました……」
ウェイターが挽きたての豆から淹れたコーヒーを運んでくる。テーブルに広がる香しい香り。栞はそれをひと口飲んでから続けて言う。
「うち、まあ、お金はあるんだけど、家族がねえ……、全然まとまっていないと言うか、信頼していないと言うか……」
幸太郎もコーヒーにミルクと砂糖を入れてひと口飲む。コクはあるが予想よりもずっと苦い。そして思う。
(うちとは真逆だな。お金はないけど、家族三人とても仲がいい……)
母親と妹の奈々と食卓を囲む毎日を思い出す。
「でもね、幸太郎君が来てからそれが変わりつつあるんだ」
「僕が?」
「そうよ。正確に言うと沙羅がね」
黙って聞く幸太郎。
「昨日、パパの車に沙羅が乗ったでしょ?」
「はい」
「『気持ち悪い』と言って、絶対に乗りたがらなかったあの子がだよ。私、部屋から見てたんだけど、びっくりしちゃったわ」
(見られていたのか……)
幸太郎はその言葉にちょっと驚く。
「幸太郎君は確か、光陽高校だっけ?」
「はい」
「頭良いんだよね、カウンセラーとかの勉強もしてるの?」
「いや、そんなことは全く……」
「ふーん、じゃあどうして沙羅は君を受け入れたのかな? 他の子達はすべてダメだったのに。何か特別なことしてるの?」
「いえ、別に何も……」
そこまで行った幸太郎の頭に、『こーくん』の文字が浮かぶ。
(いや、してるよな……、沙羅から絶対的信頼を得ている『こーくん』の協力があって、幸太郎は沙羅と上手くやれている。どっちとも俺なんだが、複雑な心境だ……)
「じゃあ、相性が良かったのかな? 私も沙羅とはもっと話がしたい。期待してるよ、『こーくん』!!」
そう言って向かいに座った栞は幸太郎の肩を叩いた。
(あっ、今、何となく栞さん攻略の糸口がが見えた気がする……)
何も難しく考えることはない。
今、彼女が心から欲しているものを得る手助けをすればいい。
(そう、それって……)
そこまで考えた幸太郎の横から突然声が掛けられた。
「あれ? 幸太郎じゃない?」
「え?」
名前を呼ばれて声のした方に顔を向ける幸太郎。そこには下の名前で呼び合う、イケメンの男性が立っていた。
「斗真さん!?」
ファミレスの先輩、バイトチーフの八神斗真が驚いた顔をして立っている。そしてその隣で腕を組む女性を見て幸太郎も驚いた。
(誰!? えっ、はるかさんじゃ……、ない……)
それは金色の長い髪が美しい、はるかとはまた違った美人である。斗真が頭を掻きながら幸太郎に言う。
「まずいとこで会っちゃったな……」
そしてその金髪の女性が斗真の腕にぐっと絡みついて言う。
「誰、斗真。知り合い?」
(うそ、そんな……、こんなことって……)
幸太郎の頭の中に、ファミレスの事務所で斗真とキスをしていたはるかの顔が思い浮かんだ。
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