27.ふたりの変化
『ねえ、こーくん。ちょっといい?』
雨の中、自宅に帰って夜の勉強をしていた幸太郎に、サラりんからメッセージが届いた。すぐにPCを立ち上げ幸太郎が返事をする。
『いいよ。どうしたの?』
少し間を置いてサラりんが書き込む。
『ごめんね、サラりん、ちょっとだけ浮気しちゃたの……』
(は? 浮気?)
幸太郎が書き込む。
『どうしたの? 浮気って!?』
『うん、こーくん、怒らないで聞いてね。今日、あいつが来る日だったんだけど、すごく雷と雨が降ってたの』
幸太郎がPCに流れる文字を見つめる。
『サラりんはね、雷が嫌いで怖くて、ドドンって聞こえたら知らない間にあいつの傍に行って震えていたの。これって浮気、だよね? ごめんなさい』
(いや、この文章だけ読めば浮気にはならんと思うが。まあ、抱き着いたってのはさすがに言えないよな)
しかし次の言葉に幸太郎が唖然とする。
『しかもね、サラりんが震えているのをいいことに、あいつどさくさに紛れてサラりんを抱きしめていたの。酷いでしょ? この体に触れていいのはこーくんだけなのに。サラりん、穢れちゃった』
(は? な、何言ってんだ!? 抱き着いて来たのはお前の方だろ!!)
そう思いつつも幸太郎が思い返す。
(いや待てよ。本当に怖くてあの時のことを覚えていないとか? だから『抱き着かれた』と思っているのか?)
『こーくん? こーくん、どうしたの? やっぱり怒ってるの? サラりん、悪い女だよね……』
先にこの勘違いをどうにかしなければならない。
『サラりんはそんなに雷が怖いんだ』
『うん』
『その男と一緒に居て雷は大丈夫だった?』
『うーん、怖かったけど、ひとりでいるよりは随分ましかな』
『どこか触られなかった?』
『分からない。怖かったんでずっと震えてたの』
『もし変なことをされていないのならば、逆に俺はその男に感謝しなければならない。サラりんを守ってくれてありがとう、って』
『こーくん?』
『俺はサラりんの力になりたい。サラりんを困らせるものを全て取り除きたい。例えそれが雷であっても。だから俺の代わりにサラりんと一緒に居てくれたその男に感謝するよ』
『こーくん、ありがとう。その気持ち、嬉しいよ。でも、こーくんは悔しくないの?』
『悔しいよ。だけどそれは今の俺にはできないことだし、確かにさっきの雷は怖いぐらい凄かったから彼には感謝してるよ』
沙羅が一瞬考える。そして打ち込む。
『ねえ、こーくん。こーくんの家でも雷鳴ってたの?』
(え? ああっ!! しまった!!!!)
沙羅の返事を読んで、自分がミスったことに気付く幸太郎。
『ねえ、もしかしてこーくんの家って、サラりんと近いとか!?』
個人情報の特定はここの掲示板の禁止事項である。幸太郎が書き込む。
『ど、どうかな? でもこれ以上の書き込みは怒られそうだからやめておくね』
『うん、そうだね。でももしこーくんが近くにいるんだったら嬉しいな。もしかしてどこかの街で会ってたりして!』
(さっき会ったばかりなんだが……)
『とにかくそんなのは浮気にはならないよ。俺はサラりんに友達ができてくれれば嬉しいし。で、その彼は友達なの?』
『えー、違うよ!』
幸太郎が眉間に皺を寄せて書き込む。
『え? だってサラりんの試験は合格したんでしょ? だったら……』
『まだだよ。一応部屋にやって来るのを認めただけ。友達じゃないよ。姉の許可もまだ出ていないし。あ、それにあいつやっぱり変態だから友達とは思えないんだ』
『変態?』
『うん。あいつね、色んな女の部屋に行ったりしてるし、サラりんのこといやらしい目で見たりするし、この間うちの姉ともこっそり話していて、あれ絶対口説こうとしていたに違いない!!』
(な、なんか凄い誤解をされているな……)
『そんなに悪い奴なの?』
『たぶん』
(おいおい、そこまで書いて置いて『たぶん』って何なんだよ!!)
『じゃあ、やめる? その友達関係っての』
いつもより少し時間をおいて返事が届く。
『やめない、かな』
『どうして?』
『うん。あいつ変態でドジでヘタレなんだけど、真っすぐなんだ』
少し驚きつつ黙ってその文字を見つめる幸太郎。
『私がどれだけ冷たいこと言っても真っすぐ私を見てくれてるし、私を特別扱いしなくてちゃんと嫌なことでもはっきり言ってくれるの』
キーボードに乗せていた幸太郎の指が止まる。
『最初はね、またお金目当てのウザいのが来たって思ってたけど、なんかあいつだけはちょっと違うなって思えるの。アイスクリーム落とすし、池に落ちるし、子供みたいなんだけどね』
幸太郎の目にうっすらと涙が溜まる。
『私ね、ずっとひとりでもいいって思ってた。学校も将来も全部パパに決められちゃうし。でも少しだけ分かったことがあって、こーくんと会話してるとすっごく心が満たされるし、あいつといてもね、何て言うか一緒に食べるご飯がこんなに美味しいんだって思ったり、ひとつひとつの反応がなんか不思議と楽しくって。あ、でもサラりんは変わらずこーくんのものだよ!!』
幸太郎の涙が机の上に落ちる。
(俺、なんで泣いてんだろ……)
最初は純粋にお金の為のバイトだった。
でも沙羅に会って、彼女が『サラりん』だと気付いて、一緒に居るのも嫌じゃなくて、『こーくん』って卑怯な武器を使いながら彼女に接して、彼女の気持ちを聞いて、今やっと分かったことがある。
――俺、あいつに会うのを楽しみにしてる。
『こーくん? こーくん、どうしたのかな? 怒っちゃった、もしかして?』
涙を拭い、幸太郎がキーボードを叩く。
『嬉しかったよ。サラりんがそんな風に思ってくれていて。サラりんのメッセージからも凄く楽しそうなのが伝わって来るし、俺とその男、ふたりでサラりんを応援するね!』
『うん、ありがと。嬉しいよ。私みたいな悪い女にそんな風に言ってくれて』
『サラりんは悪い子じゃないよ』
幸太郎は心からそう思っている。
『ねえ、こーくん』
『なに?』
『こーくんに、本当に会いたいよ~』
『俺も』
(でも、俺はこんないい子をある意味、騙してるんだよな……)
幸太郎は強い罪悪感に苛まれながらも『こーくん』を演じ、深夜遅くまでサラりんの会話の相手をした。そして思う。
――俺はもう、お前の友達だよ。
幸太郎は沙羅の顔を思い浮かべてながら、返事のメッセージを打った。
土曜の午前中は、予定通りファミレスのバイトに向かった幸太郎。幸い今日、バイトチーフの斗真は休みなのではるかとのやり取りを見なくて済む。
ただあのキスを目撃して以来、幸太郎の中でこのファミレスのバイトを続けるかどうか悩んでいるところだった。正直ここに来るのが辛い。
そんな幸太郎の心情を見透かしたのかどうか分からないが、バイトにやって来た幸太郎にはるかが笑顔で言う。
「幸太郎君は辞めないでね」
「え?」
聞くと、大学生のバイトがまたひとり辞めていったそうだ。
ほぼ最低賃金で重労働だから人気がないのは分かるが、明らかに人手不足だ。幸太郎自身も『バイ友』のためシフトを減らしている。
「中間試験後に新しいバイトの子が来るらしいんだけど、やっぱり人手が足りないわね。期待してるよ、幸太郎君!」
憧れのはるかに言われては辞めるなどとても言えない。とは言え、仲のいいふたりを目の前で見せられるのも正直辛い。
(でも……)
「いらっしゃいませ!!」
仕事をするはるかを見ることはとても好き。
優しい笑顔、明るい声。幸太郎でなくても憧れるのは無理はない。生き生きと仕事をするはるかを見てやはりしばらくは辞められないかなと思った。
「幸太郎君、お待たせ!!」
「え?」
午前中のファミレスのバイトを終え、アパートへ戻った幸太郎。午後からは沙羅の姉の栞とのデートの約束だ。
幸太郎が栞をアパートの外で待っていると、真っ赤なスポーツカーが大きな音を立てて目の前に止まった。
窓が開きサングラスをかけた栞が顔を出し幸太郎に言う。
「やっほー!! さあ、乗って」
「あ、はい」
大学生の栞。車ぐらい持っていても不思議じゃない。
「失礼します……」
スポーツカーらしく車高の低いドア。幸太郎は少し腰を下ろして乗り込む。栞が言う。
「驚いた?」
「ええ、まあ」
サングラスをかけいつもより大人っぽく見える栞。はるかとはまた違ったお姉さんタイプである。
「さあ、行こっか!」
栞はそう言うとエンジンをふかして大きな音を立てて車を走らせた。
幸太郎はまだ知らない。この日、幸太郎にとってとても大変な、忘れられない一日になると言うことを。
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