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23.合格

 ドボン!!


 池に落ちかけた沙羅を助けようとした幸太郎が、彼女と入れ替わるように池に落ちる。


「こ、幸太郎っ!!」


 姿が見えなくなった幸太郎を沙羅が呼ぶ。

 池に落ちた大きな音の後に、幸太郎が声を出す。



「ぐわっ、冷たっ!!」


 春も終わりを迎えてはいるがまだまだ夜は冷える。池となれば尚更だ。幸い池はそれほど深くなく、立ったままの幸太郎で腰のあたりほどであった。沙羅が顔色を変えて言う。


「早く上がりなさいよ!!」


「ああ」


 幸太郎はゆっくり歩き池から上がる。



「うわー、びしょ濡れだ」


 池から上がった幸太郎は全身池につかっていたため服も頭もびしょ濡れである。



「あ、あの、その……」


 そんな幸太郎を見た沙羅が、どう対処すればいいか分からずにおろおろする。幸太郎が言う。



「タオル、貸して貰っていいかな」


「え? あ、うん。こっちに来て」


 沙羅が我に返ったようにして家の方へと幸太郎を連れて行く。



「ねえ」


「なに?」


「何で助けてくれたの?」


 幸太郎が足を止めて沙羅を見て言う。



「友達が、いや女の子が池に落ちそうになったんだ。助けない方がおかしいだろ?」


「だって……」


 沙羅がびしょ濡れになった幸太郎を見つめる。


「気にするな。お前が濡れるより俺が濡れた方がいい」


 そう言われた沙羅が照れを隠すように言う。



「そ、そんなこと……、それよりやっぱりあなた、嘘をついていたんでしょ?」


「は? 何のことだ?」


 戸惑う幸太郎に沙羅が言う。



「バチが当たったのよ。池の前で嘘をついたから、きっとバチが当たったの」


「はあ!? 何言ってんだよ!! お前が落ちそうになったのを助けてやったんだぞ!!」


「でも落ちたのはあなたでしょ? やっぱりあなたが嘘つき!!」


「ふ、ふざけるなよ!! じゃあ、今からお前を池に落としてやる!!」


「や、やめなさいよ!! きゃ、来ないでよ!!」


 沙羅が少し笑いながら家の方へと走り出す。



「待て、逃げるな!!」


 幸太郎もそれを笑って追いかけた。





「シャワーを終えられたらこれを使ってください」


 池に落ちてびしょ濡れになった幸太郎は、雪平家のお手伝いさんである木嶋に案内されてシャワールームへ来ていた。彼女は幸太郎の濡れた服の洗濯、そして代わりの浴衣を脱衣所に持って来て優しく言った。


「すみません、木嶋さん」


 木嶋は浴衣を置きながら笑顔で幸太郎に言う。



「いえいえ。わたくしも嬉しいんですよ」


「嬉しい?」


 少し意味が分からない幸太郎が尋ねる。


「ええ、幸太郎さんが来るようになってから沙羅様の表情がとても豊かになって。本当に感謝しております。あ、濡れたお洋服はそこに置いておいてください。洗濯致しますね」


「あ、はい。ありがとうございます」


「さ、早くシャワーを浴びてください。風邪を引きますよ」


「分かりました。すみません、よろしくお願いします」


 幸太郎は頭を下げるとそのまま脱衣所へと入って行った。



(表情が豊か? あいつはいつも仏頂面だし、それ以外は怒ってるし)


 幸太郎は彼女が言った意味があまり理解できないと思いつつ、シャワールームを見つめる。



(それにしても広いシャワールームだな。あまり使われていないのを見るとこれは来客用なのかな?)


 改めて大理石でできたシャワールームを見回す幸太郎。沙羅たち家族のものは別にあると思うが、これだけでもかなりの設備である。レバーをひねると直ぐに熱いお湯が出て来た。




「……ああ、さっぱりした。まさか沙羅の家でシャワーを浴びることになるとは」


 シャワーを終えた幸太郎は少し苦笑いしながら脱衣所に行き、置いてあった真っ白のタオルで少し体を拭き、それから腰に巻く。


「ふっかふかのタオルだ。うちの長年使ってるよれよれタオルとは大違い……」


 触ると弾力があるタオル。柔軟剤がいいのかとてもいい香りがする。幸太郎が棚に置かれた浴衣を見つめる。



(来客用の浴衣なのかな。しっかりとのりがきいているし品もいい)


 幸太郎が脱衣所をきょろきょろ見ていると、突然その人物がドアを開けて入って来た。



「やっほー、幸太郎君っ!!」


「ぎゃっ!?」


 茶色で丸みのフォルムのワンレンボブ、流れるような前髪が大人っぽい沙羅の姉、しおりである。



「し、栞さん!? どうしてここに??」


 焦る幸太郎。何せ今は腰にタオルを巻いているだけの状態。頭が半混乱に陥る。



「どうしてここにって、ここは私のうちだよ」


「い、いや、そう言う意味じゃなくて!!」


「どういう意味?」


「だ、だからここは脱衣所で、俺は今裸で……」


 栞がタオル一枚の幸太郎をじっと見て言う。



「裸じゃないじゃん。タオル巻いてるよ。ちっ」


「いや、タオル()()でしょ? って言うか、何で舌打ちしてんですか!?」


 栞は幸太郎の裸をじろじろ見て言う。



「ちょっとねえ〜、幸太郎君()がどんなんか見たかったけど、残念。タオル巻いてんだ」


「な、何言ってんですか!!」


 慌てて腰に巻いたタオルを押さえる幸太郎。



「それでちゃんと沙羅を喜ばせられるのかな〜、ってね」


「い、意味、分かんないですけど!!」


 真っ赤になった幸太郎が大きな声で言う。



「分かんないの〜? じゃあ、お姉さんが教えてあげようかな?」


 そう言って少し幸太郎に近づく栞。


「し、栞さん、だからここは脱衣所で、俺は裸で……」


 真っ赤になって動揺する幸太郎に栞が言う。



「うふっ、分かってるわよ。でも、幸太郎君って結構いいカラダしてんじゃん。勉強君って聞いてるからもっと弱々しいかと思ってた」


 休む間もなく続けてきた肉体労働のファミレスのバイトを思い出す。栞が言う。



「まあ、それよりおめでとう」


「え? 何が?」


 栞の言葉の意味が分からない幸太郎。栞が少し笑って言う。


「私()はちょっと難しいからね」


「栞さん、何を言ってるんですか?」


 混乱状態で意味の分からぬ言葉。やはり理解できない幸太郎。



 そしてその声は突如、栞の後ろから響いた。


「ちょっと姉さん! 今、そこはあいつが使ってて……」


 幸太郎が気になって様子を見に来た沙羅の目に、脱衣所でタオル一枚で話す幸太郎とそれを見つめる姉の姿が映る。一瞬で真っ赤になる沙羅の顔。そして大声で言う。



「きゃあああ!!! ちょっと何してんのよ!!!」


「いや、これは違うんだ」


「何が違うのよ!!」


 栞が幸太郎の傍に行って言う。



「そうだよ、何が違うのかな? 君が()()()()()()って言って私を呼んだんじゃない?」


 栞が恥ずかしそうな顔で言う。



「はあ!? ちょ、ちょっと待って、栞さん!! 何言って……」



 バン!!!


 幸太郎が何かを言おうとした時、脱衣所の入り口にいた沙羅が壁を思い切り叩いた。


「信じられない!! 不潔、穢らわしい、変態!! そう、やっぱり変態だわ!!!」


「いや、沙羅、だからこれは違うって。俺はただシャワーを浴びて……」


「私と?」


 栞が恥ずかしそうな表情を浮かべて言う。


「違います!! 沙羅、これは違うんだ!!」


 既に沙羅の顔は真っ赤。そして大きな声で幸太郎に言った。



「信じられない!! さようなら!!!」


 そう言って顔を背けて沙羅は去って行ってしまった。


「ちょ、ちょっと、沙羅……」


 腰にタオル一枚の幸太郎が情けない声で沙羅の名前を呼ぶ。妹が出て行ったのを見て姉の栞が言う。



「うーん、難しい年頃よね」


「いや、あんたが話を難しくしてんでしょ!!」


 栞が幸太郎の方を見てにこっと笑って言う。



「じゃあね~、幸太郎君。どうぞお手柔らかに」


「は?」


 栞はそう言うと投げキッスをして脱衣所を出て行った。





(大変な目に遭ったな……)


 濡れた服は洗濯し、衣類乾燥機ですぐに乾かして貰った。靴は履いて来たのは濡れていないので問題ないが、沙羅にプレゼントされた真新しいスニーカーは池の泥でシミがつきどれだけ洗っても落ちなかった。


(もう一回家で洗ってみよう)


 幸太郎は池に落ちた自分を色々助けてくれたお手伝いの木嶋に感謝する。一方で思う。



(とんでもない姉妹だな。姉も頭おかしいし、沙羅。そう、彼女にはまた変な誤解を与えてしまったな……)


 不可抗力とは言え、さすがに今日の状況は我ながら情けない。幸太郎が雪平家を出て家へと向かう。



(気は進まないが、また『こーくん』にフォローして貰おう……、ん?)


 そう思って幸太郎が暗い夜道を歩いていると、スマホにメッセージが届いているの気付いた。恐らく『サラりん』からだろうと思って確認すると、それは彼女の父親、重定からのものであった。



(やばっ、今日の失態でクビか!?)


 そう思った幸太郎が恐る恐るメッセージを確認する。



「え?」


 幸太郎の足が止まる。

 そして何度もその内容を読み返す。



『おめでとう、幸太郎君。沙羅の試練、合格だよ』



(え? 受かったんだ、俺。沙羅の試験……、でも何で!?)


 先程の彼女への失態、合格になる要因が分からない。これは沙羅が認めてくれたという意味合いだが、どれだけ考えてもその理由が分からない。



「ま、いいか。これで残りは栞さん攻略だけだ!!」


 幸太郎はスキップしながらアパートへ向かった。




「これかな、いや、こんなのもいいかも」


 沙羅は自室でひとり、パソコンでメンズファッションのサイトを見つめる。そして()に似合うだろう服を数着選び出し、嬉しそうに購入ボタンを押した。

お読み頂きありがとうございます。

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