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13.【side story 沙羅】

 雪平ゆきひら沙羅さらは幼い頃から物静かな女の子だった。

 それでも幼いながらも美しい黒髪、くりんとした大きな目。粉雪のようなきめ細かな肌は彼女をお嬢様として印象付けるには十分な要素であった。



「お嬢様、夕食でございます」


 雪平財閥の娘である沙羅は、姉のしおりと共に何不自由なく育てられた。


「私、部屋で食べるねー」


 自由奔放な姉はよく食事を自分の部屋に持って行って食べる。

 母はおらず父重定も仕事で忙しい。時々帰ってくることはあるが、いつも知らない女の人と一緒であった。幼い沙羅でも何となくそのことに気付いていた。



 ――お母さんがいなくなったのは、パパのせい。


 食事はひとりで食べることが多く、どれだけ豪華な料理でも一度もおいしいとは思ったことはなかった。





「きゃ!!」


 ある日、沙羅は通っていた小学校で友達の女の子と廊下でぶつかって転んだ。


(痛いっ……)


 沙羅と友達は廊下に座り込んだまま床に落ちた友達の工作を見つめる。



「あ、壊れちゃった……」


 友達は床に落ちて壊れてしまったできたばかりの工作を見て泣きそうになる。沙羅は自分が前を向いていなかったことを悪く思ったのか、その壊れた作品を拾ってその女の子に言った。



「これと全く同じものを作らせるわ。うちにそう言うのが上手な人がいるの。お金は要らないから」


(え?)


 女の子は沙羅が言っている意味が解らなかった。

 確かに作品は落ちて壊れたけど、完全じゃないにしろ直せないことはない。何も言わない友達に沙羅が言う。



「それで問題ないでしょ? 明日には直して持ってくるわ」



「違うよ。違うよ、沙羅ちゃん……」


「え?」


 女の子は立ち上がって沙羅から壊れた作品取り上げるとそのまま走り去っていった。

 それ以来彼女は沙羅とは口を利かなくなった。沙羅にはなぜ彼女が離れてしまっていってしまったのかまったく理解できなかった。




 中学に入り、沙羅の孤立化はますます顕著になる。


「おーい、雪平!」


 文化祭の準備中、クラスで出し物の巨大な絵を描いていたグループから沙羅に声が掛かった。


「なに?」


 沙羅が恐る恐る近付いて尋ねる。彼女を呼んだ男の子が言う。



「これ、一緒に描こうぜ。ほら」


 そう言って彼は自分の持っていた刷毛はけを渡そうとする。クラスの中でも沙羅に好意的だった彼。しかしその他の生徒達はやはり沙羅とは一線を引いた関係を保っていた。



「い、いいわ。私、そう言うのやらないから……」


 そう言って後ずさりする沙羅。勧めてくれた彼以外の視線が痛い。



 ――どうしてお前がここに来るんだ?


 そう言っているようにすら聞こえる。その時だった。



「え?」


 沙羅の足に何かが当たる。



 コトン!


「あーーーっ!!!!」


 それはペンキの入った容器。

 沙羅に足に当たって、皆が描いていた絵の上に派手に倒れて一面をペンキまみれにしてしまった。



「うそ……」


 暫くの静寂。

 この日の為に皆で頑張って描いてきた大切な絵。ペンキ塗れになったその信じられない光景に皆が固まる。女子たちの間からはそれを見て目を赤くして涙ぐむ者も出始める。震えながら沙羅が言う。



「わ、私が何とかする。パパにお願いして、この絵の弁償を……」


 それを聞いたこの絵を中心になって描いていた男の子が震えながら言う。



「違うだろ、雪平。そうじゃないだろ……」


 皆の刺さるような視線が沙羅に集まる。沙羅が一層震えて言う。



「な、なんで? 弁償するんだよ、それでいいはずじゃ……」



「そうじゃないだろ!!! そういう時は……」



 男の大きな声。

 それを聞いた沙羅は、怖くなって顔に手を当てながら走り去ってしまった。




 この頃を境に沙羅はより一層自分の殻に閉じこもるようになった。

 学校はもちろん、家庭においてもあまり人との交流をしなくなり、そして笑わなくなった。クラスメートの間では、沙羅が思ったこともない噂が流れていた。


『お金持ちだからお高くとまっているんでしょ』

『私たち庶民とは口は利けないのかしらね~』


 沙羅ほどじゃないが、お嬢様学校の生徒達。皆それなりの家柄の子女たちが集まって来ている。雪平家が特別であったとしても沙羅には全くそんなつもりはなかった。



(どうして、どうして周りは私をそんな目で見るの……?)


 沙羅は友達のいない学校生活をひとり苦しみながら送った。





 そしてそれは高校に入っても続く。

 いや、この頃になると沙羅の方から拒絶をするようになる。


(私ことは誰も理解してくれない。それでいい。このままひとりで死んでいくのもいいわ)


 さすがに家にあまりいなかった父重定ですら娘の異常さに気付く。



「沙羅、どうしたんだ?」

「何か悩み事があるなら話してくれ」


 娘を心から愛していた父は、沙羅の異常に気付いてから外の女を家に連れてくることはなくなった。それでも冷たく氷の様に固まってしまった娘の心は溶かせない。


 困り果てた重定は沙羅の友達を募集する『バイ友』という方法を思いつく。




「こんにちは、沙羅ちゃん」

「僕が友達になってあげるよ」

「女の子同士、楽しくやろうね!!」


 何名かの『バイ友』が沙羅の元へやって来た。



「……」


 無言だった。

 無言の圧力。パーテーションの壁。赤いビニールテープ。

 すべての『バイ友』が初日で辞めるか、沙羅の方から解雇を言いつけた。



(友達なんて要らない。誰も私を見てくれない。どうでもいいわ)


 父重定の思惑とは裏腹に、どんどんと自分の周りに壁を作る沙羅。しかしそんな彼女に、変化が起きる。



『俺も友達いないけどなあ……』


 暇つぶしに始めたネット相談サイト。

 何気なく書き込んだ悩みのコメントに予想以上の反応があって、戸惑いつつも面白くなった。そしてその中からひとつのメッセージが気になり返事を書く。


『本当に友達がいないの?』



 沙羅が落ちるのは早かった。

 ネットの『こーくん』なる人物にどんどんと惹かれ、気が付けば依存と思えるほどのめり込んでいた。



『こーくん、こーくん、こーくん!!』


 何を言っても、どんな妄言でも『こーくん』は受け止めてくれた。

 すべてを肯定し、自分の傍にいてくれる存在。ネットだけの付き合いとは分かっていても、いつしか沙羅にとって『こーくん』は欠かすことのできない存在になっていた。



(こーくんに会いたい。こーくんに触れられたい。こーくんに抱きしめられたい)


 こーくんを想い妄想する日々。

 沙羅自身、男にこれほどまで心酔してしまうとは思ってもいなかった。でも幸せだった。『こーくん』と過ごせる日々が。




「沙羅、ちょっといいか?」


 そんな沙羅に、父重定が声をかける。



「明日、新しい『バイ友』が来る」


「あ、そ……」


 全く興味のない沙羅がぶっきらぼうに言う。定重が少し溜息をつきながら言った。



「城崎幸太郎くんと言う男の子だ」


 この時より冷たく動かなくなってしまっていた沙羅の心の歯車が、静かにゆっくりと回り始めた。

お読み頂きありがとうございます。

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