17.楽しかった!?
(どうしてこうなった!?)
(どうしてこうなった!?)
(どうしてこうなった!?)
幸太郎の目の前に、女性の下着コーナーが広がる。
(いかん……、まともに見てられない……)
下着コーナーとは男にとって最も立ち入り難い女性の聖域。
派手な下着、可愛らしい下着、どう使うか分からない下着。目に映る物すべて、見るだけで罪悪感、背徳感を覚えてしまう場所。
ましてや女性経験皆無のうぶな幸太郎にとっては『女性の下着コーナー』と言う存在自体、自身とは相容れないものであった。
「先生ぇ、先生はどんな下着がお好きですか?」
胡桃がいつもの甘えた可愛らしい声で幸太郎に言う。
「無理、無理、無理っ!! 胡桃ちゃん、俺、そんなの選べない……」
顔を真っ赤にし、心臓がバクバクと鳴る幸太郎。居るだけで緊張する場所なのに、目の前の女の子の中身を想像してそれに合った物を選ぶなど考えただけで倒れそうになる。
「いいんですよ。先生の好きな柄とか色とか、そんなのをちょっと教えてくれるだけでいいんです♡」
そう言って胡桃は目の前に掛けられていた可愛らしいピンクの下着を手にして自分の体に当てる。
(いかん、無理、無理!! 俺は一体何をやっているんだ!?)
幸太郎は視線を天井に向け石の様に固まる。それを見て呆れた顔で沙羅が胡桃に言う。
「あなた常識はないの? 彼氏でもない男に下着なんて選ばせて?」
沙羅は幸太郎に下着を見せて喜ぶ胡桃を見て言う。
通常、沙羅は高級百貨店で専門の下着アドバイザーの勧めるものを買っている。多少柄などは自分で選ぶが基本そのアドバイザーの女性が選んでくれる。男に選ばせるなどあり得ない選択肢である。胡桃が面倒くさそうな顔で沙羅に言う。
「いいでしょ、別に。いつかこれを付けたのを見せる時が来るかもしれないし」
「馬鹿なの、あなた。いいからこれでも付けてなさい」
沙羅はそう言って近くの棚にあった適当なブラを手にして胡桃に差し出す。胡桃は少しそれを見て少しだけ困った顔をして言った。
「うーん、デザインはいいけど、ちょっと小さいかな?」
(え!?)
沙羅は手にしたブラのサイズを見る。それは自分がつけているよりもひとサイズ大きなもの。あえてそれを渡したのだが、返って来た胡桃の言葉を聞き自分の胸に手を当てる。
(ま、負けた……、いや、別に争うつもりなんてないけど、あの大きな胸。私、そんなつもりはなかったけど、なによ、この敗北感……)
沙羅は改めて大きく張った胡桃の胸を見てショックを受ける。ずっと天井を見ていた幸太郎が言う。
「な、なあ。お前ら仲良さそうに選んでるんで、俺、あっち行っててもいいか?」
それを聞いた沙羅がぷっと顔を膨らませて幸太郎に言う。
「だめ!! あなた、この女の下着選びなさい!!!」
「は?」
沙羅はそう言ってすたすたとその場から離れていく。
「ねえ、先生~、どっちがいいですか~??」
胡桃は手にしたふたつのブラを幸太郎に見せて笑顔で言う。幸太郎は下を向きながら適当に指をさした。
(変態、馬鹿!! 何なのあの男!! 私と一緒に来ておきながら、ほかの女の下着を選ぶなんて!!!)
沙羅はショッピングセンターの中にある椅子に座ってひとり沸き起こる怒りと戦っていた。そして自分の胸に手を当て、少し離れた場所で会計をするふたりを見つめる。
(ふん、やっぱり男なんて胸の大きな女にしか興味がないんだわ!! あんなに顔を赤くして、そんなに嬉しいの!? あの女だって胸が大きいだけのただの痴女。私だって『こーくん』が居てくれればきっと可愛い下着を選んでくれて……)
「こーくん……」
沙羅は不意にここにはいない『こーくん』を思い出し妄想する。
(こーくんと一緒に買い物して、こーくんの好みの下着を選んでもらって、部屋に戻ってこーくんにつけて貰って……、きゃ!!)
沙羅は自身が妄想したエッチなふたりを想像し顔を真っ赤に染める。
(こーくんに会いたいなあ。こーくんは私のことを思ってこの男に会うように勧めてくれてる……)
沙羅は胡桃に腕にまとわりつかれ、戸惑いながらこちらに歩いて来る幸太郎を見る。
(でも、やっぱりこーくん以外の男に会うのは嫌だな。よし、当初の予定通りあいつの非道ぶりをこーくんに教えてその考えを変えて貰おう!!)
沙羅はそう思うとすっと立ち上がり腕を組む幸太郎と胡桃の間に入って、幸太郎を下着売り場へと無理やり連れて行く。
「お、おい! 何するんだよ、急に!?」
「ちょっ、せ、先生!!」
驚き戸惑うふたり。
そんなふたりを無視して沙羅は幸太郎の腕を引っ張り、可愛らしい下着売り場へと着く。そして幸太郎に言った。
「さあ、選びなさい。私がつける下着。そして無理やりつけろと言いなさい!!」
唖然とする幸太郎。すぐに言う。
「お、お前、一体何言ってるんだよ!? 気でも違えたか!?」
周りにいたほかの買い物客達がそんなやり取りを眉をしかめて見つめる。
「いいから!! あなたは下着を選んで私に無理やりつけさせるの!!」
「できるか、そんなこと!!」
「あなたは私にお金で雇われた人間でしょ?」
「今は違う!!」
周りの人達が意味深な会話に耳を傾ける。
「関係ないわ、さあ、選びなさい!!」
幸太郎は沙羅に掴まれた腕を振り払い言う。
「俺は知らん! 自分で選んで買え!!」
そう言って幸太郎は少し離れたベンチへと歩いて行ってしまった。ひとり取り残された沙羅に胡桃が近寄って言う。
「あなたって見かけによらず相当変態よね」
「え? な、何言ってるの? 私はただ……」
ただ冷静に考えれば目の前にいる痴女と蔑んだこの女より、更に低俗なことをしようとしていた。黙り込む沙羅に胡桃が言う。
「それで下着は買うの? 買わないの?」
「要らない……」
「そう、じゃあ、一緒に先生のところ戻ろ」
沙羅は小さく頷いて手を引く胡桃と、一緒にベンチで座って待つ幸太郎の元へと歩き出した。
買い物を終え、ショッピングセンターを出る三人。微妙な空気が流れる中、幸太郎が胡桃に尋ねる。
「ねえ、胡桃ちゃん。そう言えば今日はひとりで遊びに来てたの?」
「え? あああああっ!!!!」
胡桃は急いでカバンの中に入れてあったスマホを取り出す。そしてそれを見て顔を青くする。
「忘れてた!! 今日友達と約束だった!!!!」
マナーモードにしていたのか着信音などは一切聞こえなかった。胡桃は慌てて友達にメッセージを送ると幸太郎の耳元に近付いて言った。
「先生、今日はありがとうございます! 今度、ちゃんとつけるからね、これ」
そう言って買ったばかりの下着の入った紙袋を幸太郎に見せる。
「うぐっ、い、いや、俺は何もしてないし……」
顔を赤くする幸太郎に胡桃が言う。
「真っ赤になっちゃって、可愛い!! じゃあね、先生。また明日!!」
そう言って胡桃は手を振って走って行った。
「なんて痴女なの、あの女は」
消えゆく胡桃を見ながら沙羅が言う。
(お前も似たようなもんだろ……)
幸太郎はそんな沙羅を見て内心思った。
「今日は本当にありがとう。助かったよ」
夕方、家まで送ると言う幸太郎を断り続けた沙羅だったが、結局ふたりで電車に乗り沙羅の家まで戻って来た。感謝を告げる幸太郎に沙羅が言う。
「別にいいわ。今日、ヒマだったし」
沙羅が少し上を向いて言う。
「じゃあ、また今度の金曜!!」
そう言って幸太郎は手を上げて去って行く。
「あっ……」
去り行く背中を見て何かを言おうとした沙羅は、我に返りその言葉を飲み込む。そして幸太郎の姿が見えなくなるまで家の前で立っていた。
「おかえり、沙羅」
家に帰って来た沙羅を、父重定が迎える。
滅多にない、数年ぶりの娘の休日の外出に喜ぶ重定。しかしその直後、重定に更に嬉しいことが起こる。
「ただいま、パパ」
沙羅は笑顔で重定に答えた。
(え?)
重定は部屋へと戻って行く沙羅をぼうっと見つめた。
(沙羅が、沙羅が、この私に笑顔で応えてくれた!!)
重定は沙羅が部屋に入ったのを確認してからひとりガッツポーズを取った。
「はあ、楽しかったな!」
沙羅は部屋に入り、ポンと持っていたカバンをベッドの上に置いてから自然とその言葉を口にした。
(んっ!?)
思わず沙羅は自分の口に手を当てる。
(私、楽しんでいた!? 今日のあいつと行った買い物を、楽しんでいたの……?)
沙羅は理解できない自分の気持ちを確かめようと、すぐにスマホを取り出し『こーくん』へのメッセージを書き込み始めた。
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