第166話 結果、私たちは
はぁ~それにしても来年はどうしようかしらね~。
あたいはぽてぽてと王宮の庭を散歩しながら考えていた。
来年っていうのはあれよ、おちびの誕生日よ。
今年はなんとか飴ちゃんで誤魔化せたけど、毎年飴ちゃんっていうのも芸がないじゃない? かといってあたいが手に入れられるものって大体盗品になっちゃうし……。
こんなに可愛くて尊いあたいが働くなんてもってのほかだし……。
うう~ん、どうしようかしらね~。いっそ、尻尾の蛇が飴細工に興味を持ってる気配がしたから、練習させてみる? う~んでもなぁ。
悩みながら、あたいが歩いている時だった。
「――……ッ! ……だ! ……など……ではないか! 私を馬鹿にしているのか!?」
「めっ、滅相もございません!」
ここから離れた場所から、怒鳴り声が聞こえてきたのよ。
あたいの三角耳がぴくぴく動く。あたいは猫だから、人間よりもずっと遠くの音が聞こえる。多分、怒鳴ってる人間がいるのはここから建物ふたつ先ってところね。
それにしても王宮でこんな風に怒鳴りあうなんて物騒ねぇ。一体誰よ?
あたいは声のする方に向かって走り出した。その間も人間たちは話し続けている。
「私は生涯あなた様にお仕えする身、忠実な僕でございます……!」
「主、か。ハァ……。……お前はいつもそればかり。もういい、行け! 今はお前の顔など見たくない!」
「承知いたしました……」
すぐに声の聞こえてくる建物にたどり着いて、あたいはぴょこんと顔を突き出した。
そこで見たのは……。
あっ! あれは陰気な男じゃない!
眉を吊り上がらせて怒る陰気な男と、そいつにペコペコと頭を下げている高そうな服の太ったおじさんがいた。
何よあいつ、自分より身分が下の人にはあんな態度をとるわけ? 感じ悪くない!?
あたいがじとーっとした目で見ている前で、陰気な男がぺこぺこおじさんに何かを囁く。
「いいか、もし――をしたら……私とてただではおかないからな。そのことを忘れるな」
「ははっ……。……ですがそうなるとあの件は――」
そこで、今度はぺこぺこおじさんが何かをぼそぼそ囁き始める。
途端に、陰気な男の顔がサッと青ざめた。
ちょっとちょっと! 何言ったのよ! なんか不穏な気配がするんですけど!?
あたいがもっとよく聞こうと、一歩踏み出した時だった。
ザッ、という音がしたかと思うと、あたいの前にぬっと赤髪の従僕が現れたのだ。
前髪から除く冷たい瞳がじっとあたいを見る。
「ラウル様、これ以上は場所を変えた方が」
赤毛の声に、陰気な男たちがハッとする。
「……わかった。今日はここまでだ」
あっ、あ~~~!
もうちょっとで何か重要な話を聞けそうな気がしたのに、行っちゃった!
くそう。あの赤毛に見つからなければ……!
あたいは悔しくてぐぬぬと赤髪の従僕を睨んだ。
一方の赤毛はもうあたいのことなんて見てなくて、陰気な男に向かって深々と頭を下げている。
あたいはそんな赤毛の後ろ姿を、歯噛みしながらしばらく見つめていた。
◆◆◆
◇ 王妃・エデリーン ◇
◆◆◆
無事アイの生誕祭を終えて、そして私の懐妊発表も終えて、私は久々にゆったりとした時間を過ごしていた。
幸いなことにつわりはすっかりなりを潜め、心なしかお腹が少しふっくらとしてきた気がする。
ユーリ様なんかは「胎動というものがあるのだろう? いつ動くのかな。もう動いたか?」なんて一日おきに確認してくるから、思わず「動いたらお知らせしますわ!」なんて言ってしまったくらいよ。
思い出して、ベッドに座った私はふふっと笑った。
でも、同時にユーリ様がそれだけ楽しみにしてくれているということだから、嬉しかったりするのよね。
「こんにちは、あかちゃん。いま、ねんねしてるのかなあ?」
そう言ったのは、私のお腹にぺたーっと耳をくっつけたアイだ。
つわりが激しかったころは、私が死んじゃうんじゃないかってとても不安そうにしていたんだけれど、私の体調が安定するとともにアイの気持ちも落ち着いてきたみたい。
お医者様に「お腹の中の子にも、外の声は聞こえていますぞ」と言われてから、時々こうしておなかに耳や顔を当てては話しかけているのよね。
「おんなのこかなぁ、おとこのこかなぁ?」
「さぁ、どっちかしらね」
……なんて言っているけれど、本当は事前にお腹の子の性別を知る方法はある。
ローズ様じゃなくても、魔女なら見分ける不思議な力を持っているし、実は大神官様も手をかざすだけでお腹の子の性別がわかったりするのよね。
性別が分かれば事前に服や道具を用意しやすいし、何より私たちの第一子は、国王夫妻の第二子となる。
女の子ならアイに続く第二王女なのだけれど……男の子になると話がまるで違ってくる。
国王夫妻の第一王子ということは、実質次期王太子なのよ。
もちろん、ユーリ様が即位した経緯があるように、第一王子じゃない人が王位につくことだってある。それでも男の子だった場合、現段階で最も王位継承権が高いという事実は変わらないのよね。
それを踏まえた上でどうするかユーリ様とも相談し――。
「弟か妹か、それは生まれてからのお楽しみよ」
――結果、私たちはあえて性別を知らずにいることにした。
なんと言ったって最近……ユーリ様のお兄様であるエーメリー公爵が少し不審な動きをしているのよ。
一時期まったく公式行事に参加しなかったのが嘘のよう。
今度は逆に、しょっちゅう支援者であったヴァルター侯爵を連れて、王宮で見かけるようになったの。
しかも、心なしかアイのことを目で追っているような……?
まさか、まさかだけど……彼はまだ未婚だし……幼女趣味、なんてことはないわよね……!? と想像しちゃってから、申し訳ないけれど私の警戒心が一気にマックスよ!
今まで以上に、絶対に絶対に、アイから目を離さないで! とみんなには強めに言い聞かせている。
というより、エーメリー公爵の件を含めなくても、最近自分の警戒心が異常なぐらい強くなっているのを感じるわ。
以前、子連れの母熊は凶暴、なんて話をユーリ様にしたけれど、今なら母熊の気持ちが痛いほどわかるわ。もし私に何かあったら、それはお腹の赤ちゃんに何かあるということだもの。
そんなこと、絶対にさせない!!! 私が物理的にぶったおしてやるわよ!
……という感じで、なんとなく以前より怒りっぽくなっている気もする。
あと、神経質にもなっているかもしれない。
使用人で咳をしている人を見かけると「休みなさい!」って強制的に休みを取らせたりしちゃうのよ。風邪が移ったらどうしよう、って思っちゃうの。……以前はそんなこと思わなかったのに、前より心が狭くなっているのかしら……。
あまりにも情緒不安定だからサクラ太后陛下にそのことを相談したら、
『妊娠中とはそういうものよ。みんな当たり前のように出産しているからそれがどれだけすごいことなのか見落とされがちだけれど、そもそもお腹の中で新しい命を育むというのはすごいことなのよ。体質ですら変わるんだもの。気分なんて情緒不安になって当たり前だわ。特に初めての妊娠ならなおのことね。エデリーン、あなたはよく頑張っているわ』
と言われて、危うく泣きだすところだったわ。そう、そして散々見てきた通り、涙もろくもなっているわね。
ふぅ……妊娠、まさかこんな罠もあったなんて……。
つわりが終わればあとは陣痛までハッピーライフが続くかと思っていたのに……。
以前そんなことをぼやいたら、太后陛下にこうも言われたわ。
『ふふ。実はまだ試練はこれからなのよ、エデリーン。あまり脅すようなことは言いたくないけれど、妊娠後期も覚悟をしていなさいね。……呼吸しているだけで太るから』
生きているだけで太る!? どういうこと!?
確かにつわりが終わってから少しばかりふっくらしてきた気はするけれど、呼吸しているだけで太るって、食べ物を食べなくても太るの!?
『まぁそれは体質もあるのだけれどね』
なんて太后陛下がコロコロ笑う。
『でも、妊娠後期は後期で大変よ。大きくなった赤ちゃんが、あなたの胃や内臓をぐいぐい押してくるんだもの。それでまたつわりを起こす人もいるわ。それから考えてみなさい。寝る時、お腹の上にずーっと猫が乗っているようなものよ。苦しいでしょう? 私は臨月の頃、横向きにしか眠れなかったわ』
……確かに、寝る時に猫がずっとお腹の上にいたらとても重いわね……。
何を隠そう、ショコラがやってきたばかりの頃、まさにその状況になっていたのだ。
ショコラが毎晩私のお腹の上……というかむ、胸を揉んでくるものだから苦しくて苦しくて。
ユーリ様がそれに気づいてどかしてくれたから事なきを得たけど、あれが産むまで毎晩続くと言うこと……?
うっ、想像しただけで大変だわ。
しかもお子を四人も産んだサクラ太后陛下の言葉だから、説得力がある……!
産むのが一番大変なことだと思っていたのに、まさか妊娠中もこんなに大変だなんて……改めて、世のお母様たちってすごいのね……。
経験してみて初めて分かる、妊娠出産の大変さ。
なんだか今なら、全世界のお母さんたちに優しくなれそうよ……。
なんて思っていると、侍女のアンがそっとやってくる。
長かったショコラ視点も終わり、エデリーンに戻ってきたと思った途端不穏ですね!






