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19.幸太郎、失恋する。

 平日の火、水の夕方はファミレスのバイトがある。

 光陽高校の特待生という優秀な幸太郎がほぼ最低賃金のこのバイトを続けているのは、やはり大学一年の先輩である藤宮はるかがいるからであろう。



「幸太郎君、お疲れ!」


「お疲れさまです、はるかさん!!」


 歳はたったふたつしか違わないはるか。それなのに幸太郎には物凄く年上のお姉さんに見えたし、実際はるかも幸太郎のことをまるで弟の様に可愛がっていた。



「はるか、これ頼む!」


「はい!!」


 そんなはるかと一番親しいのがバイトリーダーで大学三年の八神やがみ斗真とうまである。入ったばかりの頃のはるかの指導や、バイトのシフト、最近は商品の発注まで行っている。長身でサラサラの髪が爽やかなかなりのイケメン。キャラ的には幸太郎と対照的である。



「お疲れ!」

「お疲れ様です、斗真さん!」


 午後十時過ぎ、ようやくバイトが終わった斗真が幸太郎に声を掛ける。ここからは深夜のシフトと交代。斗真が言う。



「なあ、幸太郎。これから海にドライブでも行くんだけど、どうだ? 一緒に行くか?」


(海か、いいなあ。そう言うのも。でも、まだ帰って勉強しなきゃならないし、最近バイトを頑張り過ぎてちょっと疲れ気味だしな……)


 迷っている幸太郎に、その人物が笑顔で言った。



「いいじゃん、行こうよ。幸太郎君」


 それはファミレスの制服から、太腿を大胆に出したミニスカートに着替えた藤宮はるか。美しい真っすぐな黒髪に、彼女にはあまり見られないミニスカートがとても可愛い。幸太郎は目をくぎ付けにされ、そして尋ねる。



「はるかさんも行くんですか?」


「うん、行くよ」


 憧れのはるかに誘われては幸太郎にそれを断るすべなどなかった。



 車は二台。スポーツカーのような斗真の車にははるかが、男性社員の車に幸太郎が乗って夜の道を走る。芳香剤なのか、独特の車の匂いがする車内で男性社員が幸太郎に話し掛ける。


「幸太郎は、付き合ってる子とかはいるの?」


 男性社員はタバコを吸いながら尋ねてきた。


「いや、そういう子は特に……」


「そうなのか? まあ、光陽高校の秀才で可愛い彼女までいたら、他の奴らが哀れでならんからな」


「そ、そんなことはないですよ!」


 そう言いながら幸太郎は前を走る斗真の車に目をやる。あの車の助手席にははるかが座っている。幸太郎はふたりで何を話しているのだろうと思いながら、赤く光る斗真のテールランプを見つめた。



「あいつら、付き合ってんかな?」


「え? 誰がですか?」


 突然の社員の言葉に反応する幸太郎。



「誰って、前のふたりじゃん。決まってるだろ?」


「そ、そうなんですか!?」


 幸太郎の胸がバクバクと音を立てて鳴り響く。バイト先でも非常に仲のいいふたり。イケメンの斗真に黒髪美しい清楚系のはるか。似合わないはずがない。男性社員が言う。



「いや、知らないよ。幸太郎の方が同じバイト同士、知ってるんじゃないの?」


「いえ、僕は知りませんが……」


 仕事中、私的な話はしない。そんな暇ないし、そう言うことを話す雰囲気でもない。

 ただ一緒に働いていて感じるのは、はるかは斗真にとても笑顔で接するし、斗真もはるかに特別優しい。それは幸太郎がこのバイトを始めたことからずっとのことである。



「お、着いたみたいだな」


 車で一時間弱走り、防波堤のある海岸線に辿り着く。

 道路沿いの駐車場に車を止め降りると、磯の香りと、海からの少し湿った風が幸太郎の体を包んだ。



「ああ、気持ちいい!」


 先に車を降りていたはるかが海の方を見て、風に吹かれてなびく髪を押さえながら言った。



(綺麗……)


 月明りに照らされ闇夜にぼんやり浮かぶ清楚なはるか。

 海岸の方では海からの波の音がザアザアと辺りに響く。はるかはまるでそんな夜の海に舞い降りた美しい女神のようにも見えた。



「うーん、気持ちいいなあ。星も綺麗だし。な、はるか」


 さり気なくはるかの横にやって来て、夜空と海を見て斗真が言う。


「そうね、たまにはこういうもいいわね!」


 はるかも斗真、そして幸太郎たちの方を見て笑顔で言った。




 しばらく海の話などをした後、斗真は財布を取り出しお金を幸太郎に渡して言う。


「幸太郎、これで何か飲み物買って来てくれる?」


「あ、はい」


 幸太郎はお金を受け取ると周りを見渡す。少し離れた場所に自動販売機がある。



「俺、コーヒーね」


 斗真がそう言うと男性社員も同じくコーヒーだと告げる。



「幸太郎君、私、一緒に行くね」


 ひとりで全員分は持てないと思ったのか、はるかが自動販売機の方へ歩き出した幸太郎へ言った。



「あ、はい」


 幸太郎は暗い海岸線をはるかとふたりで歩き出す。




 波の音。

 空に輝く星たち。


 もし恋人同士であるならば最高のシチュエーションであろう。軽く腰に手を回して、海から吹く潮風にふたりで甘い言葉をささやき、同じ時を過ごす。



(でも……)


 隣にいるのは憧れではあるが、きっと自分には手の届かない存在。

 ふたつしか違わないのに随分と遠くにいるような女性ひと


 それを証明するかの如く、はるかが幸太郎に尋ねた。



「ねえ、幸太郎君」


「はい?」


 はるかの言葉に緊張する幸太郎。しかしその緊張が次の瞬間、いつかは来るであろう()()に変わった。



「斗真さんってさあ、誰か特定の女の子とかいるのかな?」


「え?」


 一瞬歩いていた幸太郎の足が止まりかける。しかし小さく深呼吸し、尋ねる。



「それって、斗真さんに彼女がいるかってことですか?」


 はるかは横から吹く風になびく髪を押さえながら答える。



「うーん、まあ、そういう事かな。幸太郎君、男同士でしょ? 何かそういう話ってするのかな~、って思ってさ。ねえ、知ってる?」


 はるかは幸太郎を覗き込むように横から見つめる。



(ああ、はるかさん。本当に綺麗だな。こんなに綺麗で可愛いのに、なのに……)


「もし知っていたらでいいんだけど……」



 ――どうしてそんなこと俺に聞くのかな



 幸太郎は自然に溢れ出ようとする涙を必死に我慢する。この人にはそんな姿を見せたくない。幸太郎は『泣くな』と何度も何度も自分に言い聞かす。



「斗真さんって、さあ。すっごくカッコイイじゃん。髪とかもサラサラでさあ。それで優しくて、本当にあんな人と一緒にバイトできて運が良かったって言うか、でも、みんなに優しいから他のバイトの女の子にも優しくするんだよね~、でさ……」


 幸太郎の耳に、はるかが話す言葉が意味を成さずに右の耳から左の耳と流れていく。いや無意識のうちに意味を理解することを拒否していたのかもしれない。こんなに雰囲気のいい場所で、最も聞きたくなかった話を聞かなければならないのだから。



「ごめんなさい、はるかさん。俺、斗真さんとはあまりそう言う話しなくって……」


 ひとり斗真について話をしていたはるかに幸太郎が言う。知ってか知らずか、はるかは幸太郎の肩をポンポンと叩きながら言う。



「そうか、そうだよね。仕事中はそんな話できないし。でさあ、幸太郎君。機会があったらそれとなく斗真さんに聞いてみてくれないかな~?」


「斗真さんに彼女がいるかってことですか?」


「そう」


 無言になって歩き続ける幸太郎。そして言う。



「分かりました。そう言う機会があれば聞いてみます」


「本当? ありがとう、幸太郎君!! 本当に君は可愛いね!!」


 そう言って今度は幸太郎の頭を撫でるはるか。


 そのすべてが辛かった。


 こんなに近くにいるのに。

 手を伸ばせば届く距離にいるのに。

 毎日のようにバイトで一緒なのに。

 ずっと、ずっと憧れてきたのに。



 ――この人は俺と別の世界で生きているんだ


 幸太郎は笑顔で話しながらも、心の中では溢れ出す涙を拭うのに精いっぱいであった。

お読み頂きありがとうございます。

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