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110.沙羅ちゃん、昼から妄想する。

(ほとんど眠れなかったわ……)


 突然の『こーくん』からの別れ。ずっと自分を支えてくれて来た彼を失ったことは、沙羅にとって簡単に割り切れるものではなかった。

 頭ではその意味を理解した。彼の言う通りその役目が終わったから必要でなくなることも分かる。それでも人の心情と言うのはそれで割り切れるほど簡単じゃない。



「な~に、沙羅その顔? 随分と眠そうじゃない?」


 海の別荘へ出かける朝。見送りに来た姉の栞が沙羅の眠そうな顔を見て言う。


「うん、あまり眠れなかったの」


「へえ~、そんなに楽しみなんだ。幸太郎君と一緒に行くのが」


 少し前なら全力で否定していたその言葉。しかし今は違う。



「……楽しみ。楽しみだわ」


 静かだが心のこもった言葉。それだけで沙羅の気持ちが伝わって来る。栞が沙羅の耳元で囁くように言う。



「避妊だけはちゃんとしてね」


「え!? ね、姉さん!! 私は勉強に行くのよっ!!!」


 顔を真っ赤にして沙羅が全否定する。ぼうっとしていた沙羅はその言葉ですっかり目が覚めてしまった。一緒に居た父の重定は楽しそうな姉妹の会話を見て笑顔で何度も頷く。



(ひとつの目標に向かって雪平の家族が団結する。ああ、なんて素晴らしい事なんだ!!)


 もちろん彼の耳には『避妊』などと言う言葉は聞こえていない。

 愛娘を奪われる辛さはあったものの、まったく口も相手にもして貰えない家庭内絶縁が続いていたあの頃に比べれば雲泥の差。更に『城崎幸太郎』と言う有能な人材が雪平グループに加わるのならばもう何の異存もない。



「じゃ、じゃあ行ってくるわ」


 準備を終えた沙羅がカバンを持ち迎えに来た車に向かって歩き出す。


「頑張ってねー!」

「気を付けてな」


 ふたりが沙羅に声を掛ける。沙羅が立ち止まって振り返り重定に言う。



「パパ、ありがと」


 沙羅が笑顔で小さく重定に手を振って車に乗り込む。



「さ、沙羅~!!!」


 重定は走り行く車を見つめながら、沙羅が『笑顔で手を振ってくれた』ことに感激して涙を流した。




(あれ、涙……)


 沙羅は幸太郎を迎えに行く車の中で自然と流れ出た涙を手で拭った。






「よ、よお。おはよ」


「おはよ。乗って」


 黒塗りの車が幸太郎のアパートに到着する。外でカバンを持って待っていた幸太郎が沙羅に挨拶をして冷房の効いた車内に乗り込む。




「奈々、落ち着きなさい」


 幸太郎に気を遣って部屋の中から見送る母親と奈々。奈々は窓から見える車に乗り込む幸太郎を見て泣きそうな顔で言う。



「また、お兄ちゃんがいなくなっちゃうよ……」


「だからほんの少しでしょ? あの子だってずっとバイトばかりさせていたからたまにはお友達と過ごすことも必要なの」


「でも……」


 奈々がそう言っている内に車が走り出す。



「ううっ、お兄ちゃん……」


「ほら、あなたも部活の準備なさい」


 母親が夏休みの部活の準備を勧めると奈々は真剣な顔で言った。



「お母さん。奈々はね、政治家になるよ」


「え?」


 いきなりの娘の発言に戸惑う母親。奈々続けて言う。



「政治家になって、総理大臣になって、お兄ちゃんと結婚できる法律作るの」


「……」


 さすがの母親も開いた口が塞がらない。


「こんなにお兄ちゃんのことが好きなのに一緒になれないなんて、世の中不条理だよ」


 母親が呆れた顔で言う。



「はいはい。分かったから、とりあえず食べかけの朝ご飯ちゃんと食べようね。あれを残して捨てる方がよっぽど不条理よ」


「ううっ、お兄ちゃん……」


 奈々はそれでも諦めきれずに窓の外を見つつ、渋々テーブルへ戻った。






「沙羅、今回はありがとな。また勉強の機会作って貰って」


 車の後部座席に乗り込んだ幸太郎が、隣に座る沙羅に向かって感謝の言葉を述べる。



(好き好き好き好き好き好きっ!!!!!!)


「すキィ、あ、いえ、少しぐらいなんだから別にどうってことないわ」


 幸太郎が隣に乗ってきた瞬間に溢れ出す『好き』と言う感情。ちょっと気を抜けばそれがそのまま口から出そうになってしまう。これから誰にも邪魔されずにふたりっきりで過ごせる。そう思うだけで冷房がしっかり効いた車内なのにどんどん体が熱くなる。



「海の別荘って言ったよな? 泳ぐところってあるの? 俺も一応水着持って来たよ。息抜きも必要だし」


(え? 幸太郎の水着……)


 沙羅は半裸の幸太郎を想像し、更にそれが自分に迫ってくる姿を妄想する。



「あ、あるわよ。私もこの間の水着、持って来たし……」


 そう言いながらもビーチでふたり戯れる姿を想像する。照り付ける太陽の下、誰も来ないプライベートビーチで水着のふたり。沙羅の妄想がどんどんと膨らみ始める。



『綺麗だ、沙羅。俺と結婚してくれ』


『し、仕方ないわね。あなたがそこまで言うのならば結婚してあげるわ。だから水着、触って』


 妄想の中で沙羅の水着を触ろうとする幸太郎。妄想が爆発寸前となる。




「ねえ、早く触ってよ……」


「は? 何を?」


「!!」


 沙羅は自分がとんでもないことを言ってしまったことに気付き赤面する。



「な、何でもないわよ!! あなたには関係のないこと!!」


 もはや自分が何を言っているのかすら分からない沙羅。とにかく嬉しさと興奮で頭が冷静になれなかった。





「おお、すごいな!!」


 車は順調に走り続け、数時間で雪平が所有する別荘へ到着した。

 二階建てのモダンな建物。海に向かってガラス張りの部屋が多く室内からも展望がきく。庭にはプールもあり、急な利用となったが既になみなみと水が張られている。車から降りた沙羅が幸太郎に言う。



「ここはうちの所有地なの。あそこに見えるビーチもプライベート。誰も入って来ないわ」


「マジかよ!?」


 確かに途中から誰ともすれ違わなかったが、まさか個人所有だったとは。そしてそのプライベートビーチ。まぶしい日差しの下、海が青く輝いて見える。幸太郎が言う。



「こりゃ、勉強なんてできるかな」


(え!?)


 沙羅がその言葉を聞いて一瞬驚く。



(べ、勉強をしないって、それってどういう意味?? 勉強をしないでふたりで一体何をするの……)


 またしても始まる沙羅の妄想。行きがけに言われた姉の言葉『避妊してね』が脳裏に蘇る。



「なあ、沙羅」


「えっ!? な、なによ……」


 幸太郎が笑顔で言う。



「頑張ろうな!!」


「!!」


 それを聞いた沙羅の顔が真っ赤に染まる。


(何を頑張るの!? 何を頑張るっていうの!!??)



「いや、だって、私……、まだ何も知らなくて……」


 真っ赤になって下を向きもぞもぞと答える沙羅。幸太郎が自信満々に答える。



「大丈夫。俺がしっかり教えてやるから!!」



「ひゃっ!?」


 すでに頭の思考回路が爆発寸前だった沙羅。投げかけられた幸太郎の言葉でついに爆発してしまう。



「お、おい!? 沙羅っ!!」


 ふらついて倒れそうになる沙羅を幸太郎が抱きしめる。意識朦朧とした沙羅が抱かれながら真っ赤な顔で言う。



「こ、こんなところじゃ……、いや……」


 幸太郎が沙羅を抱きかかえて慌てて言う。




「当たり前だろ!! さあ、家の中へ行くぞ!!」


 幸太郎は暑さで熱中症にでもかかったかと思い、沙羅をお姫様抱っこして別荘の中へと走る。抱かれたままの沙羅が幸太郎の腕の中で妄想する。



(こんな急に、お昼から、幸太郎に、まだ心の準備が……、でも、好きぃーーーっ!!!!)


 沙羅は勘違いしながらひと時の心地良い妄想に酔いしれた。

お読み頂きありがとうございます!!

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