105.沙羅 vs 胡桃
「沙羅、本当に皿洗いでいいのか?」
ファミレスのバイトにやって来た沙羅。幸太郎が皿洗いを依頼すると笑顔で了承してくれた。
「ええ、いいわ。あなた私の教育係でしょ? 仕方がないから聞いてあげる」
(幸太郎、好き好き好き好き、好きいいいいい!!!!!)
そう言いながらも内心では再び会えた幸太郎に『好き』の叫びを繰り返す。幸太郎が言う。
「そうか、助かる。ホールが忙しくなってきたら少しずつ手伝いをしてくれ。じゃあ、よろしく」
沙羅が笑顔でそれに応える。
「ねえ、はるかさん……」
その様子を後ろで見ていた胡桃がはるかに言う。
「今日のふたりってなんだか雰囲気違いません? 何か近付いたとか……」
「うん、何だかいい雰囲気よね。何かあったのかしら?」
はるかの言葉に胡桃がすぐに思いつく。
(やっぱりあの山荘の件から様子がおかしい。先輩はちゃんと話してくれないけどきっと沙羅が何か絡んでいるんだわ)
自分の知らないところで何かが起こっている。大好きな幸太郎が少しずつ遠くへ行ってしまうような焦り。
「せ、せんぱ……」
胡桃が幸太郎に声を掛けようとした時、ホールから社員の声が響いた。
「胡桃ちゃーん!! ホールお願い!!」
開店し、忙しくなったファミレス。調理場にいた胡桃を社員が呼んだ。
「は、はい! 今行きます!!」
胡桃が幸太郎を横目で見ながら慌ててホールへと向かって行った。
(緊張するわ……)
沙羅はひとり皿洗いをしながらホールや調理場を忙しく行き来する幸太郎を見つめていた。
(あんなに会いたかったのに、どうして……?)
昨日、幸太郎に会えなかった時は会いたくて会いたくてしかたなかったのに、こうして一緒の場所にいるとなぜか自然と距離を取ってしまう。
(どうしてもっと声を掛けてくれないのよ!! あんな奴なんて、あんな奴なんて……)
沙羅は仕事の手を止めこちらに向かってくる幸太郎を見て心の中で叫ぶ。
(大好きっ!!!!!)
「沙羅、ちょっとだけホール手伝ってくれないか?」
幸太郎を見つめたまま黙り込む沙羅。
「沙羅……?」
様子がおかしい沙羅を見つめて幸太郎が言う。
(ああ、もっともっと私の名前を呼んで。体が痺れちゃう……)
「沙羅、どうしたんだ!?」
「え?」
ようやく現実世界に戻って来た沙羅が返事をする。
「ホール、ちょっとだけ手伝ってくれないか?」
「え? ああ、うん。仕方ないから手伝ってあげるわ」
そう言って手を拭きホールへ向かう沙羅。歩きながらどうしてもっと素直になれないのかと自分自身を情けなく思った。
(あ、幸太郎……)
昼休憩のために事務所に入った沙羅。そこには先に休憩に入り食事をとっていた幸太郎が座っていた。
「ん、沙羅? 昼休憩か?」
「え、ええ、そうよ。あなたも?」
見ればすぐに分かる。幸太郎が答える。
「そうだよ。ここ、座りなよ」
そう言って自分の隣の椅子を引く。
(え、隣っ!? 嬉しい嬉しい!! 座りたい座りたい、座りたいわっ!!!!)
沙羅は表情を変えずに言う。
「まあ、仕方ないわね。狭い事務所だし……」
そう言いながら顔を赤くし、なぜか幸太郎に密着するように座る。
(ち、近いな……)
動いたらすぐに沙羅に当たりそうになる幸太郎が思う。
「いただきます……」
沙羅がテーブルに置いた食事を前に手を合わせ小さな声で言う。幸太郎が尋ねる。
「ここの食事って合うのか?」
ファミレスのまかない飯。雪平家令嬢が食べるものではない。
「まあ食べるだけだから、どうってことないわ」
(分からないの、分からないの、味なんて!! 嬉しくて緊張して、何食べてるのか分からないの!!!)
沙羅は規則的に箸を動かして口に入れているが、幸太郎の隣で一緒に食べられるこの状況に嬉しさのあまり味など分からない。
「そうか。まあ、そうだよな」
そう言って笑いながら食事をする幸太郎。沙羅はそれを横目で見ながら思う。
(今日のバイトが終わったら、明日からしばらく会えない……)
沙羅が小さな声で言う。
「ねえ……」
「ん? 何か言ったか?」
沙羅が下を向いたまま言う。
「明日って、何か予定ある……?」
(え?)
幸太郎が驚いて沙羅を見つめる。
「もし予定なければ私と……」
そこまで言い掛けた時、事務所に大きな声が響く。
「先輩ーーーっ!! お昼の時間過ぎてますよ!!!」
「え、胡桃ちゃん?」
それは事務所に入って来て不満そうに言う胡桃。幸太郎は事務所の時計を見て慌てて言う。
「わっ、時間過ぎてる!! ごめん、すぐ戻るよ!!」
(あ……)
沙羅は立ち上がってホールに歩き出す幸太郎を見て内心悲しくなる。
(まだちゃんと約束が……)
そう思った時、沙羅の後ろを通りかかった幸太郎が小声でささやく。
「あとでメール送っとく……」
そのまま食事の片づけをしてホールへと戻って行く幸太郎。
沙羅は前を向いたまま顔を赤くし放心状態となる。
(メールメールメール。明日も会えるかも……)
「ねえ、沙羅さん」
ぼうっとする沙羅の隣に昼食を手にした胡桃が座る。一瞬で現実に戻される沙羅。そして答える。
「何かしら?」
胡桃が前を向いたまま尋ねる。
「先輩と何かあったの?」
「……どうして?」
「どうしても」
「意味が分からないわ」
そう答えつつも山荘で幸太郎とふたりで過ごした時間を思い出す。
一緒に寝たり、触れあったり、キスをしたり……
顔が赤くなる沙羅。その変化を胡桃は見逃さなかった。
「先輩に興味がなかったんじゃないですか?」
何を言っているの、そう思いながら沙羅が答える。
「あなたには関係のないことだわ」
そう言いながら沙羅が胡桃の体を見つめる。
大きく前に出た胸。色っぽいうなじ。顔は負けないとしてもこの体には勝てそうにもない。沙羅は自分のまな板のような胸に手を置きながら思う。
(こんなのに色っぽく迫られたら幸太郎なんてイチコロね。まずいわ……)
沙羅は胡桃がエッチな格好で色っぽく幸太郎に付き合うように迫り、それに鼻の下を伸ばしながら頷く姿を思い浮かべる。
(まずいわ、それはまずい……)
黙り込む沙羅に胡桃が言う。
「関係なくはないわ。私の幸太郎先輩だもん。あなたには渡さないって言ったでしょ」
それでも山荘のことを思い出し自分が一歩リードしていると思う沙羅。
「それは知らないわ。決めるのは幸太郎。じゃあね」
沙羅はそう言うと食べかけの食事を持って仕事へと戻って行く。ひとり残された胡桃が思う。
(どういうこと? 前と言っていることと、それに雰囲気が全然違う……)
胡桃はすまし顔で仕事に戻って行く沙羅を見つめて思う。
(負けられない! 私も早くLOVELOVE計画を実行しなきゃ!!)
胡桃は食事をしながら夏の計画を早めに実行をすることを決意する。しかし胡桃はそれよりももっと早く動き出していた沙羅にまだ気付いていなかった。
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