第157話 飴!!!
……一体どうしたのかしら?
そこへ、雪が舞うように、ふわん……と何かが舞い落ちてきた。
雪? でも、今は夏よね? それに、雪にしてはなんだかずいぶん大きいわね?
それは私たちのいる馬車だけじゃない。街のあちこち、それこそ王都のいたるところに雪が降るようにたくさん振っていた。
「あーっ! あめちゃんだぁ!」
手で受け止めたアイが、嬉しそうに叫ぶ。
あめちゃん? ……もしかして!
私も急いで手を伸ばしてひとつ掴んだ。
手の中のそれは、信じられないほど薄くて透明な紙に包まれた、しずく型の粒だった。
それはところどころうっすらとピンクや青に染まり、なんとも可愛い色合いをしている。
「これ!」
見覚えのある物体に、私がハッと顔を上げる。ユーリ様を見ると、彼も私と同じことに気づいたのだろう。飴を持って驚きに目を見開いている。
「お披露目の時の飴!!!」
間違いない。
それは以前行われた聖女お披露目パレードの最後、王宮バルコニーでの挨拶の時に降ってきた雨――もとい、飴だった。
あの時は空に突然暗雲が立ち込めて、すわ魔物の襲撃か!? とバタバタしていたけれど、今回空に暗雲はない。
というより、ショコラが鳴いた瞬間、飴が降って来たわよね!? あと前回、飴に包みなんてなかったわよね!?
「……そういえば、以前この飴が降ってきた時、暗雲の隙間から一瞬黒い猫の手が見えた気がしたんだ。もしかしてあれも、ショコラだったのか?」
ユーリ様がぼそりと呟く。
「確かにそんなことをおっしゃってましたわね……!?」
暗雲は私たちからかなり離れた場所にあったから見間違いか気のせいかと思ってたけれど、もしかしたら本当にショコラだったのかもしれない。
私がじーーーっと穴が開くほどショコラを見ていると、気づいたショコラがハン! と鼻を鳴らした。その仕草は、「あなた、もしかして中に人間入っている?」と聞きたくなるほど、人間みたいだった。
「あめちゃん、おいしいねぇ」
いつの間にかアイが飴を食べ始めていたらしい。小さな飴をころころと口の中で転がしながら、アイは嬉しそうに言った。
――そして三日目・アイの生誕祭当日。
街ではアイの名前で色々な施しや催しが開催され、そこに市民たちによる数多くの出店も加わり、お祭りの熱は最高潮に達していた。
夜には王都全体で願いを込めたランタンに火を灯し、一斉に空に放つ催しも開催予定だ。
けれど……街で行われる行事には、実はお昼にバルコニーに姿を見せて祝福を受けた以外、アイは参加しない。
なぜならアイには王宮の中でやるべきことがあったからだ。
「いよいよ、この日ですわね……!」
「ああ、いよいよこの日だ……!」
準備を終えた私とユーリ様は、互いにごくりと唾を吞んで顔を見合せた。
そこに、双子騎士やアンたちに連れられたアイがやってくる。その後ろにはもちろん、ショコラがついてきていた。
「ママ! アイはこのあと、なにをすればいいの?」
バルコニーでの挨拶を終え、お昼ご飯とついでに軽いお昼寝もすませたアイがとててっと私のもとに駆け寄ってくる。
この数日、六歳の身でありながらいくつもの大役をこなしたあとだったから疲れが心配だったけれど、お昼寝を入れたおかげかその顔艶は良さそうだ。
これなら、今日の作戦を進めても大丈夫そうね?
私はにこっと微笑むと、一通の手紙を差し出した。
「あのね、アイ。今日はアイに……お手紙が来ているの」
「おてがみ?」
てがみをうけとりながら、アイがきょとんとした顔をする。
「そう。怪盗エリーデンからの挑戦状よ!」
「かいとう!」
途端に、アイがパァッと顔を輝かせた。
……ふふ。実は知っているのだ。私がつわりで伏せっていた間、アイが「怪盗ドロリ」という名前の児童書にはまっていたのを。
絵本と違って少し長めの本だからまだアイひとりでは読むのが難しくて、サクラ太后陛下が色々読んであげていたということを。
「さぁどうする? 怪盗エリーデンからの挑戦、受けてみる?」
「うける! うける!」
アイは興奮したように叫びながら、いそいでガサゴソと手紙を取り出した。
それから手紙とにらめっこしながら、一生懸命に読み上げる。その手紙に書いてあったのはこうだ。
『おうじょアイへ
われは よにも なだかき かいとうエリーデン。
きょうは あなたにとって とくべつな せいたんさい。
だからわれは おうきゅうのどこかに〝とっておきのたからもの〟をかくしてきた!
だが、そのたからを てにいれるには――まずはしれんに いどんでもらおう。
てはじめに たちはだかるのは おそろしい《なべのあくま》!
ギザギザしたはに じゃあくなえみをうかべる きょうふのあくまだ!
なべのあくまは しろいまめが にがて。
たくさんの まめのなかから せいなるしろいまめを みつけて あくまを おいはらおう!
さあ ゆうかんな おうじょアイよ。
なべのあくまを しりぞけて かくされた ほうびを てにするのだ。
ただし!
このちょうせんを うけるには ママやパパを つれてきてはならない!
これはきみだけに あたえられた ひみつの ぼうけんだからだ。
きみの ちょうせんを たのしみにしている。
――かいとうエリーデンより』
全部読んだアイが、「ふわあぁ……!」と興奮したように声を上げた。
「ママ! なべのあくまをたおすんだって!」
「ふふ。そうね。でもママとパパは連れていけないみたい。王宮の外に出ることはないとはいえ、アイはひとりで鍋の悪魔に立ち向かえるかしら?」
鍋の悪魔、という言葉に、アイの眉間にかすかに皺が寄る。
「んっ……と……! アイは……!」
ひとりが不安なのだろう。
そこへ、ショコラが待ってましたとばかりに進み出た。
「にゃーん!」
それはまるで「あたいがいるわよ!」と言わんばかりの顔だ。
気づいたアイがぎゅっとショコラを抱きしめ、大きなおめめをうるうるに潤わせてながら私を上目づかいで見た。
「…………あのね、ショコラもいっしょじゃ、だめ……?」
キュゥゥウウン……!!!
そ゛の゛顔゛は゛卑゛怯゛だ゛わ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛!!!
思わず全部の単語に濁点がついてしまい、私はあわてて「ン゛ン゛ッ」と咳払いした。
今回はアイひとりが挑む試練のつもりで始めたけれど……まぁ猫なら許容範囲内よね? 人間じゃないものね?
許可を求めてチラ……とユーリ様を見れば、ユーリ様はくつくつと楽しそうに笑いながらこくりとうなずいてくれた。
……あ。今ユーリ様、『君が言い出したルールだったはずなのだが』とか思っているのでしょう……!?
しょ、しょうがないじゃない。
この世でアイの天使級おねだりに勝てる人なんている!? いたらぜひとも連れてきてほしいわね! もう!
私は八つ当たりに、ユーリ様のわき腹を人差し指でツンツンと突いてやったわ。
「許せ、わざとじゃないんだ」
なーんて言いながら、ユーリ様はまだ笑っている。
「でもママ……」
一方のアイは、手紙を読みながら何やら考え込んでいる。
「うん? なあに?」
「なべのあくまって、どこにいるのかなぁ?」
どうやらもう真剣に物語をスタートさせていたらしい。私はニコッと笑った。
「そうねぇ……。お手紙の中には、悪魔の弱点はなんと書いてあった?」
言いながら、それとな~く該当の箇所を指さしてみる。
ま、最初だものね。これくらいのヒントがあってもいいでしょう。
「ん……っと……」
『なべのあくまは しろいまめが にがて』
その一文に気づいたのだろう。アイが呟いた。
「しろいまめ?」
「そうね。白い豆が弱点よね。ならまずは、白い豆を探してもいいんじゃないかしら?」
「しろいまめ……じゃあもしかして、なべのおじちゃんのところにある?」
まぁ! 賢い!
本当はアイがわからなかったら、「豆がありそうな場所はどこかしら?」と聞くつもりだったんだけれど、どうやら「豆」だけで一足飛びに厨房にたどり着いたらしい。
「そうね。厨房だったら、白い豆も置いてあるかもしれない」
「わかった! アイ、ちゅうぼうにいってくる!!!」
キラキラと目を輝かせると、アイはためらうことなくダッ! とその場から駆け出した。
「あっ! アイ!」
思っていたよりずっと早い動きに、私やユーリ様が置いてきぼりになる。
たったか走っていくアイの後ろを、双子騎士がサッとすばやく追いかける。
「エデリーン」
隣に立つユーリ様に声をかけられて、私もこくりとうなずいた。
●ロリ、今回のために久しぶりに取り寄せて読んだのですが懐かしいですね。小学校の図書館で端から端まで読んだ記憶を思い出します。






