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原初の魔法

作者: たらこくちびる

「ししょ~、魔術教えてよ~」

朝昼晩、食事の前に言ってみる。これが私、ルナリア・ユーテリアの日課だ。

そして、この言葉に対する返事はいつも決まっている。

「何度も言わせるな、お前に魔術は教えん。あと師匠と呼ぶな」

机の向こう側、白髪に長い髭、しわがれた声でため息混じりに返すこの老人こそが私の師匠だ。

「けちー、師匠はすっごい魔法使いだったんでしょ? だったら…」

「儂は魔法使いではない。魔術師だ」

私の言葉を遮るように師匠が言う。

師匠は魔術師という言葉にこだわる。

けれど、私には魔法使いと魔術師の違いはよく分からない。師匠に聞いても教えてはくれないのだ。

「うぅ、すごい魔術師だったんなら、魔術の一つぐらい教えてくれてもいいじゃん」

「ダメだ」

「でもぉ…」

それでもなお食い下がろうとする私を、師匠は真剣な瞳で見つめる。

「ダメだ、お前だって分かっているだろう」

「うぅ…」

そう言われると私は引き下がるしかない。

魔術師になると言うことは、世界から命を狙われると言うことなのだ。

元々、魔力というごくごく一部の人間のみが体内に宿す力を使い、魔術と呼ばれる超常的な力を扱う魔術師は、大多数の魔力のない人達からは恐れられ、疎まれ、忌み嫌われていた。

それでも、魔術師の多くが戦いを好まない性格であるのと、魔術と言う力の大きさゆえに、これまでは魔術師とそうでない人達は、友好とは言えずとも、特に大きな争いもなくお互いが干渉しないように生きてきたのだ。

しかし、今から数年前、大陸統一国家エルドランドが、魔術を封じる技術を産み出した。

これにより両者のパワーバランスが崩れ、更にはエルドランド国王が魔術師の力を恐れ大陸全土に魔術師の殲滅を命じたため、今この大陸では魔術師どころか、魔力を宿しているというだけで命を狙われるようになってしまったのだ。

私の両親は魔術師ではなかったものの、魔力を体内に宿していることが発覚し、処刑された。

そして、同じく体内に魔力を宿していた私は、処刑されそうになったところを師匠に助けられ、それ以来こうして師匠と一緒に生活をしているのだ。

「一度でも魔術を使えば、体に魔力が染み付いてしまう。お前の魔力を消して普通の生活に戻すためには、魔術を使わないのが最低条件なのだ」

「うん、分かってるよ…」

師匠は私を普通の生活が送れるようにしようとしてくれている。

これはきっと師匠なりの贖罪なのだろう。

昔一度だけ師匠がお酒に酔って口を滑らしたのだ。

師匠と両親は知り合いだったということ、あの日私の両親を助けられなかったのを今でも後悔しているということ、だからこそ私にだけは幸せになって欲しいということ。

それを言った次の日、師匠は真っ赤になりながら忘れろと言ったけど、きっと私はあの時涙を流しながら話してくれた師匠の言葉を忘れることはないだろうと思う。

「今日は青羽鳥の香草焼きと紫豆のスープか、旨そうだ。冷めないうちにいただいてもいいかね?」

「う、うん! 頑張って作ったんだからしっかり食べて!」

そうして二人で一緒にご飯を食べる。

正直、私だって本気で魔術が学びたいと思っているわけではない。

そりゃ、師匠に助けられた直後は魔術さえあれば両親の仇を打つことができるとか考えなかったわけではない。

でも、きっとお父さんもお母さんもそんなこと望んでないと思うし、師匠がずっと私のために体内から魔力を消す研究をしてくれているのも知っている。

私はただ、師匠と一緒にこの山奥でひっそりと、穏やかに生活できればそれでいい。今ではそう思えるのだ。

だからこれは、ずっと研究に籠りっぱなしの師匠に構って欲しいという私のわがままなのだ。

お皿を空にして二人揃ってご馳走さまでしたと言う。

「明日は何が食べたい?」

「何でもいい。お前の作るもんはだいたい旨い」

「もぅ、褒めてもなにもでないって」

「褒めてなどない。事実を述べたまでだ」

そんな何でもない会話をして一日が終わる。

これが私の日常で、私の日課だ。

だから私は疑わなかった。

この日々がずっと続くことを。

明日もまたこの小さな山小屋で穏やかな一日を送れることを。


コンコンコン


ふと、玄関の叩かれる音が部屋のなかに木霊した。

「はーい」

この小屋にはめったに人は来ない。

それこそ年に一度、山のなかで迷った旅人がたまたま訪れる程度だ。

だから今回も道に迷った旅人が戸を叩いたのだとそう思った。

私が玄関のドアノブを握り、扉を開こうとした時…

「ダメだ! ルナリアっ!」

「残念、遅かったですねぇ~」

バキンと言う、空間そのものが悲鳴をあげているかのような破砕音を耳で捉えるのと同時に、私は不思議な力によっておもいっきり後ろに引っ張られた。

ごろごろと床を転がり、壁に頭をぶつける。

「うぅ、痛い…」

「逃げろッ! ルナリア!」

これまで聞いたことのないような切迫した師匠の声に思わず体が強張る。

「や~っと見つけましたよ? 黄昏の魔術師、シルバ・ウル・ラードラン。まさかこんな山奥に隠居してるとは思いませんでしたよ」

扉の向こうから現れたのは、若い男だった。

黒の鎧に黒のマント、右手には漆黒の刀身を持つ細剣、左手には水晶のような黒い球体を手にしている。

後ろを見ると同じ格好の男たちが他にも四、五人見受けられた。

「魔女狩り部隊、しかも国王直属の黒騎士部隊か、随分と念入りなことだ」

「そりゃそうですよ。かつて最強と歌われた黄昏の魔術師相手で…」

相手の言葉を待たずに師匠が即座に生成した氷の矢を男に向かって放った。

「流石黄昏の魔術師、見事な無詠唱魔術です。…まぁ、これがあれば関係ないんですけどねぇ!」

しかし、男が左手の水晶を翳すと、氷の矢は男に到達する前にキラキラと光る粒子となって消えてしまう。

「やはり魔術封じの水晶か…」

エルドランドが編み出した魔術を封じる技術。

それを元に産み出されたのが、男の持つ魔術封じの水晶だった。

「だがっ…」

師匠は部屋中の物を魔術で浮かせると、それをそのまま男に向かって物凄い勢いで投げ飛ばした。

「チッ…」

男は左手を下げると、右手の細剣で迫り来る机やら椅子やらを次々に切り刻む。

「ルナリア! 儂が時間を稼ぐ! その隙に逃げるのだ!」

あまりの出来事に放心していたのが、師匠の言葉で我に返る。

「で、できないよ! 私、師匠をおいて逃げるなんてできない!」

「こんなときにわがままを言うな! 時間がないのだ、儂だっていつまで持つかわからん!」

「そんな! やだよ!」

私はいやいやと首をふる。

もう二度と大切な人を失いたくなかったから。

「あ~もう、煩わしいですねぇぇぇッ!」

男に向かって飛んでいった最後の木製テーブルが真っ二つに切り裂かれる。

「くっ、まだまだ…」

「いい加減死んでくださいよぅッ!」

師匠は粉々になった残骸をもう一度男に叩きつけようとしたが、それより早く男が右手の細剣を師匠に向かって投げた。

細剣は師匠の左肩を貫き、飛び散った赤い血が床を染める。

「ぐぉ…」

「師匠!」

力なく崩れる師匠に這いよってその体を抱き止める。

ひどい出血だった。

すぐに私と師匠のいる場所に血の池ができあがる。

「やだ、やだよ…」

「逃げ…ろ、ルナリア…」

「いいですねぇぇぇ、その表情。あぁ、最っ高にそそられるっ!」

男は狂喜の表情を浮かべながら耳障りな笑い声をあげていた。

「私はただ、師匠と一緒に過ごしてたかっただけなのに…」

思わず涙で視界がぼやける。

また、失うのだろうか?

あの時と同じく目の前で、大切な人を、なにもできずに…

『お前だけは幸せにしてみせる…お前だけは…』

ふと、いつかの師匠の姿が頭をよぎる。

深い絶望と後悔の中でもそれでも私のために、と語ってくれたあの日の師匠の姿が。

「…諦めちゃダメだ」

「…おやぁ? 何かいいましたかぁ?」

私にはまだできることがある。

ニタニタと笑う男の顔を睨み付け、ぐいっと涙をぬぐう。

あの時師匠が私を助けてくれたように、今度は私が師匠を助けるんだ。

「星よ、回れ…」

私は魔術の詠唱を始める。

昔一回だけ師匠の書斎に忍び込んだとき、たまたま見つけた魔導書に乗っていた転移の魔術の詠唱を。

「あぁ、あぁ…やっぱり、貴方も魔術師だったんですねぇ! ですが、無駄なのですよぅ!」

魔術の詠唱を始めた私を見て、男は嬉々として左手の水晶を私に翳す。しかし…

「なっ、魔術封じの水晶が効かない!?」

何故かは分からなかったが、師匠の魔術さえ封じた水晶の力は私には効かなかった。

「廻り巡りて円を描け」

「彼方と此方を繋ぐ道を描け」

私が師匠の書斎で見た転移の魔術の詠唱文はこの更に倍あった。けれど、私が覚えているのはここまでだ。

でも、師匠だって詠唱なしで魔術を使っていた。きっとできないことはない、そう思った。

だから、私は祈った。

どうか、

どうかまた師匠と一緒に何でもない日々を過ごせますように。

ただそれだけ、

それだけを強く願った。

「お願い、師匠を、助けて…」

私の言葉に呼応するかのように、まばゆい光が視界を塗り潰す。

そして、意識もだんだん曖昧になっていき…




「…リア…、ルナ…」

まどろみのなかで、声が聞こえた。

とても懐かしい、温かな声が。

「ルナリア!」

「うっ…師匠?」

目覚めるとそこは…………

どこだろうここ?

そこは見渡す限り一面の砂丘だった。

「目が覚めたか」

「師匠、ここ何処?」

「儂にも分からん。少なくとも儂らがいたあの山の何処かってわけじゃなさそうだな」

「…ってことは、私転移の魔術使っちゃったんだ…」

魔力は一度魔術を使えば体に染み付いて二度と離れない。非常時とはいえ、私が転移の魔術を使ったことで、今まで師匠が私のために頑張ってきてくれたことは全て無駄になってしまったのだ。

「師匠、ごめんなさい。私魔術を…」

「…いや、あれは魔術ではない。おそらくあれこそが太古の昔に失われたとされる魔法と呼ばれたものだ」

「魔法?」

「お前は転移の魔術の詠唱を半分も唱えなかった。魔術は技術だ。いかな天才と言えど、初めて使う魔術を詠唱なしで使うことはできん。それに、転移の魔術に傷の治癒をする効果なんて物はない」

そう言いながら、師匠は自分の左肩を指差す。

「傷が…」

あの男に穿たれたはずの肩は、まるで何事もなかったかのように綺麗に治っていた。

「魔術とは魔法を再現しようと産み出された技術。理論と法則によって形成される現象だ。一方、魔法とは術者の強い思いを再現するもの。そこに原理や理屈は存在しない。ただその願いを結果として世界に上書きする奇跡の力だ」

「えーっと、よく分からないけど、それじゃあまだ私の魔力は消せるってこと?」

「いや、不可能だろう。今のお前、端から見ても分かるほどに魔力がたぎってるからな。…すまない、儂が何とかするべきだった。これでお前が普通の生活を送ることはできなくなってしまった」

そう言って師匠はうつむいてしまった。

皺の入った顔がいつも以上に酷く疲れて見えた。

だから、私は今ここで言ってしまおうと思ったのだ。

「…私ね、言ったこと無かったけど実は、普通の生活なんて興味ないんだ」

私の言葉に師匠ははっと顔を上げる。

何を言っているんだと言いたげなその瞳を正面からじっと覗き込む。

「ただ、師匠と一緒にいられればそれでいいんだ」

心の底からの言葉だった。

一人になってしまった私を支えてくれたのは師匠だった。

私にいろんなことを教えてくれたのも、私のために頑張ってくれたのも全部師匠だ。

今の私があるのは全部師匠のお陰なのだ。

だから…

「だから、師匠…」

最後の一言は変わらない。

けれど今度は心の底から本気で伝える。

「私に魔術を教えて下さい」

繰り返してきたいつも通りのあの言葉。

いつだって返事は同じだった。

けれどきっと、今度こそは…


遠い遠い昔の話。

世界から魔法が忘れ去られてしまった時代の話。

これは一人の少女が魔法使いになるまでの物語。

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