プロローグ 盛屋洋介
プロローグ 盛屋洋介
とある楽屋にて、厳つい顔の男は、腕組みをしながら、卓袱台の上の原稿用紙とにらめっこをしていた。出し物について、良い案が、浮かばないからだ。そして、タバコを咥えるなり、酒場のマッチで、火を付けた。その刹那、ゆっくりと吸い込んだ。少しして、斜め上へ吹いた。詰まった時の息抜きだからだ。
突然、「あの〜。サインを頂きたいのですが〜」と、男の声が、扉の向こう側からした。
「はあ? ここは、関係者以外、立ち入り禁止だよ!」と、厳つい顔の男は、つっけんどんに返事をした。
「ファンではありませんよ。私も、仕事なものでしてね〜」と、男も、言い返した。そして、「この施設へ、来るのは初めてなものでしてねぇ〜」と、補足した。
「分かった。入って来な!」と、厳つい顔の男は、呼び込んだ。さっさと、場所を教えて、追い払いたいからだ。
「はい〜」と、男が、答えた。程無くして、「失礼しま〜す」と、扉を押し開けた。そして、茶色い容姿のビジネスマンが、入って来た。
その瞬間、「なるほどな」と、厳つい顔の男は、納得した。身形からして、仕事で来ているのは、一目瞭然だからだ。そして、「何処へ行きたいんだ?」と、やんわりと尋ねた。イライラ感を出す必要は無いからだ。
「はい〜。考古学の先生に、是非、お墨付きを頂きたいと思いまして」と、茶色い背広の男が、理由を述べた。
「ほう。妙な物を扱うんだな。ちょっと、見せて貰えないかな?」と、厳つい顔の男は、興味を示した。気分転換になるかも知れないかと思ったからだ。
「ちょっとお待ちを…」と、茶色い背広の男が、上がり口へ鞄を置くなり、徐に、開けた。そして、鈍い銀色の板を取り出した。
「それは?」と、厳つい顔の男は、質問した。不思議な質感だからだ。
「そうですねぇ。お時間、構いませんか?」と、茶色い背広の男が、尋ねた。
「構わんよ。どうせ、話を聞くも、新しい笑いを考えるのも、同じだからな」と、厳つい顔の男が、承諾した。話を聞いて時間を使った方が、有益だからだ。
「文筆家の方でしょうか?」と、茶色い背広の男が、好奇の眼差しで、問うた。
「違うな」と、厳つい顔の男は、即答した。そして、「私は、お笑いの台本を書こうとしていたところなんだが…」と、溜め息を吐いた。話したところで、筆が進む訳でもないからだ。
「丁度、これから話す事が、お笑いにまつわる逸話なんですよ」と、茶色い背広の男が、口許を綻ばせた。そして、卓袱台までにじり寄り、「私、こういう者です」と、名刺を差し出した。
「ん? 茶柱計福さん。タカるびずぃねすまん?」と、厳つい顔の男は、怪訝な顔をした。何とも、胡散臭いからだ。そして、「私は、盛屋洋介だ」と、したり顔で名乗った。一応、お笑い五人組の座長として、名が知れ渡っているからだ。
「私、お笑いには、疎いもので…」と、茶柱が、口ごもった。
「そうか…。私も、まだまだだな…」と、盛屋は、眉根を寄せた。反応が、薄いからだ。そして、「その逸話を話してくれ」と、促した。自分の事を説明するよりも、有意義だからだ。
「分かりました。では、私が御会いしようとした考古学の先生の受け売りなんですが…」と、茶柱計福が、語り始めるのだった。