第156話 情報量が多いッ!!!
生誕祭本祭を含めて、アイの生誕祭は三日かけて行われる。
本当は聖女なのだから一週間ぐらいの期間を取りたい気もしたのだけれど、アイはまだ幼いし、あまり長すぎても疲れちゃうかしら? と思ってみんなで相談した末、今回は三日ということに決まったの。ただし節目の年には、かならず一週間かけてお祝いすると心に決めている。
まずは前前夜祭ともいうべき一日目。
王都は夜明けとともに、色とりどりの飾りで彩られた。
石畳の道には花びらがまかれ、街角ごとにさまざまな風船が揺れる。サッと視察に行ってきたハロルドいわく、市場の屋台からは甘い砂糖菓子の匂いが漂い、子どもたちの笑い声があちらこちらから響いているのだとか。
肝心のアイはというと、今日は大聖堂での祝祷式に参加していた。
広い大聖堂の椅子に、ずらりと並ぶ貴族たち。
実は私とユーリ様の方針で、アイはこの一年、貴族たちに数えるほどしか姿を見せていない。
だからか、どの貴族も興味深々と言った目でアイを見つめていた。その瞳には各人さまざまな思惑が宿っていて、どこかピリリとした気配も感じる。
その中にはユーリ様の兄であるエーメリー公爵ことラウル様もいる。
隣にラウル様最大の支援者であったヴァルター侯爵を侍らせており、その顔はあいかわらず何を考えているかまったく読めない無表情だったわ。
……普段アイたちと過ごしていると平和そのものに思えるけれど、やはりこういう場所では嫌でも意識せざるを得ないわね。ここが権謀術数渦巻く、貴族社会なのだと。
そして同時にユーリ様はすごいわ。
実は私やアイが王宮で平和に過ごせているのも、すべてユーリ様のおかげなの。
何かとアイに会わせろと迫ってきたり、あるいはご子息ご令嬢をアイの友人として送り込もうとしている輩を、ユーリ様が片っ端からガードしているのよね。
私としてはそろそろアイにも同年代のお友達を……と思うのだけど、まだその人選は終わっていないみたい。私の父であるホーリー侯爵もそのあたりは意外と慎重みたいだから、アイに同年代のお友達ができるのはもう少し先になりそうだった。
と、話がそれてしまったけれど、祝祷式は王侯貴族だけではなく、一般市民の参加も認められている。といっても大体王侯貴族だけで席が埋まってしまうので、一般の人たちはほとんどが大聖堂の外にいるのだけれどね。
大聖堂の中では普段と違って神々しい大神官の衣装をまとったホートリー大神官が、私とユーリ様に連れられたアイに言祝ぎを紡いでいる。それをあたたかな表情で見つめているのはサクラ太后陛下だ。
その表情はやわらかく、まるで孫を見守る祖母のよう。
ステンドグラスを通して注がれる日の光はあたたかで、その中心で輝くアイはまごうことなきこの国の聖女、この国の主役だった。
何度かこの場に立って練習したとはいえ、慣れない場所、たくさんの衆人の目がある中、アイは緊張しながらもしゃんと背筋を伸ばし、立派に聖女の役目を果たしていたわ。
その立派な姿に、思わず私の目頭が熱くなってしまったくらいよ。
もう、震えて怯え、大人の顔色だけをうかがっていたあの頃のアイはどこにもいない。
たった一年で、アイはこんなにも立派に、そしてすこやかに成長してくれた。その奇跡のような出来事に、思わず女神に感謝せずにはいられない。
女神様……どうぞこれからもアイを、あなたの娘のひとりを、あたたかくお見守りください。
うう……。妊娠しているせいかしら? 前にもまして、涙腺が緩くなってしまった気がするわ……!
こらえきれず私がそっとハンカチで目頭を押さえると、優しく肩を抱かれた。
ユーリ様だ。
「ごめんなさい、アイの姿を見ていたら、涙が止まらなくなってしまって……」
「いいんだ、エデリーン。恥ずかしがることも遠慮することもない。君のその涙は、アイを想って流したものなのだから」
優しい言葉に、さらに涙が溢れそうになってしまう。
その時アイが、緊張しながらも照れた顔で私たちの方を見たから、私は涙に気づかれないようにっこりと笑った。
アイ、あなたは最高の女の子よ! という気持ちを込めて。
そして前夜祭となる二日目は、アイを乗せてパレード用馬車で王都を練り歩く行事が待っている。
街はさらに飾り立てられ、一日目にはなかった楽師の笛や太鼓の音が街中に響き、馬上の騎士たちの甲冑も陽光にきらめく。
正午、私たちを乗せて華々しくに飾られた真っ白な馬車がゆっくりと広場へ進む。街角には民たちで人が溢れ、皆目を輝かせ、そして小さな旗を一生懸命振りながらアイに熱烈な歓声を上げてくれる。
アイも多少緊張した面持ちで、小さな手を一生懸命振り返していた。
ふふ……こうしていると、以前やった聖女のお披露目パレードを思い出すわね。
あの時もたくさんの人がパレードを見物しにやってきてくれていたけれど、今回は以前とは違うものがあった。
それは、街にいる子供たちの姿だ。
「あっ! ねぇ! あのこ! あのこもアイとおなじ!」
アイが興奮したように声を上げる。私もアイが見ている方向を見て、にっこりと微笑んだ。
「あら、本当だわ」
私たちの目線の先にいたのは、父親に肩車された小さな女の子姿だ。
歳はアイと同じぐらいだろうか? 五歳かそこらの女の子は、白い生成りのワンピースに、黒い毛糸で作ったかつらをかぶっている。そして手には、黒猫のぬいぐるみ。
その姿はまるで、聖女服を着たアイのようだった。いや、ようではない。聖女服を着たアイを、皆が真似しているのよ。
「せいじょちゃまーっ!」
人ごみに吸い込まれながらも、かろうじて届いた小さな高い声は、馬車が移動するにつれ近づいてきた女の子の声だ。
声に反応してアイがはにかみながら手を振ると、女のはパァッと顔を輝かせた。かと思うと、父親の首から転げ落ちんばかりの勢いでぶんぶんと手を始める。父親が「うぉっ」と声をあげ、あわてて女の子が落ちないよう、ガシッと足を掴んでいた。
「ふふっ」
その姿がほほえましくて私は笑った。
「どうやら、アイの姿を真似している子供が多いようだな」
ゆったりと座っていたユーリ様も微笑む。
――そうなのだ。
前回の聖女お披露目パレードと違い、今回の生誕祭はアイの格好を真似している子どもがとっても多かったのよ。
聖女服を模した白いワンピースに、自前の黒毛のかつら。それから黒猫のぬいぐるみ。
どうやらその三つが、気づけば「聖女アイ」の象徴になっているみたい。
黒髪と聖女服はともかく、黒猫のぬいぐるみはどこから? と思ったのだけれど、どうやら王宮でアイを見かけた貴族たちがここぞとばかりに吹聴したようね。
「アイ様はいつも、小さな黒猫と共歩きされているのですよ!」
と。
公共の場ではアイは黒猫――つまりショコラと一緒にはいない。
ということはショコラと一緒に歩いているアイを見られる自分は、それだけアイに近いところにいる――そういうことを言いたいらしい。
そこへ「私も見ました」「わたくしも!」というように自分もその貴重な姿を見たと言い張る人が続出し、話がどんどん広がり、気が付けば市井にまでその話が広まっていた――というのが、昨日一日生誕祭を視察していたハロルドの情報よ。
昨日聞いていたとはいえ、まさかこんなにもアイの格好をしている子どもが多いとは思わなかったから、実物を見てびっくりしちゃったわ。
それに女の子だけではなく、男の子でもアイの格好をしている子がちらほらいる。聖人の格好を真似するというのは伝統的なお祭りでもよく見かけるのだけれど、まさかアイの格好をみんなが真似するなんて!
ちなみにアイ本人はというと、真似されて嫌……という感情は今のところないらしく、むしろ自分の格好を真似している子を見つける度にニコニコしている。
「でも……」
私は言った。
「せっかくみんなが真似してくれているけど、ショコラがこの場にいないのが残念だわ」
……そうなのだ。
アイがショコラと一緒に過ごすのは王宮内でのみ。当然公の場であるパレードには、ショコラを連れてきてはいない。
アイとショコラは本当に仲がいいから少しだけ残念ね――……と私が思った次の瞬間。
「ニャ~ン」
と可愛い鳴き声がしたかと思うと、「おまたせ!」と言わんばかりの勢いですぽっ! と座席の下からショコラが黒い頭を覗かせたのよ!
「ショコラ!」
「嘘!?」
私とアイの声が重なる。
ちょ、ちょっと!!! まさか潜んでいたの!?
朝見かけなかったと思ったら、まさかひとりこの馬車に隠れていたの!?
私が仰天している横で、アイが嬉しそうにショコラを抱き上げた。
「見ろ! 聖獣様もいるぞ!」
気づいた民衆が指を指し、その声にワァッ! と歓声が上がる。
……ちょっと待って。聖獣って何!?
話についていけなくてユーリ様を見ると、ユーリ様がなんとも言えない渋い表情をしていた。
「あのねぇ、ホーのおじいちゃんがいってたの」
ホーのおじいちゃん!?
飛び出てきた名前にまたもや私は仰天した。
待って、それってもしかしてもしかしなくても、ホートリー大神官のことじゃないわよね!? 以前はちゃんと「だいしんかんさま」って呼んでいたわよね!?
「ショコラは、アイがなまえをつけたから、〝せいじゅう〟になったんだって!」
「そうなの!?」
続く怒涛の新情報に私が混乱していると、ユーリ様がこっそりと教えてくれた。
「……エデリーン。君がつわりで寝込んでいる間に、アイがホートリー大神官をホーのおじいちゃんと呼ぶようになったんだ。この呼び名はホートリー大神官も、サクラ太后陛下も公認だ。それから、どうやらショコラはどうやらアイに名前を付けられたことで聖獣なるものに格上げされたらしい。これもホートリー大神官が直々に認めていた」
情報量が多いッ!!!
私は叫びそうになった。
まさか寝込んでいる間にそんなことが起きてたなんて……!!!
ホートリーのおじいちゃん呼びもびっくりだけれど、ショコラが聖獣って……! 聖獣どころかむしろあの子は魔物じゃないの!?
「あのう……ユーリ様?」
私はこそこそとユーリ様に囁いた。
「前回ローズ様が魔王となってユーリ様と戦った時にいた、あの大きな獅子。あれがショコラ……ですわよね……?」
ワイバーンに襲われかけていたユーリ様を助けてくれたとはいえ、あの禍々しい姿はどう見ても魔物だったような気がするのだけれど……!
私の言葉にユーリ様がうなずく。
「でもあれって、どう見ても魔物ですわよね!?」
「確かにあの魔物はショコラだ」
あ、やっぱりユーリ様も気づいていたのね。
「……が、ちょうどあの後に君は寝込んでしまっただろう? 実はショコラに変化が訪れたのも、その時期なんだ」
言ってユーリ様は説明してくれた。
いわく、ホートリー大神官はショコラが普通の猫ではないこと、もっと言うなら魔物であることに出会った時から気づいていたらしい。
いざという時は大神官の力で退治もやむなし、と準備もしていたらしいのだけれど、ショコラはアイに害を加えることはなく、それどころか前回ユーリ様を助けてから瘴気が消え、代わりに神聖力が体にみなぎるようになったとのことだった。
「そ、そんなことがあるんですのね……」
話を聞きながら、私はパレードの最中だと言うことも忘れてあんぐりと口を開いた。
「ローズ様――魔王アンフィメッタを、アイが浄化してしまっただろう? ショコラは元々アンフィメッタの眷属。さらにそこに加えて私を助けてくれたことで、属性が聖なる方向に振り切ったのではないか……というのが大神官の推測だ」
聖獣って、そういう感じなんですのね!?
まあでも光と闇は表裏一体と言いますし……? そういうこともある……のかしら……?
なおも私がぐるぐる考えている横ではショコラがご満悦顔でアイのひざに乗っている。
「ニャーオ」
まるで「やぁね、今頃になって知ったの?」と言わんばかりの鳴き声だ。
「えへへっ。ショコラがいっしょでうれしいなあ!」
そんなショコラを抱っこしながら、アイがこの上なく嬉しそうにしている。
……まぁ、いいでしょう。
私は諦めたようにフーッとため息をついた。
そもそも私たちには、初めから想定外のことが起こりまくっているんだもの。
直系の男子でないユーリ様が王位についたことから始まり、本来であれば必ず聖女が座る王妃という椅子には私が座った。
そして妙齢の女性であることが多い聖女も、まさかの五歳。
そう考えると魔物が聖獣になるぐらい、何も不思議ではないわよね? うん、知らないけどきっとそう。そういうことにしておきましょう。じゃないと私の心臓が持たないわ。
私が必死に平静を保とうとしている横で、アイのお膝に大人しく座っていたショコラが突然ピッと立ち上がり、馬車の取っ手に前足をつけて背筋を伸ばした。
そしてまるでその場にいる人たちに聞かせるように、ひときわ大きな声で鳴いたのよ。
「ニャーーーン!!!」
ホーのおじいちゃん呼び、5歳聖女の連載開始直後から考えていたので4年越しの実現です。長かった……!






