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11.二回目の『バイ友』

「初めまして、谷です」


「城崎です、どうも」


 金曜の夕方。幸太郎は沙羅の家へ行く前に、胡桃から会いたいと聞いていた前の『バイ友』である谷雄一と会うことにした。一応先輩である谷。幸太郎は何かこれからの沙羅との接し方に参考になればと思った。



「『バイ友』どうですか?」


 駅前の小さな広場。ベンチに缶コーヒーを持ったまま座るふたりの前をたくさんの人が通り過ぎていく。先に谷が発した問いかけに幸太郎が返事をする。


「まだ一回しか行ってないからね。よく分からないかな」


 谷は横目で幸太郎を見つめた。今度は幸太郎が尋ねる。



「谷さんはどのくらい続けたんですか?」


 雄一は前を向いたままコーヒーをひと口飲んでから小さな声で言った。


「一回」



(え?)


 幸太郎は思わず出そうになった言葉を飲み込んだ。たった一回、初日で『不要』と判断されたのだ。



「城崎さんはこれからも続けられるんですか?」


「え、ああ。まあ、そうだけど……」


 今日二回目の『バイ友』に行くとは少し言い辛い。幸太郎が尋ねる。



「一回って、それは谷さんが断ったのか、それとも雪平さんの方から断って来たのか。どちらです?」


「……分からない」


 少しの沈黙の後、雄一が言う。



「初日行った後すぐに『契約を解除する』ってメールが来てね。それで終わり」


「そうですか……」


 間違いなく沙羅の意思だろうと思った。雄一が尋ねる。



「沙羅ちゃんは僕のこと何か言ってませんでしたか? 会いたいとか?」


 幸太郎が顔を上げて雄一を見て答える。


「いや、特には」


 雄一は手にしたコーヒーの缶を強く握りしめ、少し感情的に言う。



「どうして沙羅ちゃんは僕に会えなくて寂しくないのか? 絶対寂しがっているはずなのに。何か無理をしているとか? あれだけ僕の魅力を教えてあげたのに分かって貰えないはずはない。それとも誰かの陰謀が働いているのか!?」


 幸太郎の雄一を見る目が少し変わる。そして幸太郎が尋ねた。


「彼女とどんな話をしたんです?」


 雄一が真面目な顔で言う。



「どんなって、僕の素晴らしさを分かってもらう為にアピールポイントをまとめた書類を渡して、沙羅ちゃんが分かりやすいように丁寧に説明してあげたんだ。じっくりと。それが何か?」


「あ、ああ。いや、何でもないです。いいですね……」


 これはダメだろうと幸太郎は思った。

『バイ友』が不適格という以前の問題のような気がする。普通に初対面の人間にそんなことされたら誰でもドン引きだろう。雄一が言う。



「ねえ、城崎さん。また沙羅ちゃんのとこ行ったら僕の話もしてきてくれないですか? きっと彼女からは恥ずかしくて言えないと思うし。僕はまた彼女の為に『バイ友』やってあげてもいいと思ってますので」


「あ、ああ。分かりました。今日はこの後用事があるので、この辺で」


 幸太郎はそう言って飲み終えた缶コーヒーをゴミ箱に捨てると、何かまだ言いたそうな雄一を残し電車に乗った。



(全く参考にならなかったな……、あれは沙羅が原因って言うより彼自身に問題がある。見た目真面目そうだから書類審査なんかは通った感じかな?)


 幸太郎は電車に揺られながらこれから始まる沙羅との二回目の『バイ友』を、緊張しつつも楽しみでもあった。





「こんにちは! 元気だった?」


 沙羅の部屋に入った幸太郎が元気に挨拶する。



「別に」


 机で本を読み、幸太郎に背を向けたまま沙羅が答える。

 幸太郎は沙羅の部屋を見渡す。

 とりあえず前回同様、換気のために半開きにされた窓、ドア横に赤いビニールテープで作られた四角は今日もある。


「あれ? パーテーション?」


 幸太郎は前回倒したパーテーションが無くなっているのに気付いた。



「片付けたわ。またあなたに倒されても困るから」


 確かに物などに当たったりしたら危険である。片付けて貰ったのは幸太郎としても助かる。



「この赤線はまだダメなの?」


「当たり前でしょ? あなた何様のつもり?」


 沙羅がちらりと冷たい目線を幸太郎に向けて言う。



「ああ、分かったよ。とりあえずここに座るね」


 幸太郎は赤線の中に置かれた椅子に座る。

 前回より進歩はある。

 部屋に入るのも認められたし、パーテーションもなくして貰えた。そして何より()()()の『バイ友』ができている。



「読書? 何読んでるの?」


 先程まで会っていた谷雄一のことは話さない方がいいと思った。いや、話すべきではない。沙羅が背を向けたまま答える。



「『貴婦人の涙』、あなた、本は読んだことあるの?」


 沙羅は手にした分厚いハードカバーの本を見せる。幸太郎が答える。



「あるよ。貴婦人三部作の二つ目だよね。最終巻の『貴婦人の微笑み』は凄く良かったよ」


「え、読んだことあるの?」


「あるって。俺、貧しかったから中学の頃は毎日市の図書館で本ばっかり読んでいたんだ。まだバイトもできなかったし、図書館って無料だろ? 時間を潰すには最高の場所だったぜ」


 沙羅が少し驚いた顔をして尋ねる。



「毎日って、どのくらいの本を読んだの?」


「分かんないよ。もう手あたり次第読んだって感じかな」


「そんな読み方をして本に失礼じゃない? ちゃんと内容は覚えているの?」


 沙羅が幸太郎を睨むようにして言う。



「ああ、覚えてるぜ。その三部作を読んだのは中一の頃。聞きたけりゃ最後の話をしてやろか?」


「い、いいわよ!! これから読むんだから!!」


 沙羅がプイッと顔を前に向けて本に視線を落とす。幸太郎は沙羅の部屋にある書棚を見つめて言う。



「なあ」


「何よ」


「あの本って、全部沙羅のもの?」


 沙羅が書棚を見て言う。



「そうよ。それがどうしたの?」


 幸太郎は部屋にこんなに自分の本があることを少し羨ましく思った。沙羅に言う。



「まだ読んだことのない本があるんだけど、良かったら貸してくれない?」


 黙る沙羅。

 本好きの彼女としてはリアルで本の話ができる相手ができるなら正直嬉しい。父はいつも忙しく、明るいだけの姉の栞も本など全く読まない。



「いいわ。仕方ないから貸してあげる」


「本当? やったぜ!!」


 喜ぶ幸太郎を見て沙羅は少し嬉しくなった。

 幸太郎もちゃんと沙羅と会話ができていることに加え、返却の為にまたここに来なければならない理由となる。



「動かないで!!」


 本を取るため赤線を出ようとした幸太郎を沙羅が大きな声で制する。


「あ、ごめん……」


 まだやはりそこはダメかと思った。沙羅が言う。



「読みたい本はどれ? 私が取ってあげるから、椅子の下に置いた消毒液で手をしっかり除菌してから受け取って」


(は?)


 幸太郎はそう言われてすぐに椅子の下を確認。前回なかったスプレー式の消毒液が置かれている。呆れた顔で幸太郎が沙羅に言う。



「俺はバイ菌か?」


「似たようなものでしょ」


 幸太郎が指定した本を取り、手の消毒を確認してから沙羅は本を手渡した。



「ありがとう。……なあ、沙羅」


 机に戻ろうとした沙羅に幸太郎が声をかける。



「あさっての日曜日、俺時間あるんだけど、ちょっと買い物に付き合ってくれない?」


「え?」


 沙羅は信じられないような顔をして幸太郎をじっと見つめた。

お読み頂きありがとうございます。

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