表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

49/145

第49話 ねっ、“パパ”

 チチチ、という鳥のさえずりに誘われて、私は目を開けた。

 カーテンの隙間からかすかに差し込む陽光に目を細めたところで、隣に寝ていたアイももぞりと動く。


 ふさふさのまつげに彩られたおめめがゆっくりと開き、まだどこか寝ぼけた顔で、アイがふにゃりと笑った。

 その笑顔は本当に嬉しそうで、見ている私の胸がきゅんっ……とする。ああ、こんな素敵な笑顔から始まる一日って、なんて素晴らしいのかしら!


 たまらず、私はアイの小さな頭にキスを落とした。それからやわらかな髪を優しく撫でる。


「おはよう、アイ」

「……おはよぉ、ママ」


 寝起きのふにゃふにゃした声も、たまらなく可愛いっ……!

 私は声には出さず、ぐっと幸せをかみしめた。この朝特有のとろりとした空気に満ちた、それでいてキラキラと輝く光景を、必ず絵に残さねば! と誓う。


 そして、いい目覚めと言えばもうひとつあった。


 ここ最近私を悩ませていた寝起きの倦怠感が、今日は全くなかったのよ。ぐっすり寝たあと特有の体の軽さに加えて、頭もすっきりしている。


 私は起き上がって、ぐぐっと背伸びをした。隣ではアイも真似して、「ぐぐ~」と言いながら一生懸命手を伸ばしている。その横でもうひとり、むくりと起き上がった人物がいた。


「……ふたりとも、おはよう」


 ユーリさまだ。


――そう、昨夜はついにユーリさまも一緒に寝たのよね。

 少しだけ気恥ずかしさもあったはずなのだけれど、横になった瞬間こてんと寝てしまって……気づいたら朝だったわ。


「ユーリさま、おはようございますわ。昨夜はよく眠れて……って、その顔はどうしたんですの!?」


 何気なくユーリさまを見て、私はぎょっとした。アイも声をあげる。


「おめめのした、まっくろ!」


 ユーリさまの目の下には、絵の具でも塗ったかのように黒いクマがくっきりと刻まれていた。心なしか目も充血しているし、雰囲気的に、どう見てもよく眠れた人の顔には見えない。


「まさか、私たち寝相悪かったですか!?」


 あわてて聞くと、ユーリさまが首を振った。


「君たちのせいではない。ただその……突然、夜通しでやらなければいけない仕事が舞い込んできてしまって、気付いたら寝る機会を逃していたというかなんというか」


 その声は珍しく歯切れが悪く、最後の方はぼそぼそとして聞こえにくい。


「まあ、そんな大変なお仕事が……!? そんな時に、添い寝をお願いしてしまって申し訳ありませんわ。無理せず、自分のお部屋で休んでいただくべきでしたわ……」


 私がしゅんとすると、ユーリさまは急いで手をぶんぶんと振った。


「いや! 決して! 君たちのせいではないんだ! むしろ呼んでくれ、毎日呼んでくれ。私もその……家族として、少しでも交流を持ちたいと思っているんだ」

「本当に大丈夫ですの……? 無理、されてませんか?」


 私がじっと見つめると、なぜか彼は赤面した。


「私は大丈夫だ。……だからとりあえず、ふ、服を着てくれないだろうか」


 服? ……ああ、まだ寝巻のままでしたものね。と言っても肌露出面積も少ない、ごくごく普通の寝間着なのですが……ユーリさまは、意外と照れ屋さんなのかしら?


 私が羽織りものを探している間に、ユーリさまはアイを見た。その顔に先ほどまでの焦りはなく、優しいおだやかな笑みが浮かんでいる。


「おはよう、アイ。昨日はよく眠れたか? 私は体が大きいから、邪魔になったりしなかっただろうか?」

「だいじょうぶ! アイ、いっぱいねたよ」


 そう言うアイの小さな頭を、ユーリさまの大きな手がくしゃりと撫でた。隣では猫のショコラがあくびをしながら、ながーく体を伸ばして背伸びしている。


「だから、だからねえ……」


 もじもじと手をいじりながら、アイがぽそりと言う。


「……パパ、きょうもいっしょにねてくれる?」


 その言葉に、私と、それからユーリさまも目を丸くした。


 いま、アイは“パパ”と言ったわよね!?


 アイ本人もその言葉の意味をわかっているらしく、照れを誤魔化すようにえへへと笑っている。


 ついに、ついにアイがユーリさまをパパと呼んだのね……!


 私は顔を輝かせて、ユーリさまの顔を見た。

 彼はしばし硬直していたかと思うと、その目にみるみる涙がたまっていく。


 ……あらっ!? ユーリさま、嬉しさのあまり、泣きそうになっているの!?


 驚いて言葉もなく見つめていると、彼はあわてて顔を背けた。


「もっもちろん、今日も一緒に寝よう。そのためには、早く仕事を片付けねばな……!」


 顔を背けているが、ズズッと鼻をすすった音を私は聞き逃さなかった。

 ユーリさまって、意外と感激屋さんなのね……? アイも気づいたらしく、心配そうに彼の顔を覗き込もうとしている。


「パパ、ないてるの……?」

「いやっ! 泣いてない、泣いてないぞ!」

「アイ、もしかしたら、目にゴミが入ったかもしれないわ。そうですわよね? ()()」 

「そう、ちょっと、ゴミが、入ってたんだ……ズッ」


 私がそっとフォローを入れると、ユーリさまはすぐさまうなずいた。まだ納得のいかなさそうなアイの肩に手を乗せて、私はくすくすと笑う。


「にゃーお」


 そこへ、とてとてとベッドの上を歩いてきたショコラが鳴く。まるで「そんなのはいいからさっさとご飯をちょうだい」と言っているようだ。私は笑いながら、侍女を呼ぶベルを鳴らした。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
■マグコミ様にてコミカライズ連載中■
第1話はこちら
聖女が来るから「君を愛することはない」と言われたのでお飾り王妃に徹していたら、聖女が5歳だったので全力で愛します!!

■マッグガーデン・ノベルズ様より、書籍第1~3巻発売中■
書籍はこちら
聖女が来るから君を愛することはないと言われたのでお飾り王妃に徹していたら、聖女が5歳?なぜか陛下の態度も変わってません?
― 新着の感想 ―
[一言] 娘の結婚式で誰よりも泣いている人それがユーリ…とか、ありそう。 始まる前から目が真っ赤で、式がはじまった途端号泣するやつ…!!そんな姿が見えるようです。 頑張れー!!
[一言] 結婚式でのユーリ想像してニヤニヤしつつふと考えてみたら。 ユーリとエデリーンの子がアイと結婚する、という事もできる(というか、聖女システム的にその方が自然)なんですよね…(笑)
[良い点] やっとアイちゃんがユーリ様のことを「パパ」と呼びました…ユーリ様、煩悩と戦ったかいがありましたね(T▽T) [一言] 久しぶりの更新ありがとうございます。 更新が止まっていたのは書籍…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ