第176話 PM21: 38③
あたいが悩んでいると、そこに、今までじっと話を聞いていたおちびがとことこと歩き出す。
「……おねえちゃんのそれ、けせばいいの?」
言いながら見ているのは、赤毛ちゃんの背中だ。あたいはうなずいた。
「そうそう。あの奴隷紋って奴を消せば全部解決よ。あのふたりが助けられて、悪い侯爵を心置きなく騎士団に突き出せるってわけ」
「ふうん……」
言って、おちびがまたとことこと赤毛ちゃんに近づいていく。
それからゆっくりと、赤毛ちゃんに手をかざしたかと思うと――……。
「あっ!」
あたいはハッとして声を上げた。
「ああああああ! そういえばあんた!」
「……?」
急に叫び出したあたいを、陰気な男がいぶかしげな目で見ている。
「大神官だけじゃないわよ! むしろ、大神官よりすごい子がここにいるじゃない!」
あたいがそう言っても、陰気な男も赤毛ちゃんも不思議な顔をするばかり。
「おちび! 聖女! あの子、〝対象浄化〟を持ってるじゃない!」
「〝対象浄化〟……? なんだそれは」
あ、そっか。おちびの使えるスキルって、極秘事項なんだっけ?
ま、いっか。〝才能開花〟だっておちびが自分で喋っちゃってたしね!
「まぁ見てなさいって」
あたいが自信たっぷりに言う前では、おちびがゆっくりと赤毛ちゃんに手をかざしていた。
途端にまばゆい光がおちびの手から放たれる。またたく間に、部屋中を照らす白く神聖な力が赤毛ちゃんを包み込んだ。
「これは……!?」
陰気な男が驚くのも無理はないわ。
それくらいおちびの力はすごいものだった。
今のあたいは聖獣のはずなのに、それでもちょっと威力の強さにドキドキしちゃうんだもの。これ、前王妃や大神官がくれたステッキの力よりもすごいんじゃない? この子、前からこんなにすごい力を使ってたっけ?
「うぅう~~~ん!」
おちびが真剣な顔で手に力を込める。光はどんどん赤毛ちゃんの体に吸い込まれていき、かと思うと背中が少しずつ光り始めた。その光の筋は、まるで先ほど見た奴隷紋をなぞっているよう。
そして奴隷紋の形に強くまばゆい光を放ったかと思った次の瞬間――赤毛ちゃんの体がビクン! とのけぞった。
そのままぐらりと地面に倒れる。
「リュシアンヌ!」
間一髪、赤毛ちゃんが倒れる前に陰気な男が抱きとめた。
「一体彼女に何をしたんだ!?」
鬼気迫る表情であたいを見つめる男に、あたいはまぁまぁ、とぽんぽんと肩を叩いた。
「ちょっとその子の服と包帯をもっかい取ってみなさいよ。あたいの予想が正しければ、イイコトが起きているはずだから」
「イイコト……?」
「ねっ、おちび?」
あたいが声をかけると、やりとげました! みたいな顔をしたおちびがニコニコ笑っている。
「うん! いいこと、あるよ!」
あたいたちの言葉に、陰気な男が戸惑っている。そうしている間に、赤毛ちゃんがふたたび意識を取り戻した。
「う……」
「リュシアンヌ!」
かと思うと、赤毛ちゃんが不思議そうに自分の体を触っている。
「……体が軽い……!? これは……!?」
次の瞬間、赤毛ちゃんは勢いよく上着を脱ぎ始めた。
「ラ、ラウル様見てください。背中を、背中を見て……!」
「背中がどうしたんだ……あっ!」
陰気な男が大きな声を上げた。
あわただしくさらけ出された、赤毛ちゃんの背中。
先ほどまで確かに禍々しい奴隷紋が存在していたはずのその場所は、今はシミひとつない、真っ白な肌へと変わっていたのだ。
「奴隷紋が……ない!?」
「わっはっはっは!」
あたいは鼻高々に笑った。
「どうだ! これがおちびの力よ! おちびにかかれば、別に大神官なんていなくっても平気だったわね!」
「信じられない……!」
陰気な男はまだわなわなと震えている。
まぁ、そりゃそうよね。
ずぅーっとこのふたりを縛っていたはずの鎖が、このたった一瞬で跡形もなく消え去ってしまったんだもの。
驚かない方が無理よねぇ~! でもそれがおちびの力なのよねぇ~! さすがあたいのおちびよ!
「なんと……なんという……! リュシアンヌ、これで君はもう自由なのか……!?」
赤毛ちゃんの代わりに、あたいが大きな声で答える。
「自由です、自由。赤毛ちゃんはこれからずっと自由でーす。そうよね? おちび」
「うんっ! もうだいじょうぶだよ。あのきもちわるいもやもや、ぜんぶじょーか、したから!」
「ですってよ~!」
目の前では、陰気な男と赤毛ちゃんが信じられないという顔で抱き合っている。
ふふん、いいことをするとちょっと気持ちいわね。感謝しなさいよね? ……まあやったのはおちびなんだけど、あたいも間接的に役に立っていると思うのよね。
……とか思っていたら、廊下からドシドシ、ドタバタという複数の足音が聞こえてきた。
赤毛ちゃんがハッとして服を押さえる。
「どういうことだ!!!」
バン!!! とドアを乱暴に開けたのは、ヴァルター侯爵と呼ばれた太った男ね。
侯爵は血走った目をしていて、その後ろには鎧をつけた侯爵の私兵らしき男たちもいる。
「奴隷紋に何をした! 気配が……気配が辿れない!」
「だいせいかーーーい! 奴隷紋は、おちびが消しちゃいましたあ!」
「!? な、なんだ!? 今の声はどこから!!!」
侯爵はまだあたいが紛れ込んでいることに気づいていないらしい。
ふふん、せっかくなら冥途の土産に、あたいの御尊顔を目に焼き付けてもらおうかしらぁ?
だってあたいももう、遠慮することないしね!
そう思った次の瞬間、あたいの体は巨大化していた。ついでに、咆哮もおまけしてやる
「グルゥアアアア!!!」
「うっうわぁ!」
「化け物だぁ!」
あたいのたったひと鳴きで、侯爵が情けない声をあげてどすんと尻もちをついた。
その後ろでは、私兵の男たちが我先にと逃げ出している。
そりゃあそうよね、どう見ても今のあたいに、人間が敵うわけないもの。正しい判断よ。
「なっなっなっ、何をしている!!! 早くこの化け物をやらんか!!! 魔法使い!!!」
侯爵がビビり散らかしながらも何やら叫んでいる。
見れば侯爵の後ろに、もうひとり腰を抜かした人物がいた。
太った侯爵とは反対に、そこにいたのはまるで枯れ枝のように痩せっぽっちの魔法使いだった。
「ううう……こ……この……!!!」
なんて言いながら杖を振り、あたいに向かって黒い魔法弾をぶつけてきた。
ははーん。王宮で嗅いだ闇魔法の使い手、あんただったのね! 気配が一緒だわよ!
「ショコラ!」
おちびの叫び声が聞こえる。しまった、あの子、見てるじゃない。
あたいはパシッと魔法弾を手ではじき返しながら、陰気な男たちに向かって叫んだ。
「ねえあんたたち! 念のためおちびの目と耳をふさいでおいてくれる!?」
「っ! わかりました!」
あたいの声がけに、すぐさま赤毛ちゃんが反応する。
見れば陰気な男はがっちりとおちびの耳をふさぎ、赤毛ちゃんがおちびを抱きしめる形でおちびの目を覆い隠している。
うんうん、これなら大丈夫ね。
安心したあたいは、ぺろぉり……と舌なめずりをした。
正直言うと侯爵も魔法使いも体に悪そうだし、まずそうだから食べる気はないけどぉ……ちょ~~~っとおもちゃにするぐらいなら、許されるよねぇ???
「ちっ近寄るな!」
侯爵が叫んで、その後ろから魔法使いがまた魔法弾を飛ばしてくる。
あたいはそれを弾かずに、真正面から喰らってやった。
「よ、よし、効いて――」
「全然効かな~~~い」
ケタケタと、あたいは悪魔のように笑う。
そう、実は向こうの攻撃が全然効かないのを見せつけるために、わざと正面から受けてやったのよ。
そもそも元が魔物ボディのあたいに、闇魔法が効くわけないじゃな~~~い。
「ニャーーハッハッハッハ!!!」
「うわあ! 化け物! こっちに来るなあああ」
「ひっヒィィイイイ!」
侯爵と魔法使いが転びながら逃げ出す。
いいよいいよ、やっぱり鬼ごっこは、そうでなくっちゃね。
おちびに怖いものも見せたくないし、思いっきり逃げてね。
――あたい、全力で追いかけるから。
ぎらりとあたいの目が光る。あたいはもう一度、べろりと舌なめずりをした。
――その後、屋敷中をあたいに追いかけまわされ、あたいのもふもふプリティハンドで転がされまくった侯爵と魔法使いは、遅れてやってきた国王一向によってボロボロになった姿で発見されましたとさ。
めでたしめでたし。
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ショコラ、がんばってます。次が4巻ラスト分です!






