26.空きだらけ……
「明日の土曜日、服の交換に行くから付き合って」
沙羅から贈られた服。ネットで選び、当然ながら幸太郎のサイズを知らない彼女はサイズ違いの服を買ってしまう。同じ系列の実店舗なら交換可能なので、沙羅は幸太郎を店へ一緒に行こうと誘った。
(あ、明日の土曜日って、うわっ! 栞さんにデートの誘われている日じゃん……)
幸太郎の顔が青くなる。
初めて沙羅から誘って貰った外出。『バイ友』だからというよりも素直に沙羅に誘われたことを喜ぶ幸太郎だが、午前午後共に予定が詰まっているので簡単に返事はできない。
「どうしたの? やっぱり嫌なの、私と行くの?」
焦る幸太郎。
「いや、そんな訳じゃないけど。土曜日はバイトが入ってて」
「そう、それなら仕方ないわね。だったらGWでもいいわ。その辺りまでなら交換して貰えるから」
素直に話を聞いてくれた沙羅に幸太郎が安堵する。
「ありがとう。本当はすぐに行きたいんだけど、バイトが忙しくて。もうすぐ中間試験で勉強もしなきゃいけないし」
沙羅が幸太郎に尋ねる。
「バイトバイトって、そんなに忙しいの?」
「ああ、ファミレスのほかに家庭教師もやってる。この間会った胡桃ちゃんだ」
その名前を聞いて一瞬沙羅の顔がむっとする。
「そう。だったらあの女の家にも行ってるわけ?」
「もちろん。家庭教師だから」
「部屋にも?」
「ああ」
「楽しいの?」
「は? 何が?」
「女の子の部屋に行くのが」
幸太郎は質問の意味が良く分からなかったが一応答える。
「意味が良く分からんけど、仕事だから行く。履歴書の志望動機、見たろ? うちは貧しくて俺が働かなきゃならん」
「それは分かってるわ。だからってどうして女の子の部屋に行くの?」
(全然分かってないじゃん……)
そう思いつつも幸太郎が答える。
「彼女の部屋に行くのは仕事。別に俺が希望して行ってるわけじゃない」
「あなたがそのバイトしたくて行ってるでしょ? だったら同じだわ」
「あのなあ……」
これ以上話をしていても埒が明かないと思った幸太郎が話題を変える。
「で、その実店舗ってどこにあるんだ?」
「ええっと、少し遠いんだけど……」
それは普段あまり行かない遠方にある大きな都市であった。
「分かった。GWのいつがいい? スケジュール確認するよ」
幸太郎はそう言ってスマホを取り出し連休中の予定をチェックする。
(連休中とは言えファミレスのバイトが終日になったぐらいで、まあほぼいつもと変わりないな……)
GW中もびっしりと埋まった予定を見て苦笑する。
連休明けにはすぐ中間試験もある。その為にある程度ファミレスのバイトをセーブしておいたので沙羅と出掛けるぐらいの時間は取れそうだった。幸太郎はバイトが全く入っていない日を選んで沙羅に尋ねる。
「5月1日はどう? この日なら一日空いてるよ」
「そ、そう。ならそれでいいわ」
「了解」
「あなた、忙しいの?」
「え? うん、まあ。でも大丈夫だよ」
そう答えて幸太郎はスマホにスケジュールを打ち込む。沙羅も鞄に入れてあった自分の手帳を取り出しGWの予定を見つめる。
(私のスケジュール、空きだらけだわ……)
手帳に記載された赤い数字の日付。
たくさん並ぶその休日には、例年通りほぼ何も予定は書かれていない。友達も家族との交流も避けている沙羅にとってはいつものことではあるが、今年は少しだけ違った。
手帳に少しだけ書かれた連休中の予定を見つめる。そこにあるのは、
『「バイ友」「バイ友」……』
そして今書き込んだ『服の交換』という文字を見つめる。
そのすべてが幸太郎との約束であった。沙羅が自嘲的な笑みを浮かべて思う。
(何これ。私の予定、すべてあいつじゃん。これじゃあ友達……、いいえ、このスケジュールだとまるで彼女、……え?)
沙羅は自分でも思ってもみなかったことを想像し、すぐに否定する。
(何を考えているの!! 私は『こーくん』のもの、私の心も体も全て『こーくん』にあげるって決めてるんだから!! 絶対こんな奴に……)
沙羅はそう言って部屋の隅にいる幸太郎を睨んで言う。
「絶対あなたにはあげないわ!!」
「は?」
スマホに予定を書き込み終えた幸太郎が顔を上げて驚いた顔をする。
「え? あげないって、この服、やっぱり返した方がいいのか?」
「え? あ、違う。そういう意味じゃなくて、その……、ごめんなさい」
幸太郎は何かを間違えて恥ずかしそうに下を向く沙羅を不思議そうな顔で見つめた。
「あの……」
「俺、そろそろ帰るな」
「え? どうして?」
沙羅はやはりさっきの言葉で気を害したのかと思い幸太郎の顔を見つめる。幸太郎が答える。
「どうしてって、もう時間だろ? 長居すると怒られるんで、お嬢様に」
そう言われて沙羅が部屋にある時計を見る。確かに『バイ友』の時間は過ぎている。最初雷でずっと抱き着いていたので早く時間が過ぎてしまったらしい。
(ずっと抱き着いて……)
それを思い出し沙羅の顔が真っ赤になる。
(雷が怖かったとは言え、ちょっとはしたなかったかな。というより恥ずかしい!!)
沙羅はそれを思い出し耳まで赤くなる。
「じゃあ、次はGWだな。楽しみにしてるぞ!」
そう言って部屋を出ようとする幸太郎に沙羅が言う。
「ね、ねえ。どうやって帰るの?」
振り返った幸太郎が答える。
「どうやってって、電車で……、あっ!!」
その意味に気付いた幸太郎が窓に勢いよく打ち付ける雨を見つめる。
「こりゃ、びしょ濡れだな」
そう笑って言う幸太郎に沙羅が言った。
「送っていくわ」
「え?」
「あ、違う、パパの車で」
「マジで? いいのか? そうして貰えるとすごく助かる」
「それぐらい大丈夫。じゃあ、玄関で待ってて」
「ああ、ありがとう!」
幸太郎はそう言って軽く手を上げると部屋を出て行った。
(私、どうしちゃったのかな……)
ひとりになった部屋で沙羅は幸太郎に触れられた自分の髪を無意識にそっと撫でた。
バン!!
「うわっ!!」
幸太郎が玄関で待っているとその扉が勢い良く開かれ、少し雨に濡れた沙羅の父重定が現れた。そして玄関に立っていた幸太郎の両腕を掴み、泣きそうな顔で言った。
「幸太郎君!!」
「は、はい」
驚く幸太郎に重定が言う。
「娘が、沙羅が、私の車に乗ってくれたんだよ!!」
「え、ああ、そうですか……」
幸太郎は沙羅も一緒に送るんだということに今気づいた。
「妻が居なくなってから他の女性を乗せたりしたせいか、沙羅だけは絶対私の車に乗ろうとはしなかったんだ、『汚らわしい』って……」
幸太郎にはそう口にする沙羅の顔が容易に想像できる。
「それどころかこの私に『パパ、お願いがあるんだけど』って、頼みごとをしてきたんだ!! 父親にとってこんなに嬉しいことがあると思うか!?」
「は、はあ……」
重定の気迫にたじろぐ幸太郎。
「私はてっきり君との新居が欲しいと言うかと思って事前に下調べをしていたんだが、まさか車に乗せて欲しいとは……」
(おいおい、なぜそこまで話が進んでいるんだ……)
幸太郎がやや呆れて苦笑する。
「とにかく君には本当に感謝する。ここ数年失って来た娘との時間も取り戻せるかもしれない」
「は、はい。尽力致します」
「うむ。さ、沙羅が待っている。車に乗ろう」
「はい、お願いします」
車の中は興奮する重定がひとりで喋る以外、あまり会話はなかった。
なにせ何を聞かれても沙羅は相づちを打つぐらいで会話をしようとしない。普段から静かな性格だと思っていたが、父親に対する不信というのは幸太郎の想像以上だったのかもしれない。
「ありがとうございます! 助かりました!!」
家まで送ると言う重定の言葉を断って、最寄りの駅にやって来た三人。
幸太郎が車から降りて丁寧に重定にお礼を言った。降りる際に沙羅にこっそりと父親とふたりきりになるのから『多少は会話しろよ』と小声で伝えたのだが、まったく無視されてしまった。
立ち去る黒塗りの高級車に頭を下げる幸太郎。そして改札に向かいながら、明日の沙羅の姉、栞とのデートをどうするか考えた。
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