昇進
「それにしても傑作だったな」
目の前には佐藤がおり、すまし顔でコップを持っている。
ここは城内にあるカフェテラスで、城に勤めている人間が憩いを求めて訪れる場所だ。
「他人事だと思って……言ってろよ」
俺はテーブルに突っ伏しながら佐藤に愚痴を漏らした。
あれから、なぜか壇上に呼ばれてしまいオリヴィアの隣に立った俺は、彼女に代わって第一の試練の内容を皆の前で話す羽目になった。
最後に、オリヴィアは第一の試練をクリアしたということで星が一つ与えられ、俺も貢献したということで星が二つ与えられた。
なので、現在の俺は佐藤と同じ星五つである。
「これで王選はお前の陣営が一歩リードか。新聞にも書いてあったが大穴どころじゃないらしいぞ」
「……ああ、面白おかしく書かれているな」
国内でもっとも注目されているイベントだ。こうしている間にも城を訪れた貴族やら商人が俺を見てひそひそ話をしている。
内容を知りたくはないが、恐らくろくでもないことだろう。
「それにしたって、たった二人で迷宮のボスを倒したんだろ? 中々できることじゃないって」
佐藤は飲み物を口に含み、コップを置くと俺を見た。
「それもなぁ、オリヴィアあってのものだし」
俺はせいぜい道案内をしただけだ、最後のムカデには手も足も出なかった。
それを魔法一発で黒焦げにしたのは彼女の手柄で間違いない。
「それなのに、人に手柄を押し付けたせいで……」
いくら王位を継ぐのが嫌だからと、他人まで巻き込むか普通。
俺はほどほどの地位でほどほどに生活できれば満足だというのに、出世すれば責任も増える。
目の前の佐藤や、ローウェル陣営の田中などは星五つということもあり、召喚者たちのまとめ役と陣営の参謀をやっている。
オリヴィアの陣営は元々俺しかいないので、特にやることは変わらないのだが、周囲の手のひら返しが気になるのだ。
オリヴィアはというと、話し掛けてくる貴族やらを無視してパメラと一緒に屋敷へと帰ってしまっている。
お蔭で、先程までクラスメイトや兵士に質問攻めされた俺はこうして休んでいるわけだ。
「実際、アマンダ様もお前に興味を持っているからな。俺なんて第一の試練のあと根掘り葉掘り聞かれたくらいだ」
「まじで?」
顔を上げ、佐藤を見る。
「ああ、とはいっても俺が知っているのは元の世界でのお前と、訓練を真面目にやっているお前くらいだからな。そんなに話せることもないんだけどな」
こいつがそう言うのならその通りなのだろう。
俺は視線を向け、探るように佐藤を見る。
「なぁ、ちょっといいか?」
テーブルの前に顔を出し声量を落とす。
「ん、なんだ?」
雰囲気を察したのか、佐藤も俺に顔を近づけてきた。
「お前、元の世界に帰りたいと思わないの?」
次の瞬間、佐藤の表情が強張る。元の世界では見たことのない真剣な顔に、俺は緊張が増した。
「い、いや、お前くらい出世して重宝されたら元の世界に未練ないのかなと思っただけなんだよ。俺も今後は星五つだからさ、同じ立場として意見聞きたくてな」
しばらく無言で見つめられたため、言い訳のような言葉が口から出る。
「…………俺は」
ようやく佐藤が考えを口にしようとした瞬間……。
「あっ、二人ともここにいたのね」
田中が話し掛けてきた。
「田中さん、何か用?」
彼女は探るような目付きで俺たちを見る。一刻も早く佐藤の意見を聞きたかった俺は、疎ましい雰囲気を出し彼女を追い払おうとするのだが、どうやらうまく伝わらないようだ。
「ええ、二人ともちょっと私についてきてくれないかしら」
クラスメイトからの思わぬ誘いに、俺と佐藤は顔を見合わせるのだった。
★
「どうして、あんな言い方したんですか?」
屋敷に戻ったオリヴィアは、ドレスを脱ぎ捨てると下着姿のままベッドへと飛び込んだ。
王族としてだらしない振る舞いは慎むべきなのだが、この場にいるのはパメラだけ。自分を咎める者がいないのでオリヴィアは好き勝手に振る舞っていた。
ドレスを回収しながらパメラは溜息を吐いた。
オリヴィアの奇行は今に始まったわけではない、これまでも散々、屋敷に勤める人間を泣かせてきたしいまさらだ。
だが、これまでの言動は、周囲の人間を拒絶するために行われてきたのに対し、今回はとても子供じみている。
失敗して怒られるの怖いから聞く耳を持たないような、そんな態度に見えた。
「シンジさん、真っ青になりながら皆に話してましたね。いきなり城の偉い人の前に立たされてあんなことさせられたら、私なら卒倒してますよ」
枕から顔を上げ、じっとパメラを見つめる。
「その上、置き去りにして自分だけ馬車で先に戻るなんて、私なら主を鞍替えしていますね」
「し、仕方なかったじゃない。実際、あいつの活躍があったから第一の試練を制したわけでしょ! 私はあれを自分の手柄と言い張るほど図々しくないわよ」
オリヴィアの言葉にパメラは黙りこむ。
実は、試練結果発表前に、貴族連中の前を通りかかったところ、シンジの悪口が聞こえた。
『欠陥王女に憑く腰ぎんちゃく』『身体を売って有利な情報を買ったんじゃないか?』などなど。
聞くに堪えない根も葉もない話だったのだが、オリヴィアはそれで切れていた。
結果として、シンジに注目が集まったのは計算外だったのだが、功績を上げたお陰で周囲もシンジを軽んじることができなくなっている。
「とにかく、シンジさんが戻ってきたら一言謝った方がいいですからね?」
返事とばかりにオリヴィアはシーツを被って聞こえないふりをする。
パメラはそんな彼女を手のかかる妹のような眼差しで見ると出ていくのだった。
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