絶対安静
「うーん、退屈だ……」
オリヴィアが目覚めてから数日、俺は暇を持て余していた。
「なぁ、パメラ」
「駄目ですよ。安静にしていないと」
椅子に腰かけ、読んでいた本をパタンと閉じたパメラは意識して釣り目を作ると俺にピシャリと言い切った。
「まだ、何も言ってないんだけど」
俺が話し掛けると、パメラは「めっ」とばかりに俺を諭そうとしてくる。
「シンジさん、訓練に参加したいって言いだすかと思ったからです」
それはその通りなのだが、せめて話を最後まで聞いてくれても良いのではないだろうか?
「そろそろ背中の痛みも消えてきたし、少しはベッドから動かないと身体がなまるんだよ」
ここ数日、トイレに行く以外はベッドから出る許可がされていない。
「姫様の命令は絶対です。シンジさんが無茶して怪我が癒えていないから姫様は怒っているんですから」
数日前、意識を取り戻したオリヴィアと無事再会した俺だったが、お互いに生きていたことを喜び、涙で抱き合うというような事態にはならなかった。
部屋を出ようとした俺にオリヴィアが「そういうあんたの怪我は大丈夫なの? なんで訓練着なのよ?」と姿を咎められた。
結果として、俺の怪我が治っていないことを見破られてしまい、訓練禁止の謹慎状態へと至る。
パメラが献身的に世話を焼いてくれるのは役得と思わないでもないのだが、これまで毎日してきた訓練をしないでいると、妙にソワソワする。
クラスメイトや城の兵士たちに置いて行かれるのではないかと焦りが生まれるからだ。
「姫様なら、今頃寝ている時間だろ? 少し素振りをするくらいならさ、頼むよ」
「ううっ、そんな風に頼まれても困りますよ」
パメラは困った顔をする。彼女は押しに弱いので、このまま頼み続ければこちらを無下にできないと知っているのだ。
「パメラだって、ずっと俺の世話をしていたら屋敷の仕事も溜まっているだろ? なんだったら、数時間席を外してくれるだけでもいいからさ。俺が抜け出して勝手にやったことなら、姫様も咎めないだろ?」
「確かに、仕事は溜まっていますけど……でも……」
屋敷の仕事を一手に任されているパメラだ。俺が訓練をしたいのと同様に、彼女も仕事がしたいに違いない。
お互いに、ワーカーホリック気味だとは思うが、あと少しで落とせる。そう考えているとドアが開いた。
「駄目に決まっているでしょう。あなたはあと数日そこから動かないで。これは命令よ」
数冊の本を両手で抱えたオリヴィアが入ってくる。薄い布地の部屋着を着ているので寛ぎやすそうだ。
「でもまあ、パメラが仕事を滞らせるのは確かに良くないわ」
「えっ? お仕事してきて宜しいのですか?」
前言を翻すオリヴィアに、パメラは目を丸くした。
「そうすると、シンジさんの見張りがいなくなりますよ」
パメラが「見張り」と言い切った。やはり監視されていたという事実に俺は今更驚かない。
とはいえ、彼女の指摘は正しい。パメラが家事をしに行ったらバレない程度に部屋で筋トレをしようとは考えている。
「ん、んんっ!」
オリヴィアは咳払いをすると俺を睨みつける。
「パメラには屋敷の仕事をしてもらって、そいつの監視は私が引き受けるから」
風邪でも引いているのか、顔が赤い。
「姫様こそ、体調が悪いんじゃ? 俺のことは気にせず部屋で休まれた方が良いのでは?」
オリヴィアの体調を慮った発言をするのだが、
「あっ……そういうことですか。なるほど」
「……何が言いたいのかしら、パメラ?」
「いえいえ、何でもありませんよ、姫様」
急に笑顔を浮かべたパメラは椅子から立ち上がるとパンパンとエプロンを手で払った。
「それではお言葉に甘えて屋敷の仕事をしてきますね」
「うん、任せたわよ」
入れ替わりに、オリヴィアがパメラの座っていた椅子へと腰かける。お蔭で俺の横からオリヴィアがじっと見つめている。
「そうだ、姫様」
「なにかしら?」
「私、お仕事で三時間は絶対に戻ってきませんから」
「……早く行きなさい」
業務連絡をするパメラを、オリヴィアは睨みつけて追い出すのだった。




