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【コミカライズ連載開始】聖女が来るから君を愛することはないと言われたのでお飾り王妃に徹していたら、聖女が5歳?なぜか陛下の態度も変わってません?  作者: 宮之みやこ
第二部・第一章

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第91話 光ではなく、闇に棲む者 ◆――リリアン(キンセンカ)

 それ以来、わたくしは護衛騎士として働きながら、時々王妃たちと一緒に料理をするようになった。

 しかも参加者はわたくしだけではなく、時には三侍女や双子騎士たち、さらにはこの間なんて、どこぞの貴族令嬢まで参加していたのよ。


 どうやら、王妃主催の料理教室を始めたらしいの。


 最初の参加者はあまり多くなかったけれど、王妃自身は『最初でこれだけ参加してもらえるなら十分よ。このまま、お料理を新しい流行にしていきたいわ』なんて笑っていた。


「――あなたの王様も王妃様も、ずいぶん変わっているのね」


 ある日の厨房の中。わたくしはあまりもののドーナツをかじりながら、ハロルドに向かって話しかけた。

 今厨房の中にはわたくしとハロルドのふたりしかおらず、彼は何やら紙に書いている。レシピを作っているのかしら。


「はあ? 変な言い方だな。お前の王様と王妃でもあるだろ。あとお前、いつまで仕事サボっているんだ。食ったらとっとと出て行け」

「サボっているわけじゃないわよ。王妃陛下の命令で、一時的に暇をもらっているだけ」

「ったく……。お前、ここを完全におやつ置き場か何かだと思ってるだろ。言っておくけどここは俺の聖地だぞ」

「あっそう」


 興味なさそうに呟いて、またぱくりとドーナツをほおばる。


 このドーナツは今日の聖女のおやつだったんだけれど、全部は食べきれなかったから、こうしてわたくしが処理してあげているのよ。


「お前……本当にこんな奴だったっけ? 来た時はもっとこう、媚び媚びぶりぶりして、ユーリにしなを作ってなかったか?」


 しょうがないじゃない。だってそれが任務なんだもの。


 ……とは言わなかった。

 現実問題、わたくしは国王ユーリ攻略に行き詰っていたし、特に最近はその……新しい味覚の開拓に忙しかったから、国王どころじゃなくなっていたのよ。

 あ、そういえばマクシミリアンとも最近連絡を取っていないわね……催促の手紙が山のように来ていたけれど、ずっと無視していたわ。


わたくしがのんきにも、そんなことを考えていた直後だった。


『――キンセンカよ。首尾はどうだ』


 突然、主様の声が直接頭に響いてきたのは。


「あ、主様!?」


 わたくしはドーナツを持ったままガタタッと立ち上がった。

 時間をおかずに、目の前にスーッと楕円を描く線が浮かび上がる。


 ……まずい!


「ご、ごちそうさま! 仕事に戻るわ!」

「え? あ、おう」


 戸惑うハロルドは無視して、わたくしはドーナツを置くと急いで厨房から出た。


 主様がわたくしたちと連絡をとるのに使う魔法の鏡は、人間には見えない。

 けれどハロルドとふたりきりになっているあの厨房で、主様と会話を始めるわけにはいかなかったのよ。


 誰もいなさそうな部屋に飛び込み、ガチャリと鍵をかける。

 それからわたくしの前にぽかりと浮かぶ鏡に向かって、ひざまずいた。


「ご無沙汰しておりますわ、主様」

『挨拶はよい。私が聞きたいのはひとつだけだ。キンセンカよ。あれからずいぶん経つが、聖女の光は変わらず強いまま。一体、どうなっておるのだ?』


 ずしりとのしかかってくる、冷たい氷のような声。

 先ほどまであたたかかった部屋に漂い始める冷気に、心臓が凍り付いてゆく。

 怒鳴りこそしていないものの、その低い声も、鏡に映る主様の赤い瞳も、明らかに怒っていた。

 久々に聞く主様の声は、ドーナツぼけしていたわたくしの頭を一瞬で現実に引き戻した。


 ……そうだったわ。わたくしは護衛騎士のリリアンではなく、サキュバスのキンセンカ。


 光ではなく、闇に棲む者だ。


「は。そちらですが……聖女や大神官の加護が思った以上に強く、予定より時間がかかっておりますわ」

『ほう?』

「ですが……」


 ここでわたくしは目を伏せた。

 実は黙っていたけれど、ずっと国王ユーリに試していない技が、ひとつだけあったの。

 ただそれは最終手段であり、わたくしのプライド的に、絶対使いたくない手だった。


 ……けれど、もう、潮時なのかもしれない。


 考えて、わたくしはゆっくり目をつぶった。


 ――あの小さく無垢な聖女も、お人好しの王妃も、なんだかんだ居心地のよかったハロルドという男も……すべて、お別れする時が来たんだわ。


 だって、わたくしはどうあがいてもサキュバスであり、主様のしもべなんだもの。

 元は子猫だったショコラと違って、わたくしは主様の手で直々に生まれている。

 だからこそあの方のことは、そばに控えているアイビーではなく、わたくしが一番よくわかるのよ。なぜなら主様とわたくしは、もともとはひとつだったから。


 久々に主様と話したことで、再び主様の気持ちがわたくしの中に流れ込んでくる。

 そこにあるのは、魔王となった自分を使い捨てた人間への激しい怒りと憎しみだ。

どれだけの時が経とうともその炎は消えることなく、むしろ勢いを増していく。


『人間を根絶やしに』


 そんな主様の願いを叶えるためだけに、わたくしは生まれてきた。

 粛々と任務を遂行し、いつか人間を根絶やしにした後……激しい怒りの奥に隠れている、主様の心が千切れそうなほどの悲しみを、わたくしが癒してあげるの。

 かつて優しく、偉大で、誰からも好かれたあの方に心の平穏を取り戻してもらうために。


 ――逆に言えば、それができないのなら、わたくしの存在意義などないのだ。


 わたくしはつぶっていた目をゆっくりと開けた。


 鏡にかすかに映るのは、明るい赤の瞳ではなく、血のように濡れた深紅の瞳。


「……わたくしの魅了が通じないというのなら、人間側の消耗は激しいですが、“幻惑”を使うまで。そうすれば、国王の目にはわたくしこそが『愛しいエデリーン』に見えるようになるでしょう。そうなったら、さすがの国王もただでは済みませんわ」

『うむ。なら早急に手配を進めよ。そして聖女を養う人間どもの絆を、ズタズタに裂いてやるのだ』

「は」


 満足そうな主様の声に、わたくしはうやうやしく頭を下げた。


 ――一瞬、頭の中に親切にしてくれた聖女や王妃の顔がよぎる。


 けれどわたくしは、ぎゅっと目をつぶって、それらを無理矢理追い出したのだった。



「……ユーリ陛下」


 国王の執務室へとつながる廊下の一角。


 以前にもここで国王を待ち伏せし、そしてこっぴどく振られた場所だ。

 王妃エデリーンの寝室を抜け出し、執務室に戻ろうとしていた国王ユーリはわたくしに気付くと、小さくうなずいた。


「ああ、君か。引き続き、エデリーンの警護を頼むぞ。最近は料理のことで積極的に貴族たちと交流を持っているようだから、以前より気を付けてもらえると助かる」


 ……あいかわらずこの男、わたくしには微塵の興味もないようね。


 でもそんなことでもう、怒ったりはしないわ。


「怪しい動きをする者がいたらすぐに私に報告してほし――」

「ユーリ陛下。いいえ、“ユーリ様”」

「……?」


 被せ気味に言ったわたくしの言葉に、国王が目を丸くする。


 それもそのはず。今の言葉、彼にとってはわたくし(リリアン)ではなく、彼の愛しい愛しい王妃エデリーンの声に聞こえているんだもの。


「君は」

「“ユーリ様。私の目を、よく見てくださいませ”」

「!?」


 さらなる異変に気付いた国王が、わたくしの瞳を見た。


 その瞬間。


 わたくしはカッと目を見開くと、ありったけの魔力を国王ユーリめがけて流し込んだ。


「ぐ……あ……!」


 ずぉっと音がして、私の魔力が国王の体にみるみるうちに吸収されていく。

 今まで魅了をかけて空振りした時とは大違いだ。やはり、王妃エデリーンの声を真似し、幻惑で王妃だと思わせることで、ようやく侵入できたらしい。


 サキュバスとしてこの術を使うのは嫌だったし、まさか使う日が来るとは思わなかったけれど、今は四の五の言っている場合ではないわ。


 ……さぁ、国王ユーリよ。


 ここにたどり着くまでずいぶん時間がかかってしまったけれど、今からあなたはわたくしのしもべ。


「“ユーリ様、今から私が念じた時は、本物の王妃は視界に映らなくなります。そしてあなたには、私が王妃エデリーンに見えるようになるのですよ……”」


 わたくしがゆっくり問いかけると、国王はふらつきながら額を押さえた。


「エ……デ、リーン……? どうして君がここに……?」


 その瞳はぼぅっと霞がかったように、虚ろだった。

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聖女が来るから君を愛することはないと言われたのでお飾り王妃に徹していたら、聖女が5歳?なぜか陛下の態度も変わってません?
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