106.沙羅の恋愛大作戦
(来ないわね、全然……)
沙羅はファミレスのバイトが終わってからずっとスマホを眺め続けていた。幸太郎から後でメールすると言われてからずっとその連絡を待っている。
(一層のこと私から連絡したら……、でもそれじゃはしたない女みたいだし。でもでも……)
沙羅の中で早く一刻でも早く連絡したいという気持ちと恥ずかしい気持ちがぶつかり合う。
(本当にダメな男ね。でも……、好き。好き好き好き。大好きっ!!)
沙羅はひとり自室のベッドの上で届かないメールを待ち続けた。
一方の幸太郎もバイトを終え自宅に戻ってからずっと沙羅のことを考えていた。
(最近の沙羅、と言うかあの山荘以来ちょっと変だな……)
変と言うよりは好意を持たれている相手からの当然の振舞いであったが、これまで散々沙羅に蔑まれてきたせいで幸太郎にはそれが『変』と感じてしまう。幸太郎がスマホを取り出し思う。
(沙羅に連絡しなきゃな……)
昼間、何か言おうとしていた彼女。話す時間はなかったが何か悩んでいる様にも見えた。とりあえずスマホで沙羅にメッセージを送る。
『沙羅、ごめんな。遅くなって』
ずっと見つめていた沙羅のスマホ画面に幸太郎からのメッセージが表示される。
(来た!! 来た来た来た!!! やっと来たわ!!!!)
一日千秋の思いで待ち続けていたメッセージ。沙羅は興奮と緊張で汗ばむ指で慎重に返事を返す。
『別に問題ないわ。私も今ちょうど時間ができたところなの』
(嘘嘘嘘嘘!!! 何でそんな嘘つくのよっ!!!!)
メッセージを送り終えてから沙羅が自分を責める。
『そうか、それは良かった。で、話ってなんだ?』
(明日も会いたい!! 明日どこか一緒に行きたいっ!!!!)
沙羅は高鳴る胸を押さえつつずっと練っていたメッセージを送る。
『この間山荘であまり勉強できなかったでしょ?』
『山荘? ああ合宿のことね』
『そうよ。だからお詫びにあなたに参考書でも贈ろうかと思って』
『参考書? ああいいよ。俺いっぱい持ってるから』
(お、終わったああああ!!?? 何それ!? 会話が終わっちゃうよ!!!)
意外な返答に焦る沙羅。すぐに頭を切り替えてメッセージを打つ。
『わ、私も欲しいの、参考書。どれがいいか教えて欲しいの』
『そうなのか? じゃあ、今度行ったときに俺が使っていたのを……』
『明日、時間ある?』
(え?)
意外な言葉に驚く幸太郎。
夏休みの月曜。夕方に胡桃との家庭教師はあるが、それまでは特に予定はない。家で勉強をしようと思っていただけだ。
『夕方はバイトだけど、それまでなら時間あるよ』
『そう。偶然私も明日時間少しだけあるの。本屋に行きたいから一緒に来てくれる?』
(少しだけじゃないでしょ!! ずっと暇でしょ、ずっと暇っ!!!)
友達がいない沙羅。夏休みの予定はファミレスと幸太郎との『バイ友』以外基本暇である。
『いいよ』
沙羅はスマホに表示された幸太郎からの返事を見て心から嬉しさを爆発させる。
『そう、ありうがとう。じゃあ場所は……』
沙羅は幸太郎に集合場所と時間を伝えるとメッセージを終えた。
(やった、やったやったやったあああ!!!)
沙羅はスマホを机の上に置くと勢いよく自分のベッドへ飛び込んだ。
(明日も会える、明日も会える。もう好き好き好き好き!!!!)
そしてベッドに置かれた抱き枕に抱きしめ、ベッドの上で陸に揚げられた魚のように飛び跳ねる。
「そうだわ!! 明日のお洋服を選ばなきゃ!! どんなのがいいかな? あ、そうだ。姉さんに相談しましょ!!」
沙羅は鼻歌を歌いながら姉の部屋へと向かった。
(明日、沙羅とお出掛けか)
幸太郎は久しぶりに彼女と出掛けることに嬉しさと共に緊張していた。その一方であの山荘以来、沙羅との距離が縮まっていることに躊躇いも感じる。
(俺は沙羅の『バイ友』。そう、どこまで行っても友達なんだ。契約書でもそれ以上のことは禁止されている……)
山荘では『それ以上のこと』は既にしてしまったのだが、改めてこうして沙羅と接するといろんなことを意識してしまう。
(『こーくん』……)
こんな時はいつも『こーくん』に頼って来た。
沙羅の気持ちや慰め役として都合の良いように使って来た。でも最近は彼の出番はほとんどない。沙羅からも連絡はない。
(当然だよな。『こーくん』は沙羅が友達がいなかった時の相手役。今は幸太郎が友達になったんだからな……)
ようやくなることができた沙羅との友達。当然だが友達を作ることを応援して来た『こーくん』は出番が少なくなる。
(ただきちんとけじめはつけないといけない。そうじゃないと……)
幸太郎は色々なことを考えながら眠りついた。
「ねえ、お兄ちゃん!! どこ行くのよ!!」
朝食を食べ終えて外出しようとする幸太郎に妹の奈々がむっとした顔で言った。
「どこって本屋だよ。参考書買いに」
嘘ではない。ただ他人の参考書の話だが。
「参考書? そんなのたくさんあるじゃん。ねえ~、奈々と遊ぼうよ!!」
確かに幸太郎の部屋にはたくさんの参考書がある。夏休み以降、急に合宿に行ったりして全然相手にして貰えない奈々の機嫌はずっと悪い。
「遊んでなんかいられないぞ。この間の合宿だって上手く行かなかったし、夏休みの追い込みは大切で……」
幸太郎の本音。山荘での勉強合宿であまり成果が出なかったのでできれば再び山に籠りたい気分である。奈々が驚いた顔で言う。
「え? お兄ちゃん、山での勉強合宿って上手く行かなかったの?」
(あっ!)
口が滑ったと幸太郎は思った。
沙羅が山荘にやって来て十日間一緒に過ごしたことは一部の人を除いて知らない。当然奈々や母親には『しっかり勉強できた』と思われている。幸太郎が慌てて言う。
「いや、そのなんだ。まだまだ足りないってことだよ。そういうこと。じゃ、じゃあな!!」
そう言って急いで出て行く幸太郎に奈々が言う。
「ちょっと待ってよ、お兄ちゃん!!」
幸太郎は逃げるようにアパートを出て行った。
(二時間も前に来ちゃった……)
沙羅はあまりにも今日の幸太郎との買い物が楽しみで早朝から目が覚め、約束の二時間も前から駅前で彼を待っていた。
真っ白で涼し気なワンピースにベージュの薄いカーディガン。沙羅には珍しいピンクの髪留めは姉栞のアドバイス。そして慣れない高いヒールの付いた革靴も姉の指示によるものだ。
(本当に歩き辛いわ。もう足も痛いし……)
この高いヒールの革靴、実は姉の栞のもの。サイズはぴったりだが使い慣れない沙羅にとってはただの歩き辛い靴。それでも姉の言葉を思い出して自分に言い聞かす。
『この靴ね、とっても歩き辛いの。だからすぐに転びそうになっちゃうんだ。もう分かるでしょ? そんな時は誰が助けてくれるのかな~?』
百戦錬磨、たくさんの男を魅了して来た姉の栞。そのしたたかな作戦に沙羅も興奮して頷く。沙羅は足元がふらつく自分の腰に手を回して優しく助けてくれる幸太郎を思い浮かべて顔を赤くする。
「むふ、むふふふふっ……」
ひとり駅前で立ちながら妄想して不気味に笑う沙羅。
令嬢でこれほどの美少女の女の子。彼女がひとり超時間立っていても声を全くかけられないのは、その不気味な表情と笑い声のためである。
「ごめん、沙羅。待ったか?」
そしてようやく訪れた幸太郎。昨日も会ったが一晩会わないだけでずいぶん長い間会っていない気がする。そして沙羅がはにかんで笑う幸太郎を見て思う。
(ああ、幸太郎。好き好き好き好きっ!!!!)
ちょっと気を抜けばそれが声になって出てしまうほど嬉しい。
「全然待ってないわ。私も今来たところなの。じゃあ、行きましょ」
「ああ、そうか良かったな」
幸太郎が沙羅を見つめる。
(本当に可愛いな。俺はこの子と……)
幸太郎は沙羅と過ごした山荘のことを思い出す。
「きゃ!!」
歩き出そうとした沙羅が足をくじいて痛そうにする。
慣れない高いヒールのブーツ。幸太郎に会った興奮で気を抜いてしまい、予定より早く沙羅が足をひねる。
「大丈夫か!?」
倒れそうになる沙羅に幸太郎が手を貸す。
「だ、大丈夫よ……」
幸太郎に腰を支えられ恥ずかしさと嬉しさで狂いそうになる沙羅。
「歩けるのか?」
そう言って心配そうに言う幸太郎に、沙羅が姉から教えられた上目遣いで答える。
「大丈夫。本屋も近いし、幸太郎が支えてくれれば……」
幸太郎は沙羅の腰に手を回しながら天使の様に可愛い沙羅の色っぽい仕草に、心臓の音が聞こえるんじゃないかと思うほどどきどきした。
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