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22.嘘はつかないでね

 コンコン


 沙羅の部屋のドアをノックする。

 今日で三回目の『バイ友』。これまでの二回は部屋をノックしても返事がなかった。しかし今日は違った。



「入って」


 初めてその部屋の主から許可が下りた。

 幸太郎はいつもと違う対応に胸躍らせながらゆっくりドアを開く。



「よお、久しぶり!」


 幸太郎は部屋を見回す。

 窓は相変わらず半開き。床には四角く貼られた赤いビニールテープ。パーテーションがないのは前回と同じなので、結局進歩はない。

 椅子に座っていた沙羅が振り返ってこちらを見る。



(なんか視線が冷たいな……、怒ってるのか?)


 幸太郎は無言の圧を受け、ドア横にある赤いビニールテープのエリアへと移動する。そして持ってきたバックの中から取り出した数冊の本を沙羅に見せて言う。



「あ、この本ありがとな。面白かった」


 幸太郎が本を前に差し出すと、沙羅がそれを見て言った。


「そのまま床において。その四角からは絶対に出ないで」



「あ、ああ。分かってる……」


 幸太郎は前回の買い物、そして三回目となる『バイ友』に来られたことで沙羅との距離が縮まったと思っていたのだが、今の状況を鑑みるにそれは全く勘違いであることを理解した。



(やっぱり買い物中に胡桃ちゃんの下着を選んだことを怒ってるんだよな……)


 考えてみれば当然である。

 雪平家の令嬢と一緒に買い物に行った男が、途中で他の女の下着を選び始める。プライドは傷つくし、令嬢でなくとも普通にアウトである。


 沙羅は黙って立ち上がり幸太郎の傍まで来ると、床に置かれた本をウェットティッシュで丁寧に拭き始めた。そして本を書棚に戻し自分の手に除菌スプレーを振りかける。



(ああ、バイ菌扱いも健在のようだな……)


 幸太郎は全く進展のない友達関係にため息をついた。しかしその次の沙羅の行動を見て目を疑った。



「……はい、これ」


 沙羅は机の横に置かれた高級百貨店の紙袋を手渡して幸太郎に言った。


「え? な、なに?」


 驚く幸太郎。中には紙の箱が入っている。沙羅が言う。



「いいから、開けてみて」


「あ、ああ……」


 幸太郎が紙袋を開けると、中にはとある有名シューズメーカーの箱が入っていた。



「え? これって……」


 幸太郎が箱を開けると中には真新しいスニーカーが入っている。沙羅が言う。



「あげるわ。この間あなたの靴、汚しちゃったでしょ」


 幸太郎が驚いて言う。


「マジかよ、こんなことしなくていいのに……」


 幸太郎がスニーカーを手に取って見つめる。それは有名メーカーの人気のスニーカー。沙羅が汚した幸太郎の靴は二千円もしない安物。どう考えても釣り合わない。



「こんなの貰えないよ。洗ってちゃんと使えてるし」


 困った顔をする幸太郎に沙羅が言う。


「受け取って。私が汚したの。それを貰ってくれなきゃ気分が悪いし、それにあんなボロボロの靴で私と一緒に歩いて欲しくないの」


(きつい事をさらっと、まあ本当に……)



 しかし幸太郎は『こーくん』としても今日のプレゼントとのことなど一切聞いていなかった。沙羅が弁償したい気持ちは分かるが、この行為は『こーくん』には秘密なのだろうか。


「ありがとう。じゃあ、遠慮なく貰っておくよ。この綺麗な靴も嬉しいけど、どちらかと言うと沙羅のその気持ちの方が嬉しいよ」


 それを聞いた沙羅がきょろきょろと周りを見ながら恥ずかしそうに答える。



「い、いいわよ。そんなこと。サイズが合わなかったら教えて。すぐに交換させるから」


「ああ、大丈夫だ。ぴったりだよ」


 幸太郎は椅子に座ってもうスニーカーを履き始めている。紐を丁寧に結んで立ち上がり靴の履き心地を確認。そして沙羅に尋ねる。



「なあ、似合ってるか?」


「普通ね」


 沙羅はちらりと見るだけでそれ程興味はなさそうである。



「ありがとう。靴を貰ったなんて初めてだよ」


 幸太郎が大事そうに貰ったばかりのスニーカーを箱に片付けようとすると、それを見て沙羅が言った。



「まだ片付けないで」


「どうして?」



「ちょっと、お庭を散歩したいの。付き合ってくれる?」


 驚く幸太郎。すぐに答える。


「いいよ。今から?」


「ええ、ついて来て」



 そう言って沙羅が立ち上がる。幸太郎は沙羅に貰ったスニーカーを手にして、言われた通りに彼女の後をついて部屋を出る。


 広い雪平家。幸太郎にとっては無駄に広く長いと思われる木目が美しい廊下を沙羅の後に続いて歩く。

 その後一体幾つあるのか分からない部屋を過ぎ、一面ガラス張りの壁を越え、ようやくその先にある中庭へのドアへと辿り着く。ドアを開ける沙羅に幸太郎が言う。



「早速、これ履くな」


 幸太郎は貰ったばかりのスニーカーを沙羅に見せる。



「お好きにどうぞ」


 そう言って沙羅は近くに置かれた靴棚から自分の木製のサンダルを取り出す。




「凄いな……」


 中庭とは言え相当な広さががあり、それは奥の方にある大きな建物が小さく見えるほど。

 また紅葉やカエデなどの広葉樹が美しく植えられており、それを温かな明かりが下からぼんやりと照らしている。中庭の中央付近には池もあり、そこへ続く小さな小川には半円形をした趣きのある小さな石の橋も見える。


 薄暗くなった庭を沙羅が先に歩く。

 真っ白な肌の沙羅が暗くなった庭園に温かな照明を受けぼんやりと浮かぶ。清楚な髪は後ろでひとつにまとめられ、後をついて歩く幸太郎は彼女から漂う甘い香りに一瞬幸福感すら覚える。沙羅が幸太郎に尋ねる。



「ねえ、この間の彼女ってさあ……」


 幸太郎はすぐにそれが買い物途中で現れた胡桃だと分かった。



「下着を一緒に買っていた子、胡桃さんだっけ」


「ああ」


「あれって、本当に偶然だったの?」


「どういう意味?」


 沙羅が振り返って幸太郎に言う。



「だって、あんな偶然起こりっこないでしょ? 偶然街で会って、偶然買い物に行って、偶然下着を一緒に買って……」


 最初の『会う』以外は別に偶然じゃないぞ、と思いつつ幸太郎が答える。



「偶然だよ。本当に偶然」


 沙羅が少しむっとした顔で言う。


「じゃあ、何で一緒に下着なんて買うわけ? ちょっとあり得ないんだけど」


「だって、あれはお前が買いに行こうって言い出したんだろ?」


「私のせい!? ふざけないでっ!!」


 幸太郎は全く話が通じないとやや呆れた顔になる。



「正直に話して。あの女と付き合っているんでしょ? それで私を馬鹿にしたかったんでしょ!?」


「違う」


「じゃあ、何でよ!」


「だから本当に偶然会って、ああいう展開になったんだって。胡桃ちゃんは俺の家庭教師の生徒だから、付き合うとかそういうことは決してしない」


「うそっ!」


「本当!!」


 しばらくにらみ合うふたり。沈黙を破り沙羅が言う。



「じゃあ、こっち来て」


 そう言うと沙羅は中庭の中央付近にある綺麗な池へと幸太郎を連れて行く。



「何だよ?」


「あれ見て」


 沙羅が指さす場所、池の端には小さな木の祠があり中に古い石仏が見える。



「石仏?」


「そうよ。この池はね、雪平家に伝わる『真実の池』って言って、この池の端に立って嘘をつくとバチが当たるって言われているの」


「は? 何だよ、それ」


 幸太郎は言われて目の前にある池を見つめる。

 月明りと中庭にあるぼんやりとした灯が水面に揺れている。水は透明で、近くに行けば池の底まではっきりと見えるほど澄んでいる。



「さあ!!」


 そう言って沙羅は池の端にあるやや大きな石の上に乗り、幸太郎の手を引き寄せる。


「おい、やめろよ!」


 焦る幸太郎。沙羅が言う。



「さあ、言いなさい! あの女は彼女で、あれは私に対する当てつけなんでしょ!!」


 手を振り払った幸太郎が言い返す。


「だから、それは違うって何度も言ってるだろ!!」


「うそ!!」


「嘘じゃない! お前だって本当はちょっとは楽しかったんだろ、買い物が!!」



 一瞬沙羅の顔が驚きの表情に変わり、そしてすぐに戸惑いの顔へと変化する。


「ち、違うわよ! 全然楽しくなんてなかったんだから!!」


「嘘つけ! お前こそちょっとは本当のことを……」



「違うって言ってるでしょ!! あなたこそいい加減に……」


 そう言って沙羅が離れようとした幸太郎の手を再びつかみ自分の方へと引寄せる。その時だった。



「え!?」


 滑りやすい石の上で無理に幸太郎を引っ張ろうと力を入れた沙羅。足の踏ん張りがきかずに石の上で滑り、そのまま後ろの池へと倒れる様に姿勢を崩す。



「沙羅っ!!」


 手を掴んだまま幸太郎が自分の方へと力強く引寄せる。



「きゃあ!!」


 一瞬、ふたりの体が宙に浮いたような感覚になる。そして沙羅の体は池の外へ、幸太郎の体はそれと入れ替わるように池の中へと吸い込まれて行く。



 ドボン!!


 何も支えるものが無くなった幸太郎が勢いよく池の中へと音を立てて落ちた。

お読み頂きありがとうございます。

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