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14.牛丼に感激!?

「あ、そうだ、沙羅。ちょっと相談したいことがあってさ」


 一緒に街を歩き出した沙羅から漂う甘い香り。幸太郎は少しどきどきしながら言う。


「もうすぐうちの母親の誕生日なんだよ。で、さ、お前に何が良いか選んで欲しいんだけど」



「は?」


 沙羅が立ち止まり驚いた顔をして言う。


「なんで私がそんなの選ばなきゃならないの? そもそもあなたの母親にも会ったことが無いでしょ? どうやって選べって言うの?」


 一気に立てまくられ弱気になる幸太郎。


「いや、確かにそうだんだけど。お前、()()女だろ? だから女同士何が良いか分かるかなって思って……」


 それを聞いた沙羅の顔がかっと赤くなる。



「ちょっと、『一応』ってどういう意味よ! 私はちゃんとした女よ!!」


「あわわわっ、ごめん! そういう意味じゃなくって、いや、ごめん!!」


 両手を合わせて謝る幸太郎を見てぷいと顔を背ける沙羅。それを見た幸太郎が頭を抱えて困り果てる。



「ああ、どうしたらいいんだ、マジで……」


 腕を組んだままそれを見ていた沙羅が溜息を吐きながら言う。


「はあ、仕方ないわね。いいわ、一緒に選んであげる。()()だから」


「え、あ、ああ。ありがとう」


 幸太郎は予想もしなかった意外な言葉に素直にお礼を言った。





「ちょっと緊張するな~」


 沙羅の提案で向かったのは駅前のフラワーショップ。

 面識のない幸太郎の母親。そして彼の母親への感謝の気持ちを伝えたいということを考慮して花を贈ることにした。


「沙羅は花、詳しいの?」


 幸太郎はたくさんの花に囲まれた沙羅を見て言った。



「別に。一般常識程度だわ」


 しかしそう言う沙羅の目は真剣である。そしてやって来た店員に向かって早口で注文する。


「フラワーギフトでお願いします。花はピンクのバラにガーベラ、赤のカーネーションにポピー、それから……」


 幸太郎は指をくわえて見ているだけであった。一通り指示し終えた沙羅に幸太郎が尋ねる。



「あ、ありがとな。花まで選んで貰って……」


 なぜか小さな声になっている幸太郎に沙羅が言う。


「選んだのは全て花言葉が『感謝』を表す花なの。お母さんに感謝を伝えたいんでしょ?」


「え? あ、ああ、そうだよ」


 幸太郎は一見何を考えているのか分かり辛い目の前の女の子に心から感謝した。



「ありがとう! 沙羅!! 助かったよ!!」


「え、ええ。いいわよ、それくらい……」


 大きな声で感謝された沙羅は少し恥ずかしそうに答えた。

 花は持ち運ぶには少し大きかったため、誕生日にアパートに届けて貰うよう手配した。やや予算オーバーだったが良い買い物ができたと幸太郎は満足だった。






「なあ、沙羅。お昼は何でもいいか?」


 フラワーショップを出た頃にはちょうどお昼過ぎになっていた。用事が済んだのでこのまま帰ろうとしていた沙羅は幸太郎の意外な言葉に少し驚いた。



「え? え、ええ。別に構わないわ」


「そうか? それは助かる。だったら……」


 沙羅は少し不思議そうな顔で横を歩く幸太郎をちらりと見た。



(私といて楽しいのかしら? こんなつまらない女と居て。それとも仕事だから我慢して……?)


 再び前を向いて考えこむ沙羅に幸太郎が言う。



「……で、それでいいんだな?」


「え? 何が?」


 幸太郎がきょとんとする。


「何だ、お前。俺の話聞いていなかったのか? それともやっぱり嫌なのか?」


 一体何を言っているのか分からない。


「え、ええっと、その……」


 沙羅は顔を少し赤くして下を向いて黙り込む。幸太郎が言う。



「仕方ないな、聞いてなかったんだろ? お昼だけど沙羅ならきっとあのパスタ屋さんとかがいいと思うんだけど、ちょっと花で予算使い過ぎたんで隣の牛丼屋でいいか、ってこと」


「牛丼?」


 そう言われた沙羅はお洒落なパスタ屋の横に立つ、牛丼の店を見つめる。それはいつも学校の送迎の車の中から見ている男たちが通う牛丼チェーンの店であった。



(あの牛丼……、食べてみたい。でも女の子がそんなこと言ったらはしたないと思われるかしら。いえ、それよりも予算使い過ぎたって、まさかこの人私の分まで払うつもりなのかしら?)


「ねえ」


「なに?」



「あなたもしかしてお昼代、私の分まで払うつもり?」


 幸太郎は少し笑って答える。


「当たり前だろ。今日は買い物付き合ってくれてるんだ。それぐらい払わせてくれ」


「馬鹿なの、あなた。買い物に付き合うのとお昼を出してもらうのに何の関係があるの? そもそも私はあなたよりお金が……」


「うるさいな。いいからか行くぞ」


「きゃ!!」


 幸太郎はひとり喋り続ける沙羅の腕を掴んで牛丼の店へと入る。



「ちょ、ちょっと!! なに触ってるのよ!!!」


 店内に入った沙羅が幸太郎が掴む腕を振り払う。そして鞄の中からすぐに除菌スプレーを取り出しシュッシュッと腕に振り掛ける。幸太郎が言う。



「なあ、腕掴んだのは悪かったと思うけど、そこまでするか? 俺はバイ菌なのか?」


 除菌スプレーをカバンにしまった沙羅が言う。


「同じでしょ。私に触れていいのは()()()だけ」


 そう言って頬を赤らめる沙羅。



「あの人、って誰なの?」


 そう幸太郎に言われた沙羅の顔が一瞬で怒りの表情に変わる。


「詮索しないで!! あなたには全く関係のない人なの。いい? 二度と彼のことは聞かないで!!!」


「はいはい」


 そう言って店内のテーブルに向かいながら幸太郎が思う。



(多分、それって()のことなんだろうな……)


 幸太郎は椅子に座る沙羅を見て少し苦笑する。





(しかし、まあ見事に店に入った瞬間、皆の視線が沙羅に集まったよな……)


 椅子に座ってからも周りがちらちらと沙羅を見ている。


(そりゃそうだよな。こんな男率の高い場所で、沙羅のような正真正銘のお嬢様が座ってるんだからな……)


 そしてついでに向けられる自分への冷たい視線を感じ、何だか少し寂しくなる。



「ねえ」


「ん? なに?」


「給仕さん、誰も来ないんだけど」


「は? 給仕さん?」


 沙羅は店の奥で忙しそうに働いている店員をちらりと見て言う。



「とりあえずすぐは来ないかな。先に注文しよう。これを使うのかな?」


 そう言ってテーブル横に置かれたタブレットを取り出して机の上に置く。


「何、これ?」


 それをじっと見つめる沙羅。


「お前、牛丼とか食べないのか? やっぱり」


 それを聞いた沙羅がむっとした顔で言い返す。



「食べるわ!! 当たり前でしょ。先月も家で黒毛和牛の牛丼を食べたんだから!!」


「黒毛和牛の牛丼……」


 分かっていたがやはり住む世界が違う。



「とりあえず何を食べる?」


「何って、牛丼でいいわ」


「いや、牛丼は分かるけど、何牛丼?」



「何って、だから牛丼でいいって」


「からかってんのか? メニュー見ろよ」


 沙羅はちょっと不安そうな顔をして指差されたタブレットの多種多様な牛丼を見つめる。



(えっ、こんなにあるの、牛丼の種類って……)


 シンプルな牛丼しか食べたことのない沙羅。あまりの種類の多さに驚く。



「な、何でもいいわ。あなたと一緒のでいい」


「俺と?」


「ええ、そうよ。いけないの?」


「いや、いいんだけど。俺、ただの牛丼にするから。トッピングとかも無しで」



「トッピング?」


 再び意味の分からない言葉に困った顔をする沙羅。


「トッピングってのは、牛丼に色々別の物を入れるってこと。追加料金がかかるけどね」


 そう言ってメニューにある卵やらチーズやらを指差す。



(こんなものを牛丼に入れるの? 美味しいのかしら?)


 かなり頭が混乱しかけている沙羅。幸太郎に言う。



「いいわ。あなたと一緒で」


「分かった」


 結局ふたりで並の牛丼だけを注文。そして運ばれて来たその牛丼を見て沙羅が驚く。



「え? 何これ? ほとんど脂分ばかりじゃない……」


 幸太郎に渡された箸を持ちながら沙羅が驚いた顔をする。


「当たり前だろ。数百円で食べられるんだ。これで十分すぎるぐらいだぞ」


「そ、そうだったわね……」


 幸太郎はテーブルに置かれた無料の漬け物やトウガラシなどを入れる。



「これはタダ。好きなだけ入れてもいいぞ」


「え、ええ。ありがとう……」


 沙羅はそれでも目の前に置かれた見たこともないような貧相な牛丼を見つめる。



(脂分の肉とご飯ばかり。こんなのが美味しいとは到底思えないわ……)


 自宅で食べる牛丼とはあまりにも違うその品を見て、ある意味カルチャーショックを受けていた沙羅。幸太郎が言う。


「何見てんだ? さっさと食べるぞ。いただきます!」


「い、いただきます……」


 こんなものは美味しくない。

 そう思いながら恐る恐る牛丼を口に運ぶ。



 ――えっ、美味しい!?



 沙羅自身信じられなかった。

 この貧相な牛丼がすごく美味しい。こんながやがやとうるさい場所で食べる牛丼がとても美味しい。目の前の幸太郎も美味しそうにがつがつ食べている。


「美味いな、沙羅。俺、牛丼なんて何年ぶりだろう」



 こんなに貧相な牛丼なのに。

 こんなに周りがうるさいのに。

 こんなにべらべらと喋りながら食べて……



(べらべらと、誰かと一緒に食べる……?)


 沙羅はここ何年も静かにひとりで食事をする毎日を思い出す。



(違う、この牛丼がどうこうってことじゃない。私、()()と一緒に食べることを喜んでいるんだ……)


 箸が止まった皿を見て幸太郎が心配そうに言う。



「どうした、沙羅? やっぱり口に合わなかったんか? 美味しくない?」


 沙羅は少し首を振って言う。



「普通よ……」


 あまり意味が分からない様な顔をした幸太郎を見て沙羅が思う。



(普通よ。普通に美味しいわよ……)


 ここ何年も感じられなかった『ご飯が美味しい』という感覚と一緒に、沙羅は初めての美味しい牛丼を密かに満喫した。

お読み頂きありがとうございます。

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