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15.『ごめんなさい』

「はい、ソフトクリームふたつね」


 そのソフトクリーム屋の店主は、目の前にいる真っ白な肌の少女に出来立てのソフトクリームを手渡した。真っ白なソフトクリームに負けないぐらいのきめ細やかで美しい肌。

 少女は無言でソフトクリームを受け取ると、くるりと背を向けて元いた方へと歩き出した。



「はい、これ」


 沙羅は幸太郎にソフトクリームを差し出した。幸太郎は少し困った顔をして言う。


「本当にいいのに。食事代を出したのは今日つき合ってもらったお礼だし」


「雪平家の人間は、人から受けた恩は必ず返さなきゃならないの。だから食べなさい」



(どうしよう、参ったなあ……)


 幸太郎は彼女からソフトクリームを受け取ることを躊躇う。



「早くしなさい。ほら」


 そう言って沙羅がソフトクリームを幸太郎に勢いよく差し出す。



「あっ!」


 しかし沙羅が持っていたソフトクリームが前に差し出した勢いで彼女の手から落ち、幸太郎の靴の上へと落ちる。


「わわっ!!」


 一瞬時が止まったかのようにその落ちるソフトクリームを見つめるふたり。幸太郎が叫ぶ。



「わっ! 落ちちゃった!!」


 沙羅は固まったままそれを見つめる。そして言う。



「あら、落ちてしまったわね。いいわ。その靴、私が新しいの買ってあげる」


「え?」


 ソフトクリームより沙羅の言葉に驚く幸太郎。



「いいよ、ちょっと洗えば済むことだし」


「遠慮しないで。落としたのは私。それにその靴ボロボロでしょ? 新しいの買ってあげるから」


「まだ履けるよ。もったいない」


 沙羅がちょっとむっとした顔で幸太郎に言う。



「だから私が新しいの買ってあげるから! それでいいでしょ!!」


 幸太郎はじっと沙羅の顔を見つめる。そしてゆっくりと言った。



「なあ、沙羅。それはちょっと()()んじゃないか?」



(え? この感じ、昔感じたのと同じ……)


 沙羅は学校でクラスの皆から向けられた視線、あの時のとても嫌な感覚を思い出す。



(いや、いや、この感覚。いや……)


 真っ白な沙羅の顔が青くなる。



『違うよ、沙羅ちゃん……』

『違うだろ、雪平。そうじゃないだろ……』


 昔、沙羅に投げかけられたクラスメートの言葉が鮮明に蘇る。



「いや、いやだよ。怖い……」


 沙羅の様子がおかしいことに気付いた幸太郎が声をかける。


「沙羅、沙羅? どうしたんだ?」



「嫌だよ……」


 真っ青な顔。震える手。

 幸太郎はそんな彼女の両手をしっかりと握って言った。



「俺はここにいるよ。大丈夫、どこにも行かない」


「う、ううっ……」


 沙羅の大きくて真っ黒な目にうっすらと涙が溜まる。脳裏には自分に背を向けて去って行った過去の友達の姿、そして目の前にいる幸太郎の姿がそれに重なる。



「いやっ!!」


 握られた手を振りほどこうと力を入れる沙羅。

 そうはさせまいとそれ以上に力を入れる幸太郎。


「放してっ!!」


「放さない!!」



「どうしてよ!!」


 幸太郎が沙羅の目を見て言う。



「俺はお前の友達だから」



「とも……」


 沙羅も幸太郎の目を見て強く言う。


「あなたなんてお金で雇われた友達でしょ!! それのどこが友達なの!? いい加減にして!! 私は、私には……」


 沙羅の目から涙が零れ落ちる。周りにいた人達が歩きながらふたりの姿をちらちらと見つめていく。幸太郎が言う。



「それでも()()だよ。沙羅が悲しんでいるのに放って置くことなんてできない」


「……ううっ」



 しばらくの沈黙。

 強張こわばっていた沙羅の手から、力が抜けていったのを感じた幸太郎がその手をゆっくり放す。下を向き涙をぬぐう沙羅。そして顔を上げ幸太郎に言った。


「ねえ……」


「何だ?」



「あの後の言葉。『違うだろ』の後は、何て言おうとしたの?」


 幸太郎が笑顔になって言う。



「『ごめんなさい、だろ』って言おうとした。故意じゃないにしろそれは大切な言葉。弁償とかマジでどうでもいい」



(あっ)


 それを聞いた沙羅の心の中に、立ち去って行った友達の顔が思い浮かぶ。



(そうだ、そうだったんだ。私、()()()いなかったんだ……)


 自分が悪いと認めつつも謝りもせず、それを()()で解決しようとしていた。まるで父親のように。



(違う、パパのせいじゃない。これは私の問題……)


 沙羅が幸太郎に言う。


「ねえ」


「なに?」



「……ごめんなさい」


 沙羅は幸太郎に向かって深く頭を下げた。



「え!? あ、ああ、いいよ。ちょっと洗えば済むことだから」


「ごめんなさい。何でこんな簡単なことに気付かなかったんだろうね……」


「ん? 何が?」


「何でもないわ。で、どこで洗うの?」


「ああ、あそこの公園でちょっと水を借りようか」


「分かったわ。私に洗わせて」


「いいって。それより早く自分のソフト、食べなよ」


 そう言って幸太郎は既に溶け始めているソフトクリームを指差して言った。



「きゃ、本当だわ!」


 そう言って慌ててソフトクリームを食べ始める沙羅。


「ふ、ふふふ……」


 幸太郎は必死になってソフトクリームを食べる沙羅を見てひとりくすくすと笑った。





「このくらいでいいかな」


 沙羅も手伝い幸太郎が公園の水で靴を洗う。ベタベタに濡れた靴と裸足の幸太郎を見て沙羅が笑って言う。



「間抜けな格好ね」


「お前が言うなよ。誰のせいだよ一体!!」


「ぷっ、くすくす……」


 幸太郎は沙羅がこんなにも笑うのだと初めて知った。彼女の笑顔は明るい太陽の光を受けてとてもまぶしく映った。



(全く普通の女の子じゃん。いや、普通じゃないな。超可愛い女の子)


 幸太郎は靴を乾かすためにベンチに一緒に座っている沙羅の横顔を、横目で見ながらひとり思った。そんなふたりの前に、数名の女の子のグループが現れた。



「雪平さん?」


「え?」


 沙羅が顔を上げてその女子たちを見つめる。



(あ、クラスメートの……)


 その女の子たちは、沙羅と同じクラスの女子たちであった。普段は一切話すことのない人達。しかし彼女の隣に座る間抜けな男の姿を見て興味深そうに言った。



「あれ~、あの雪平家のお嬢様が、一体誰と一緒なのかな~?」


 幸太郎が彼女達を見て小声で沙羅に尋ねる。


「知り合い?」


 沙羅は無言のまま下を向いて返事をしようとしない。女達が小さな声で言う。



「何、あれ? ボロボロの靴……」

「ダサい服。まさか雪平さんの彼氏!?」

「まさか、あの雪平家のお嬢様がそんなわけ、ぷっ……」


 沙羅は下を向いたまま幸太郎の袖を引っ張り、ここから離れようとする。しかし幸太郎はそれよりも先にすっと沙羅の前に立ちあがって言った。



「お前ら沙羅の知り合いか何かか?」


「はあ?」


 突然幸太郎に言われた女達が眉間に皺を寄せて言う。



「知り合い? そうね、クラスメートかしら」


「クラスメート? ならいい。だが覚えておけ」


 幸太郎が女達を睨みつけて言う。



「俺のことはどう言っても構わないが、沙羅のことを悪く言うのはやめろ」


「ちょ、ちょっと……」


 後ろにいた沙羅が幸太郎の上着を引っ張って言う。女達がふたりを見て笑って言う。



「何がやめろなの~? バッカじゃない!!」



「消えろっ!!!」



「きゃっ!?」


 幸太郎は女達に向って大声で言った。周りにいた人達がその声に反応し、こちらを向く。驚き焦る女達。


「な、何よ。急に大きな声を出して。なんて野蛮なの!!」


「もういいわ、行こ。こんなのに構っていても時間の無駄よ」


 女達はぶつぶつと文句を言いながら去って行った。立ち上がった沙羅が幸太郎に言う。



「ごめんなさい。私のせいで……」


「謝ることはじゃない。当然のこと。それにしても何なんだよ、あいつら!!」


 沙羅はひとりぶつぶつ言う幸太郎を見て思った。



(どうしてこの人はこんなに人のことに一生懸命になれるの? 『バイ友』だから? それとも……)



「さて、まだ半乾きだけど中はそれほど濡れてないからそろそろ行こうか」


 幸太郎は乾かしていた靴を触りながら沙羅に言う。しかし沙羅はじっとこちらを向いたまま動かない。



「沙羅? どうしたの?」


 幸太郎は沙羅の視線が自分ではなく、()()にある事に気付いた。


(え?)


 幸太郎が後ろを振り向く。



「幸太郎、先生……」


 可愛らしい声が響く。

 ナチュラルボブの女の子。そこには幸太郎が家庭教師をしている咲乃胡桃が立っていた。

お読み頂きありがとうございます。

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