21.絶対に見捨てない。
木曜の深夜、胡桃の家庭教師を終え家に帰った幸太郎は、いつも通り遅くまで勉強していた。しかし参考書を開きつつも、先ほどまで会っていた胡桃のことで頭が一杯になってしまっている。
(胡桃ちゃんはいつもあんな風だけど、俺をからかっているのかな……?)
基本的に女性はあまり得意ではない。
今でこそバイトを始めて色々な女性と接する機会が増えたが、中学までは女性と会話と言えば妹か母親ぐらいであった。
(胡桃ちゃんのあの誘い方って、まるでデー……)
そこまで考えた時、幸太郎のスマホにメッセージが届いた。
(あ、沙羅からだ)
送信者は『サラりん』。幸太郎はスマホで軽く返事を打つと、すぐに古いPCを立ち上げる。
『ごめんね、こーくん。夜遅くに』
『大丈夫だよ!』
『えっと、明日ね、また来るんだ。あの男』
『あの男って、その友達になりたいって人のこと?』
幸太郎は少し緊張しながら自分のことを書き込む。
『そう、そうだよ。あいつまた来るんだよ! でね、前にこーくんには話したけど、あいつって私と買い物してるのに、別の女の下着一緒に選んだりする最低な奴なんだよ!』
『そ、そうだったね。確か前、そんなこと言ってたね』
幸太郎は、あの時胡桃に会ったのは完全な偶然と事故だと思いつつサラりんの返事を待つ。
『私、あれからずっと考えていたんだけど、やっぱり思い出すと許せなくって。どう考えてもあれは故意にやったとしか思えないの。きっと仕組まれたんだよ。私を笑いものにする為に!!』
(は? なぜ、そうなる……!?)
唖然とする幸太郎にサラりんが続けて書き込む。
『だってね、その女、頭悪そうな顔しているのに胸だけは大きいの。あ、態度も大きいかなwww 絶対、私への当てつけに決まってる!!』
(おいおい、それは被害妄想だろ……)
幸太郎は少し考えて返事を書き込む。
『それは何かふたりにそんな素振りがあったの?』
『あったよ! すっごく仲良さそうにしていた!! あれは付き合ってる、間違いない!!』
幸太郎はPCの前で頭を抱え込む。そして尋ねる。
『じゃあ、一度聞いてみたらどうかな。その男に』
『何を?』
『付き合ってるかどうか』
『でも、そんなこと聞いたらまるで私が意識しているみたいじゃん……』
(いや、意識しているだろ!!)
幸太郎はそう思いながらも冷静に書き込みを続ける。
『そんなことはないよ。ふたりの買い物の邪魔をされたのならば、サラりんに聞く権利はあるし、もしそれで付き合っていないのならば仕組んでいたとは考えにくいと思うよ』
『なるほど、さすがこーくん!! 頭いい!! 早速明日聞いてみるよ』
『うん、そうだね』
そこまで書き込んだ幸太郎にちょっと悪戯心が芽生える。
『でさ、サラりん』
『なに?』
『さっき、「私への当てつけ」って言っていたけど、あれってどういう意味?』
それまで即座に返って来ていたサラりんの返事が一瞬遅れる。
『うん、あれはね……、こーくん、何を聞いてもサラりんのこと嫌いにならない?』
『当たり前だよ!!』
『実はね、サラりん、胸はあまりないの。って言うかほとんどない。ごめんね……』
幸太郎は自白させた嬉しさと同時に少し罪悪感を感じ始める。
『でもね。これには理由があって、それはね、いつかこーくんにいっぱい触って貰って大きくするつもりなんだよ!!』
(へ!?)
さすがの幸太郎もこれには驚く。
『引いた?』
(引いたけど、そんなことは書けない……)
『そ、そうなんだ。それはちょっと照れるなあ』
『サラりんはね、ずーっとこーくんの事だけ考えてるんだよ!』
『ありがとう、サラりん……』
流石にここまでとなるとどう対処していいのか分からなくなる。いや、何か怖いものすら感じる。しかし、理由はどうであれ彼女の悩み相談を始めた時から決めている事がある。それは、
(何があっても彼女を見捨てない。きちんとした友達ができ、掲示板を卒業するまでは絶対に!)
『じゃあ、明日聞いてみるね。おやすみ、こーくん』
『うん、おやすみ。サラりん』
幸太郎はPCを閉じると少し考え事をしてから勉強に戻った。
「こんにちは」
「あ、こんにちは!」
「どうぞ座って」
「はい」
金曜の夕方、バイト先のファミレスにいた八神斗真は、新たなバイト希望の面接の女の子に会っていた。
少しウェーブのかかったナチュラルボブ、可愛い笑顔、そして圧倒的に可愛らしい声は第一印象としてまず合格。バイトチーフである斗真が尋ねる。
「ここの志望動機は何かな?」
女の子が答える。
「バイトの経験がしたかったのと、少し買いたいものがあって……」
たかがバイトに志望動機などどうでもいい。斗真は話ながら彼女の振舞いや、人柄を見ていた。斗真が言う。
「よし、じゃあ合格ね。すぐにでも来て貰いたいけど、えっと、希望は中間試験が終わってからってことかな?」
女の子は嬉しそうな顔で答える。
「はい! 大切な試験でちょっと頑張らなきゃならないので」
「分かったよ。俺も学生。試験の大切さは知っている。それじゃあ、試験が終わったら来られる日をまた連絡してくれるかな」
「分かりました。ありがとうございます!」
女の子は明るい笑顔で答える。そして帰ろうとした彼女に斗真が声を掛ける。
「あ、そうだ。ここのバイトはねえ、みんな下の名前で呼び合ってるんだ」
「下の名前?」
女の子が振り返り聞き直す。斗真が言う。
「だから、次からは胡桃ちゃん、でいいかな?」
「はい!」
圧倒的に声の可愛い女の子は笑顔でそう言うと、頭を下げて帰って行った。
「幸太郎君、待っていたよ! さ、入って!!」
金曜日の夕方、『バイ友』のために雪平家を訪れた幸太郎に父の重定が言った。
「あ、はい。失礼します」
いつもはお手伝いの木嶋さんが対応してくれるのになと思いながら、幸太郎が重定に連れられて最初面接をした彼の書斎へと入る。
「座って」
「はい」
何だろうと思いながら幸太郎が緊張しつつ大きなソファーに腰を下ろす。「まさかクビか?」そう思いつつも、向かいに笑顔で座った重定を見てそれはないようにと心から祈る。重定が幸太郎に言う。
「沙羅がね、沙羅が私に笑顔で挨拶してくれたんだよ!!」
「え?」
一体何だろうと思った幸太郎。娘の沙羅のことを満面の笑みで話す。
「前も話したかと思うけど、ずっと私に対して心を開いてくれなくてね。原因は私にあると思うのだが、それが随分久しぶりに私に笑ってくれたんだよ!」
「あ、はい……」
黙って聞く幸太郎。重定が続ける。
「これもきっと幸太郎君のお陰だよ。君が沙羅の友達になってくれたんで、きっと色々なことが好転しているに違いない!」
「そ、そうですか……」
特段何もしていない幸太郎が戸惑う。
「この調子で頼むよ、幸太郎君」
「は、はい」
特別なことは何もしていない。
沙羅に何があったのか知らないが、『こーくん』は別にして、自分はまだ初回脱落を免れた程度。
まだ始まり。幸太郎は頭を下げ重定の部屋を出ると、二階の沙羅の部屋へと向かった。
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