12.沙羅とふたりでお買い物!?
「あさっての日曜日、一緒に買い物に行かないか?」
唐突の幸太郎の誘い。
唖然としていた沙羅だがその粉雪のように白い肌を赤くして言う。
「ふ、ふざけないでよ!! なんで私があなたとデートみたいなことしなきゃならないのよ!!」
幸太郎が怪訝な顔をして答える。
「デート? 誰もそんなこと言ってないよ。買い物。ちょっと相談したいこともあって」
「いや、いや、あの人以外とは絶対に……、あ、そうだわ!!」
動揺する沙羅は机の上にあったスマホを取り出し何やら必死に文字を打ち込む。
(沙羅……?)
それを見つめる幸太郎。そして彼女がしている行動の意味をすぐに理解する。
ブルッ……
(ん? 携帯?)
幸太郎はズボンのポケットに入れて置いたスマホにメッセージが届いたことに気付いた。マナーモードにしてあるため音は出ない。
文字を打ち込み、じっとスマホを見つめる沙羅に気付かれないようにズボンの中のスマホを見る。
『こーくん、助けて!! あの男に買い物に誘われて……』
スマホの画面に表示されたメッセージ。
まだ開いて読んでいないため既読にはならないが、確実に沙羅が『こーくん』にどうしていいのか助けを求めている。
(マジか……)
彼女が相談をしているのは目の前の人。
沙羅は『こーくん』へのメッセージが既読になり、返事が送られてくるのをじっと待っているようだ。
(どうする、どうする!? 目の前でスマホはできないし……)
「ちょ、ちょっとトイレ……」
立ち上がってドアを出て行く幸太郎を沙羅はちらりとだけ目で見た。
(急げ、急げ!!)
幸太郎は広いトイレに入って便座に座ると、すぐにスマホを取り出して沙羅からのメッセージを確認する。
『こーくん、助けて!! あの男に買い物に誘われて、こーくんが会ってみろって言うから今日も会ったんだけど、まさかこんな事になるなんて!? どうしたらいい? こーくん、助けて!!』
幸太郎が素早く書き込む。
『ふたりで買い物? 大丈夫? 危険がないなら行ってみてもいいんじゃないかな?』
『身元は分かっているし、夜とかじゃないから安全だと思うけど、ちょっと怖いな……、ああ、これがこーくんからの誘いだったらどんだけ嬉しいことか♡』
(いや、俺の誘いじゃん……)
そう思いつつ返事を書く。
『俺もいつかサラりんと一緒に買い物行きたいと思ってるよ!! いつか行こうね』
『うん、約束だよ!! よし、こーくんに元気貰った!! じゃあちょっとその変な男と行ってくるね。また報告します!!』
『了解~! 待ってるよ!!』
沙羅は幸太郎が居なくなった部屋でひとりニタニタしながらスマホを見つめる。
(いつか行こう、ってもう明後日行くんだけどな。『こーくん』と)
幸太郎は苦笑いしながらトイレを出る。
「あっ」
その前には雪平家のお手伝いさんである中年女性の木嶋が立っている。綺麗な和服姿。幸太郎に軽く会釈をすると、何か言いたそうな顔で去っていく。
(しまった!! トイレ行って流してないじゃん、俺っ!! 手も洗ってない!!)
幸太郎は慌ててトイレに戻り、便器の水を流し、手を洗った。
「遅かったわね。このまま家へ帰ったのかと思ったわ」
改めてこれがあれと同一人物なのかと疑うほどキャラが違う。
「ウンコしてたんだよ。そんなことも報告しなきゃならんのか?」
「ウっ……」
それを聞いた沙羅の顔が一瞬で真っ赤になる。
「ほ、本当に下品ね、あなた。信じられない!! 女性の前でそんなことを平気で」
(こーくんがバレるよりずっといい)
そう思いながら幸太郎が言う。
「で、どうするんだ? 付き合ってくれるんか、買い物?」
沙羅がちょっとむっとした顔で言う。
「いいわ。付き合ってあげる」
「ホントか!?」
喜ぶ幸太郎に沙羅が更にむっとした顔になって言う。
「わ、私が決めたんだけど、私じゃない人が決めたの!! いい、分かる? ちゃんと感謝してよね!!」
(おいおい、なに言ってんだよ。言葉がめちゃくちゃだそ……)
「それから絶対に変なことはしないこと!!」
幸太郎が呆れた顔で言い返す。
「するか、そんなこと。これは仕事。そんなことできる訳ないだろ!!」
その言葉を聞いた沙羅の顔が一瞬固まる。
そしてその意味をすぐに理解する幸太郎。慌てて弁解する。
「いや、違う。いや違わなくはないけど、確かにお前と会うのは仕事なんだけど、俺はお前と友達になりたいと思っているのは本当で。仕事じゃないんだけど、だけれどもこうやって会うのは仕事で……」
沙羅が冷たい表情で言う。
「さっきから何言ってるの、あなた。支離滅裂よ」
(くそっ、お前に言われたくないわ!!!)
幸太郎は笑顔を保ちつつ心の中で沙羅にそう叫んだ。そんな幸太郎を見ながら沙羅が思う。
(こーくんがああ言ったから買い物に付き合うことにした。でもこれはチャンスよ。あいつと一緒に居て、あいつの弱点なり弱みを掴めれば私が優位に立てるし、酷い男だって分かればこーくんだってもう止めろって言うはず!!)
急になぜかニコニコし始めた沙羅。
「何時にどこへ行けばいいかしら。持っていく物はなに?」
突然の沙羅の変化に戸惑う幸太郎。慎重に言葉を選んで答える。
「え、駅前に11時頃でどうかな。持ち物は特にないよ、沙羅が来てくれれば」
「そう、分かったわ」
幸太郎はこの笑顔の裏に何があるのか何度考えても理解できなかった。
「お兄ちゃーん、どこ行くの!!」
日曜の午前、出掛けようとする幸太郎に妹の奈々が近付いて言った。トレードマークのポニーテールが揺れている。奈々は不満そうな顔で幸太郎を見つめる。
「ああ、ちょっと出かけて来る」
「えー、せっかく久しぶりの休みなのに、奈々と遊ぼうよ~!!」
そう言って奈々が靴を履こうとする幸太郎の腕にしがみ付く。
「お、おい!!」
子供子供と思っていた奈々の大きく育った胸が腕に当たる。わざとじゃないかと思うほど強く当てて来る。
「こら、放せ!」
「やだー、お兄ちゃん。もしかしてデート行くの!?」
デートではないが、女の子とふたりで会う。理由を知らない人が見たらデートにでも映るかもしれない。
「違う違う!! そんなんじゃない。じゃあな!!」
そう言って幸太郎は奈々の手を振り切って玄関から出て行く。
「あー、もう、お兄ちゃん!!!」
奈々が閉じられるドアの向こうでむっとした顔で言った。
「ごめん、沙羅。待った?」
約束の15分前だと言うのに、沙羅は既に約束の場所に来てひとり立っていた。
真っ白な長めのスカートに薄茶色のブーツ。紺色のシャツの上にはブーツと合わせた薄茶色のカーディガンを羽織っている。頭には紺色のベレー帽がちょこんと載っており、両手で茶色の小さな皮の鞄を持っている。
(め、めっちゃ、お嬢様じゃん……)
明らかに周りの人達と雰囲気と言うか発せられるオーラが違う。清楚な服装に雪のように白い肌、そしてくりっとした大きな黒い目。
「待ったわよ。女の子を待たせるなんてホント最低ね」
「あ、ああ。ごめん……」
沙羅に近寄って話す幸太郎に周りの視線が集まる。
『バイ友』をする時はいつも少し暗い沙羅の部屋。明るい太陽の下で初めて見た彼女は、幸太郎の予想よりもずっと可憐で美しかった。
「じゃ、じゃあ。行こうか」
「仕方ないから行ってあげる」
そう言って沙羅は幸太郎の横に並んで歩き始めた。
お読み頂きありがとうございます。
続きが気になると思って頂けましたら、ブックマークや評価をぜひお願いします。
評価はこのページの下側にある【☆☆☆☆☆】をタップすればできますm(__)m