24.姉のお誘い
「お疲れ様です!!」
土曜の朝、ファミレスのバイトに向かった幸太郎。店舗の事務所のドアを開け、挨拶をしたその体が固まった。
(え!?)
そこには斗真とはるかがふたりだけでおり、斗真の日焼けした腕がはるかの体を引き寄せ唇を重ねていた。
「ご、ごめんなさい!!」
慌ててドアを閉め、事務所の外へ出る幸太郎。しかしその顔は青ざめ、体は激しく脈打ち極度の緊張状態となる。
(ええ? 斗真さんとはるかさんが!? どうしよう、見ちゃった……)
ドアの前で青い顔をする幸太郎。
するとそのドアがゆっくりと開いて、顔を赤くしたはるかがひとり出て来た。
「あ、あの、俺……」
幸太郎はどうしていいか分からず下を向く。はるかが言う。
「びっくりさせちゃって、ごめんね。でもまだ始業前。ぎりぎりセーフかな」
「ごめんなさい、知らなくて……」
下を向いて謝る幸太郎にはるかが笑って言う。
「どうして幸太郎君が謝るの。気にしなくてもいいんだよ。それより……」
はるかは下を向いて震えるように立つ幸太郎の頭をポンポンと叩いて言った。
「今のことは黙っていてね」
はるかは立てた人差し指を口に当て微笑むと、そのまま事務所へと戻って行った。ひとり残された幸太郎が呆然とする。
(分かっていた。いずれこうなることは、俺、分かっていたはずだよな……)
頭では理解していたふたりの関係。
あれだけ仲が良くお似合いのふたり。そうなることは鈍感な幸太郎でも分かっていたつもりだった。
(だけど……)
幸太郎の目にうっすらと涙が溜まる。
(だけど、いつも通りに笑ってふたりに会える自信がないよ……)
幸太郎はその場に座り込み溢れ出る涙を必死に拭った。
土日の二日間。幸太郎にとっては人生で一番辛い二日間を何とか乗り切った。
「さっきの内緒な!」
この二日間で斗真と交わした会話はこれだけである。陽キャなのであんな言い方になるのは仕方ないのだが、それ以上に何か『嫌な軽さ』を感じ幸太郎の胸にはずっともやもやが溜まっていた。
「お兄ちゃん、聞いてるの!?」
翌日の朝、ぼんやりと朝食を食べる幸太郎に、向かいに座った妹の奈々が頬を膨らませて言う。
「あ?」
「あ、じゃないよ!! ちゃんと奈々の話聞いてるの!!」
「え、ああ、聞いてるよ。学校が楽しいってことだろ」
幸太郎はテーブルに置かれたコーヒーを持ち答える。
「違うよ!! 全然聞いてないじゃん!!」
奈々がトレードマークポニーテールを揺らしながら怒る。
「え、だって学校の話だったろ?」
「まあ、学校の話だけど、それだけじゃん。合ってるの」
奈々の怒りはまだ収まらない。
「分かった。で、何だっけ?」
「ほら! やっぱり聞いてない!! 本当に仕方ないね、お兄ちゃんは」
「で、何なんだよ?」
「だから、どうして男子って女子と話す時に胸ばっか見るの?」
それを聞いた幸太郎の視線が大きく育った奈々の胸元に向く。
「ほらぁ!! 見てる、お兄ちゃんも見てる!!」
少し慌てた幸太郎が言う。
「そりゃ、今そう言われたら見るだろ! いやならそんな話題振るな」
「お兄ちゃん」
奈々がテーブルに両肘をついて幸太郎を見つめる。
「な、何だよ……」
最近感度が良くなってきた幸太郎の危険察知センサーが反応を示す。
「お兄ちゃんなら、見てもいいよ」
そう言って奈々は両手で自分の胸を持ち上げる仕草をする。幸太郎が驚いて言う。
「な、何やってんだよ!! お前、まだ中学生だろ!! そんなことするんじゃない!!」
「えー、だってお兄ちゃんが見たいって言うから」
「言ってないだろ、そんなこと!!」
奈々が笑って言う。
「だって書いてあるよ、顔に」
そう言って自分の顔を人差し指でつんつんとつつく。幸太郎がため息をつきながら言う。
「はあ、もう分かったよ。俺の負け。お前には勝てん」
奈々が笑顔で言う。
「やった! 勝った!! お兄ちゃんに勝った!! で、何の勝負?」
「何でもない」
「ふーん、で、結局どうなの?」
「何が?」
「どうして男の人って胸ばっか見るの?」
「胸が好きだから」
「お兄ちゃんも?」
少しの間を置いて答える。
「ああ」
「誰かの触ったことある?」
「ない」
「奈々の触る?」
「触る訳ないだろ!!」
「いいよ、内緒にしてあげるから♡」
「だから触らないって言ってるだろ! 内緒も何もない!!」
「えー、だったら胸触りたいの、我慢するの?」
「意味が分からんぞ! だからって妹の胸を触る兄がどこにいる!!」
奈々が幸太郎を指差して言う。
「第一号♡」
幸太郎が頭を抱える。
「なあ、そんな事よりお前ももうすぐ学校の試験があるだろ? 勉強しろよ」
奈々がトーストをかじりながら答える。
「大丈夫だよ、学校の授業ちゃんと聞いてるし」
血筋なのか奈々も成績は抜群で、幸太郎と違い常に学年トップであった。
ただ兄と違うのは兄が『努力型の秀才』であるのに対し、妹の奈々は『生粋の天才』であった。要するに学校の授業だけで十分学年トップをとれる能力の持ち主。
美少女で頭がよく、スポーツもでき性格もいい。極度のブラコンだけが唯一の欠点だが、当の本人はまったく気にしていない。幸太郎が尋ねる。
「そう言えば今年受験だろ? 志望校は決まったのか?」
「うん」
「どこ?」
「光陽高校、特待生狙いで」
「マジか……」
全く自分と同じ進路。奈々なら合格は間違いないので、来年後輩ってことになる。奈々が幸太郎の横に来て言う。
「奈々が合格したら毎日一緒に学校行こうね、腕組んで」
そう言って自分の腕に絡みつく奈々を、もう追い払う気力は残っていなかった。
(あれ、メッセージが来ている)
アパートを出て電車に揺られて学校へ向かっていた幸太郎は、スマホにメッセージの着信が来ていたことに気付いた。
(これは、谷雄一……)
彼は沙羅のひとつ前の『バイ友』で、胡桃にこの仕事があることを教えてくれた人物。一度会ってみたが少し危険な感じがしたのであれ以来連絡は取っていない。しかし最初に連絡先の交換をしていたことを思い出した。
「何だろう?」
幸太郎がメッセージを確認する。
『城崎さん久し振りです。あれからまだ沙羅ちゃんのところ行ってるんですか? 沙羅ちゃんは僕のこと何か言ってませんでしたか? きっと寂しがっています。今度また僕が沙羅ちゃんのバイ友へ応募するんで、城崎さんも疲れたと思うので僕が変わってあげてもいいですよ』
幸太郎はメッセージを読んでため息をついた。
『今のところ大丈夫です。ありがとうございます』
当たり障りのない返事を返す。すぐに既読になったが返事は来なかった。
そして金曜の夕方、再び『バイ友』の為に雪平家に向かう幸太郎。電車の窓からは厚く真っ黒な雲が空を覆っている。今にも降り出しそうな天気だ。
雪平家に着きいつも通り大きなコンクリートの門のチャイムを鳴らすと、毎回迎えてくれる木嶋さんではなく姉の栞が笑顔で出て来た。
「やっほー、幸太郎君!! 先週の金曜日ぶり!!」
ワンレンボブに流れる前髪が大人っぽい栞。今日はミニスカートを履いており、その色っぽい太腿は沙羅と同じで粉雪の様に真っ白である。
幸太郎はやや苦手意識もあるこの沙羅の姉に笑顔を作って言った。
「こ、こんにちは。栞さん」
幸太郎の頭には嫌でも先に脱衣所で半裸を見られた記憶がよみがえる。そんなことはお構いなしに栞が幸太郎に言う。
「ねえ、幸太郎君」
「はい?」
「明日の土曜、時間ある? デートしよ」
「は?」
本気なのか、からかわれているのか、それともこれが彼女の試練なのか。
回答が見つからない幸太郎はしばらく栞の顔を見つめたまま動けなかった。
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