第150話 ……それを言うならハロルド、お前は
私たちがやいやい言っている横では、リリアンがぐいとハロルドの服の袖をひっぱっていた。
「妊婦のことなら、サクラ太后陛下にも聞いてみたら?」
「おう、それもそうだな。経験談はひとりでも多い方がいい。それに……」
言ってからハロルドがちらりとユーリ様を見る。
そばで静かに話を聞いていたユーリ様は、ハロルドに見られて怪訝な顔をしていた。
「……? なんだ」
「いやぁ……今すぐってことはねーだろうが、二人目、三人目の時にも備えねぇとなあ?」
「「ぶはっ!!!」」
私とユーリ様が同時に噴き出した。
「は、ハロルド!」
「なんてことを言いますの!?」
あわてる私たちを見て、ハロルドがこれ以上ないくらい悪い顔でニヤニヤする。ギザギザの前歯が、魔物みたいだ。
「でも国にとっちゃいいことだろ? 王子や王女がいっぱい生まれるのって」
「それはそうだが……!!!」
見ればユーリ様が顔を真っ赤にしていた。
「それに将来のために備えるのは当然のこと。俺は何も悪いこと言っちゃいねーぜ? 姫さんに聞かせられない話でもないし。なぁ姫さん?」
「? うん……?」
くっ……! この男……!
まだ文脈を理解していないアイまで巻き込むのはやめてほしいわね……!
私が言い返せずに震えていると、気を持ち直したらしいユーリ様がごほんと咳払いした。
「……それを言うならハロルド、お前はいつ結婚するんだ?」
「ッハァ!?」
その言葉に今度はハロルドが白目を剥く。
あら! 珍しくユーリ様が反撃しているわ
「お前だってもういい年だろう。役職だって十分。子供のひとりやふたりいてもおかしくはない年齢だ。花嫁候補のひとりぐらいはいないのか?」
おっ! おぉっ!?
畳み掛けるユーリ様の言葉に、私は目をキラキラと輝かせた。
ユーリ様は普段、人の恋愛事情に口を出すような方ではないのだけれど、ハロルドが煽ったおかげでおもしろい――失礼、興味深い方にお話が転がって来たわね!?
私は野次馬根性丸出しでワクワクと身を乗り出した。
「そっそれはだなぁ……!」
そんなハロルドの隣では、先ほどまで仏頂面だったリリアンがほんのわずかに頬を赤らめ、そわそわとしている。
うふふっ! これはおもしろくなってきたわね。
さてハロルドは、どう答えるつもりなのかしら!?
認める!? それともいっそ、ここで告白しちゃう!?
私がぎらんぎらんに目を輝かせる前で、ハロルドが気まずそうにボリボリと頭を掻いた。
「……俺みたいにガサツな男に浮いた話があるわけねーだろ。そんな物好きな女がいたら紹介してほしいくらいだなワハハ――っていてぇっ!!!」
最後の叫びは、リリアンが後ろから思いきり膝蹴りを喰らわせたせいだ。
私はサッとアイの両目と耳を覆って隠した。
「さっきからいってぇな!? なんなんだよ一体!?」
「知りませんわ!!! そのバカで間抜けで空っぽなご自身の頭に聞いてみたらいかが!? わたくしもう帰りますわ!!!」
これ以上ないくらいぷりぷり怒りながら、リリアンがくるりと踵を返す。
「おっ、おい! 待てよ! 意味がわかんねぇな!?」
それをあわてて追いかけていくハロルドの姿。
「……あーあ」
ハロルドたちがいなくなったドアの前を見ながら私は呟いた。
「ハロルドったら、色々言ってくるくせに自分はダメダメなのねぇ……」
「もっと甲斐性のある男かと思っていたんですけどね」
容赦ない物言いはアンだ。
「私は最初からポンコツだと思ってました」
「リリアン様かわいそぉ」
ラナとイブもきゃっきゃと楽しそうに言っている。
私はニッコリと微笑みながらユーリ様を見た。
「それにしてもユーリ様、ナイスでしたわよ! ハロルドをやりこめると気持ちいいですわね。まぁひどい返答でしたけれど」
「ハロルドもたまにはあわてればいい」
いつになく満足げな顔をしたユーリ様が、フンと鼻を鳴らしていた。
私の両手が外れたアイも、ぱしぱしと瞬きをしながら言う。
「なべのおじちゃんとおねえちゃん、けっこんすればいーのにねぇ?」
「「「本当よねぇ」」」
「本当にな」
「にゃーん」
その場にいたみんなの声が一斉に重なった。
◆
というなんやかんやがあり、しばらくして――。
和やかだった、そして波乱にも満ちていた春が終わりを迎え、季節は少しずつ夏に移り変わろうとしていた。
庭園は春の淡いパステルカラーから、夏のくっきりしたビビッドカラーへと。
やわらかだった日差しから、照りつけるようなギラギラした日差しへと。
暦が変わっても、あいかわらず私はつわりで吐き戻す日々が続いていた。
お医者様いわく、「一般的なつわりのピークは過ぎているはずなのですが……」とのことだったので、どうやら私は普通の人よりもつわりが長く続く体質であるらしい。
うぅ……しんどい……以前ラナが言っていたように、本当に出産までこの苦しさが続いたらどうしよう……!
なにより、私にはひとつやらなければいけない、とってもとっても大事なことがあるのよ!
国を挙げての行事だからたくさんの人たちが既に動いてくれているというのに、主催である私がこの様だなんて……! こんなところで寝ているわけにいかないのに……!
なのに先日も、無理にその行事準備をしようとして体調を崩し、私はまたベッドの中に逆戻りしてしまった。
そのことが情けなくて情けなくて……私は珍しく、泣いてしまった。
「エデリーン……」
寝室の中。
心配したユーリ様が、そっと私の手を握る。
「気持ちはわかるが……今無理をしても、誰も幸せにならないんじゃないか?」
「でも……! ですが……!」
少ししゃべろうとするだけで、こらえていた涙がボロボロとこぼれ落ちる。
私はそれを必死に拭った。
「アイの……初めての誕生日なのに……!」
――そう。
とってもとっても大事なことというのは、アイの誕生日祝いだった。
実は今までに何度か、アイの誕生日を探ろうとしたことがある。
直球で『アイのお誕生日はいつ?』と聞いたけれど残念ながらわからなくて、『じゃあお誕生日の時は暑かった? それとも寒かった?』と聞いたら……。
『わかんない……。いままで、おたんじょーび、したことないから……』
という、聞いているだけで心が痛くなるような答えが返ってきたの。だからそれ以上は追及しなかったのよね……。
成長具合から生まれ月をある程度調べられないかも考えたんだけれど、子供ってとにかく個人差が大きいでしょう?
我が家だって、年子で一歳しか離れていないとはいえ、妹のジャクリーンは幼少期から私を追い抜かしそうなほど体格が良かった。私だって決して小さい方でなかったにもかかわらず、よ。
アイの年齢だって、『医者の見立てによると多分五歳前後』という感じだもの。
でも!
わからないのなら、作ってしまえばいいのよ!
だから私はユーリ様と相談して決めたの。
アイが初めてこのマキウス王国にやってきた日。
それがアイの誕生日だって。
その日のことなら、神官たちの記録にもばっちり記されているから間違えようがないしね。
だから……今年は盛大に、お祝いしてあげたいの。
生まれてから今までの五年間の分も、みんなで、うんと。
あなたが生まれてきて、そして生きていてくれてママとパパは本当に嬉しいって。
私たちだけじゃない、サクラ太后陛下やホートリー大神官、それにハロルドとリリアンもよね? あとショコラにローズ様にアイビー様に、アンにラナにイブに、それに私の妹たちに……きっと数えればきりがないくらい、アイの誕生日を祝ってくれる人はいるはずよ。
……そう、思っていたのに。
まさか肝心の私が、つわりでまったく動けないなんて。
「ううう……」
これじゃ、アイのお誕生日をお祝いしてあげられない!
考えただけでまたボロボロと涙が落ちる。
「母親失格だわ……!」
「! そんなことはない!」
ユーリ様があわてて私の手を握った。
「エデリーン。アイの誕生日は確かにとてつもなく大事なことだが、だからといって、無理してまで絶対その日に行わなければいけないということはないんだ。そもそも、誕生日だって私たちが勝手に決めてしまった日だ」
「でも……! 初めてのお誕生日なのに……!」
「君の悔しい気持ちは痛いほどわかる。けれど落ち着いて考えてみてほしい。たとえ誕生日当日に祝われたとしても、自分の母の元気がなかったら……無理して、結果的に倒れでもしたら……それはアイにとって最高の誕生日になると思うだろうか?」
「それは……!」
ユーリ様の言葉に何も言えなくなった。
今の私の体調だと、恐らく予定している行事の半分もちゃんと行えない。
それにせっかくの誕生日の最中、私が吐き戻したり倒れでもしたら、ユーリ様の言う通り最高どころか最悪になってしまうだろう。
「う……うう……!」
それでも、やっぱり私は当日に祝ってあげたいという気持ちが捨てきれなくて。
「エデリーン」
言って、ユーリ様が椅子からベッドの上に座り直した。
「私も、当日に祝ってあげられるならそれがいいと思う。けれど今一番大事なのはいつ行うかより、アイが最高の誕生日を過ごせるかどうか、ではないかな……」
言って、ユーリ様はぎゅっと私を抱きしめた。
その広い胸の中で、私は自分のふがいなさにボロボロと涙をこぼしたのだった。
――やがて、しばらくして。
私の涙が落ち着いたところで、ユーリ様に呼ばれたアイが部屋の中に入ってくる。
「ママ、だいじょうぶ? おねつ、ある?」
私の腫れぼったい顔に気づいたアイが、心配そうに私のおでこにぴたぴたと手をあててくる。
「ううん、大丈夫よ。ありがとう。それよりね、アイ……」
「なあに?」
「あの……あのね……」
アイのお誕生日会をやろうと思っていたんだけれど、それを延期してもいい……?
そう聞かなければいけないのに、言おうとするとぐっと喉の奥が詰まってしまう。
私の気持ちを察したユーリ様が、優しい声でアイの頭を撫でた。
「アイ、本当はもう少ししたらアイの生誕祭を行おうと思っていたんだが……」
「せいたんさい? せいたんさいってなあに?」
アイが興味津々で尋ねてくる。
「アイのお誕生日のことだ」
「おたんじょーび……」
最初、アイはぴんと来ていないようだった。
けれどすぐに言葉の意味がわかったのか、ハッ! としたかと思うと目を輝かせて身を乗り出した。
「アイのおたんじょーび、やってくれるの!?」
「そう。アイがパパたちのところに来て、もう一年になるだろう? だが……」
言って、ユーリ様が優しく私を見る。
その目は「心配しなくていい」と語り掛けていた。
「ママのつわりがなかなか治らなくてね。このまま生誕祭をやると、ママだけ参加できなくなってしまうかもしれない」
「えーーーっやだ!!! ぜったい、ママもいっしょがいいよ!!!」
「パパもそう思う。だから……ママが元気になるまで、お誕生日会を伸ばしてもいいだろうか」
ユーリ様の言葉を聞きながら、私はうつむいていた。
やっぱり、延期は悲しむわよね……。がっかりするかしら……。
けれどアイは驚いた顔で私を見ると、ニコッと笑ったのだ。
「ぜんぜんいいよ! アイ、ぜったいにママといっしょがいいもん! いっしょにできるなら、いつだっていいよ!」
「アイ……!」
その言葉を聞いた瞬間、また私の涙腺が決壊した。
「こ゛め゛ん゛ね……!」
アイが見ている前だというのに、制御ができずにぼたぼたと涙をこぼしてしまう。
「わぁ! ママ、いたいいたい? でもだいじょーぶだよ、アイがついてるからね!」
言って、ベッドの上によじ登ってきたアイが私の頭をよしよしと撫でてくれる。
その優しさがまた、どうしようもなく心に沁みて。
情けないことに、私はまたたくさん泣いてしまったのだった。
「ふふふ。きょうのママ、あかちゃんみたいだねぇ」
私の頭をぽんぽんと撫でながら、アイが嬉しそうに言った。
「アイはねぇ、もうおねえちゃんだから、まっててあげる。だからいっしょにおたんじょうびかい、やろーね」
そのちょっと大人びた口調がまた可愛くて。
いつしか私は、泣いているのか笑っているのか、わからなくなっていた。
ユーリの逆襲回!だがしかし、ハロルドはユーリ以上に恋愛ぽんこつだ!






