欠陥王女
「なん……だ?」
目を開けてみると、オリヴィアの顔が間近にあった。気絶しているようで目を閉じていて、俺の背中に腕を回し抱き着いている。
至近距離から整った顔立ちを確認して心臓が高鳴るのを感じる。思わず唇に視線が吸い寄せられるが、口元に緑色の液体がついているのを確認する。
「俺、どうなって……?」
良くない考えが浮かびそうだったので、オリヴィアから視線を外し周囲を見渡した。
「なんだこれ?」
目の前にはムカデが焼け焦げた姿があった。煙から嫌な臭いが立ち込め、部屋に充満している。
遠く離れた場所には俺が持ってきた荷物が散乱しており、治療道具もバラバラに地面に落ちていた。
「そうだ、解毒剤を……」
思考が追い付き、自分が毒に侵され身体が動かなくなったことを思い出す。
「あれ? 動くぞ?」
口元が濡れているのに気付いて指で拭うと緑色の液体が付着した。どうやら解毒剤のようだ。
「もしかして、姫様が飲ませてくれたのか?」
他に人もおらず、それしか考えらない。
「だとすると、このムカデも姫様が?」
あれほど魔法を出し惜しみしていたオリヴィアが、なぜあのタイミングで魔法を使ったのかわからない。だが、どうやら俺は彼女に命を救われたようだ。
「姫様、助かりました。起きてください」
俺に解毒剤を飲ませたあと意識を失ったのか、彼女はピクリとも動かない。意識を失った彼女に勝手に触れるのはまずいと思うが、いつまでもこのままではいられない。
俺は割り切って彼女の頬に触れると、
「……冷たい」
まるで呼吸をしていないようで、慌てて胸を見る。服の上からかすかに心臓が動いているのが確認できたので生きているのは間違いない。
だが、彼女はグッタリしていてどう考えても正常な状態には見えなかった。
「は、早く、医者に見せないと……」
焦りを浮かべ、誰かいないか周りを見渡すと【星の宝珠】が輝いているのが目に映った。
「そうだ、あれを取れば迷宮から出られるはず」
俺はオリヴィアを地面に横たわらせると、
「姫様、もう少しの辛抱ですからね」
一刻も早く彼女を医者に見せるため、宝珠を取りに走った。
★
サントブルム王国は、異世界の人間の血を取り込み、力をつけた国だった。
召喚の儀式により、現れた異世界人と試練を通して絆を得て、その血筋を王侯貴族が取り込むことで強力な力を持つ子孫が生まれ、王国の礎となってきた。
そんないびつなやり方のせいか、周辺国家はサントブルム王国を批難した。
異世界から人を召喚する術を持つのがサントブルムだけだったというのもあるだろう。他国は異世界人の血を取り込もうとあらゆる手段を用いて侵略を仕掛けてきた。
それらの計略をすべて退けてきた王国だったが、時が経つにつれ強力な血筋は薄まっていった。
まず、異世界の血筋を証明する黒髪黒目の幼児が生まれなくなった。さらに、魔法や剣など、戦闘で効果を発揮する分野で突出した才能を示す人間の数も減ってきたのだ。
それまで、一騎当千の英雄を多数抱えていたお蔭で保っていた外交バランスは徐々に均衡を崩していく。
サントブルムが富国強兵だった時代は過去のものとなり、周辺諸国は力を落とす王国を狙うようになった。
そんな中、私は生まれた。
生まれながらにして膨大な魔力を保有している赤子。将来は国の守護者となることを期待されたが、その期待はすぐに絶望へと変わる。
私の身体には欠陥があったからだ。
人間の身体には目に見えない魔力経路というものがある。魔道士はこの魔力経路を通して魔法を実体化させて放つのだが、私の魔力経路は塞がっていた。
正しくは繋がっている経路もあるので魔法を使えなくはないが、大量の魔力を流すと、魔力経路がズタズタになり命に危険があるのだ。
初めて私が魔法を使った時、皆はその威力に感嘆とした。
この力があれば他国の侵略に対し大きな牽制となる。皆が私を賞賛した。
だけど次の瞬間、私が昏倒したことでそれはあっさりと覆った。
『魔力だけあっても魔法を使えない欠陥王女』。皆が侮蔑を口にして離れていった。
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