108.ビキニDay
沙羅との水着選びは、想像以上に幸太郎の心を沙羅の色で染めた。
「こ、これなんてどうかな……」
そう言って試着室から水着を着て出て来る沙羅。真っ白な絹のような肌がほんのり赤く染まり、下を向いて恥ずかしがる沙羅との対比が幸太郎の心を鷲掴みにする。
「い、いいんじゃないか。とても似合ってるよ……」
水着を着た沙羅に幸太郎が小さな声で言う。
彼女が選ぶのはすべて栞が指示したビキニ。決して胸の大きくない沙羅だが細く色っぽい足に、清楚な黒髪の組み合わせがとても可愛い。
女性の水着売り場と言う非常に居辛い場所で、幸太郎は繰り広げられる沙羅の水着ファッションショーにひとり茹でダコのように顔を真っ赤にした。
「ありがと。今日は楽しかった」
「うん……」
本屋の買い物に、明日から行く海の別荘で着る水着選び。ずっと腕を組んで歩くふたりはもうどこから見ても熱々のカップルにしか見えなかった。
「明日の時間はまた連絡するね。じゃあ、また!」
「あ、ああ。また」
そう言って幸太郎だけに小さく手を振って電車に乗る沙羅を見て、心底可愛いと思ってしまった。
(本当に可愛いよな、沙羅。これってもうほとんどデートじゃん……)
ツンツンしていた頃とは違い、今はそれにところどころデレが加わる沙羅。そう、それだけ見ればまるで現実に現れた『サラりん』のよう。
(俺は……)
幸太郎は夕方の胡桃の家庭教師のバイトへ向かう為に電車を乗り換えながらひとり考えた。
(楽しかったなあ。今別れたばかりなのに、もう会いたくなってきた……)
沙羅は今日幸太郎と行った買い物デートを思い出し、ひとり車窓から景色を見つめていた。
(姉さんの言ったとおりに計画は進んでいるわ。明日からの別荘にも誘えたし、ビ、ビキニも……)
そう考えながら何着も試着したビキニを思い出す。
(恥ずかしかった!!! 本当に恥ずかしかったけど、もっと見て欲しい……)
こんな気持ち初めて。水着は海で泳ぐための衣装であると思っていた沙羅。まさか男の人に見られてこんなに嬉しいものだとは夢にも思っていなかった。
早く明日になって欲しい。早く幸太郎とふたりきりで海に行きたい。その気持ちが沙羅を覆いつくす。
『もううちに来てるわよ。早く帰っておいで。しっかり練習するわよ!!』
姉からのメッセージがスマホに届く。沙羅はこの後家でもすることがたくさんある。大好きな幸太郎のため、沙羅はどんなことでもやってやると気合を入れる。
その一方で彼女を悩ませることもあった。
(最近、『こーくん』に全く連絡していないな……)
幸太郎に夢中になり大好きだった『こーくん』に全く連絡ができていない。基本、彼から連絡することはあまりないので、沙羅がメッセージを送らない限りやり取りはない。
(『こーくん』は私に友達ができるように応援してくれていた人。友達ができたからもう安心しちゃってるのかな……)
ある意味役割を終えた『こーくん』。やりとりが少なくなるのも当然のことだ。一方で思う。
(私、同時にふたりの人を好きになっちゃった。酷い女。でもやっぱりリアルで会える幸太郎の方が気になる。どうしちゃったんだろう、私……)
『こーくん』のことは無論姉や重定に話していない。言えばややこしくなるから当然だ。
(『こーくん』には一度会ってみたいと思っていた。でも、今会えば幸太郎との関係が崩れてしまうかもしれない……)
『こーくん』が何者かは知らない。
もしかして女性かも知れないし、既婚者かもしれない。
結局はネット上の付き合い。リアルの生活を壊されてしまうのは本末転倒である。
(どうしたらいいのかな……)
幸太郎を愛してしまった沙羅にとっては、この行為はある意味浮気になってしまう。その申し訳なさと正体が不明な『こーくん』を思い葛藤が続く。だから今は自分から連絡が取れない。
(まずは早く幸太郎を落として付き合うこと。それからこのことをきちんと『こーくん』にも話して謝ろう……)
沙羅は雪平家の計画とは別に、自分自身へのけじめの為に別の計画を立て始めた。
「こんばんは、胡桃ちゃん」
夕方、家庭教師のために胡桃の家へ訪れた幸太郎が部屋に入って挨拶をする。
「こんばんは、先生」
いつも明るい笑顔、そして圧倒的に可愛い声の胡桃が答える。幸太郎が言う。
「夏休みは勉強をしっかりやらなきゃね。さあ、始めようか」
「はい、先生」
そう言って椅子に座る胡桃。しかし五分と経たないうちに幸太郎を見つめながら言う。
「ねえ、先生。胡桃の『LOVELOVE計画inビーチ』ですけど、いつ行きましょうか?」
「え?」
そう言えば胡桃と海に行く約束をしていたことを思い出す。
「あ、ああ。そうだったね。いつがいいかな……」
胡桃が幸太郎の顔に近付いて言う。
「明日、なんてどうですか?」
「ええっ!?」
明日からは沙羅と海の別荘に出掛ける。無論まだ誰にも話していない。まさかと思いつつも笑って答える。
「あ、明日は無理かな……」
焦りながら答える幸太郎を見て胡桃が笑って言う。
「冗談ですよ! いくら何でも今日の明日で行こうなんて無茶言いませんから!」
(言う奴はいるんだけどな……)
幸太郎はさっき『今日の明日』で誘って来た沙羅のことを思い出す。
「もうちょっと先かな。ごめんね、先生」
申し訳なさそうに言う胡桃に幸太郎が答える。
「い、いや、いいんだよ。勉強が大事だからね」
「うん。あ、そうだ、先生。木曜の家庭教師だけど……」
幸太郎はその日は沙羅と海へ行っている。今日休みたいと伝えなければならないことを思い出す。
「木曜日だけど祖母の家に家族で行くことになって家庭教師できないの。ごめんなさい……」
「え? あ、ああ、いいよ。仕方ない」
そう言いつつも幸太郎の方から断らずに済んだことにひと安心する。胡桃が幸太郎の服を少し引っ張りながら言う。
「でも、絶対先生と一緒に海に行きますから」
その可愛らしい仕草に少しどきっとした幸太郎。胡桃が少し頬を赤くして言う。
「ねえ、先生」
「な、なに……?」
「先生は胡桃のビキニ、見てくれましたよね?」
「え?」
一瞬意味が分からない幸太郎。そしてすぐに山に行っている間に彼女から送られてきたビキニ姿の自撮り写真を思い出す。
「あ、ああ。見たよ……」
少しこの後の展開が怖いと思った幸太郎。胡桃が服をさらに強めに引っ張って言う。
「どうでしたか? 胡桃、可愛かったですか……?」
可愛い。
普通に可愛い胡桃が、少しサイズの小さめの真っ赤なビキニを着ているんだから、可愛い上にエッチでそりゃ男としては最高である。
「か、可愛かったよ……」
胡桃がちょっと不満そうな顔で言う。
「それだけ、ですか?」
「え? それだけって……?」
意味が分からない幸太郎。可愛いと思ったから可愛いと言ったのに何がいけなかったのか?
「そりゃ可愛いって言って貰うのは嬉しいですけど、もっといろいろ言って欲しいなあって」
「は?」
どうも『可愛い』だけでは足らないようである。幸太郎が言う。
「ああ、そうだね。とても可愛かったよ。似合ってた」
「ビキニも良かったですか?」
幸太郎が大きな胸の胡桃のビキニ姿を思い出す。あれが嫌だという男はいないだろう。素直に答える。
「うん、すごく良かったよ」
「ふわああぁ……、嬉しいですぅ、先生……」
幸太郎にたくさん褒められてようやく嬉しさを口にする胡桃。そしてちょっと戸惑っている幸太郎の耳元で囁くように言った。
「実は今つけているんですよ、赤いビキニ」
「へ?」
そう言って胡桃は首筋に見える赤いひもを指差す。驚く幸太郎に更に言う。
「お望みならば見せますよ。今、ここで!」
「ちょ、ちょっと胡桃ちゃん!?」
そう言って胡桃は掴んでいた幸太郎の服を更に自分の方へ引っ張り再度言う。
「遠慮しなくてもいいんですよ、先生の為に買ったんですから……」
「胡桃ちゃん、勉強を……」
そう言いつつも幸太郎の頭には胡桃の真っ赤なビキニ姿が思い出される。
午前中の沙羅のビキニ、夕方の胡桃のビキニ。幸太郎にとって今日はまさに『ビキニの日』となった。
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