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第144話 私もきっと耐えられない

「これは一体……!」


 ユーリ様の声に、私はハッとした。

 と同時に、あたりの風景が戻って来た。森の中、人々は私と同じように様変わりした魔王に目を奪われているようだった。


「どういうことなの!? 黒かった体が真っ白に……!」


 何より雰囲気が全然違う!

 先ほどまでひたすら禍々しかった黒竜と違い、今そこにいる白竜は禍々しいどころか、神聖さすら感じさせたのだ。

 巻き付いていたはずの聖なる鎖も、いつの間にかすべて消えている。


「まじょさま、もうだいじょうぶだよ。もう、いたくないでしょ?」

『…………これは一体、どういうことだ……?』


 それは頭の中に直接響いてくるような、不思議な声音だった。


『体が……どこも痛くないだと……!?』

「主様!」


 切羽詰まった声の方を見れば、そこには服がずたずたになったアイビー様がいた。

 先ほどまで、黒獅子の魔物がワイバーンを押さえていた場所だ。だが黒獅子の姿は見当たらない。

 アイビー様は転げるようにして走ってくると、白竜に抱き付いた。


「よかった……! 主様……! もう、苦しまなくても済むのですね……!」


 その顔は泣いていた。

 白竜がゆっくりとまばたきをする。


『……まったくお前は。その年になってわんわん泣くやつがおるか』


 声こそ違うものの、竜の口調はやはりローズ様そっくりだ。

 そこまでいけば、さすがの私でもわかる。

 魔王、いえ白竜は、ローズ様だったのね……。


「仕方ないではありませんか……!!! 夢にまで見た日が来たのですから!!!」


 人目をはばかることなくアイビー様は泣いた。号泣していた。

 普段無表情な彼からは想像もつかないほどの泣きっぷりに、リリアンまでもがびっくりしている。

 そんなアイビーを見ながら、白竜がふぅと大きく息をついた。


「わあぁっ!」


 巨大な鼻穴から放たれた息に、近くにいたアイがころころと転がっていく。


「アイっ!」

『おっと。すまんな』


 すぐさま巨大な鉤爪が伸びてきて、アイがそれ以上転がって行かないよう優しくせき止めた。


『まだ信じられぬが……どうやら我は本当に、この小さな聖女に浄化されてしまったようだな……』


 言いながら、白竜が遠くを見やった。

 その巨大な青い瞳には、丸い月がぽっかりと浮かんでいた。





『我がすべて説明しよう』


 私たちが呆然と見守る中、白竜は頭に響く不思議な声でそう言った。

 かと思うと白竜の体は淡い光を放ち始め、みるみるうちに縮んでいく。

 やがて竜の巨体があった場所に現れたのは、見慣れたローズ様の姿だった。


 ――ただし、その姿は激変していた。

 長い黒髪は長い白髪に。深紅の瞳は深青の瞳に。着ていた服ですら、真っ白になっている。


 私たちは戸惑いながらも、ローズ様たちをいったん王宮に連れ帰ったのよ。

 玉座に集まったのは私、アイ、ユーリ様。それからハロルドやサクラ太后陛下、ホートリー大神官、ダントリー様、リリアン、それから数多の騎士たちと神官たち。

 戸惑いながら私たちが椅子に腰を下ろすと、目の前にひざまずいたローズ様がゆっくりと口を開いた。


「人間たちよ。迷惑をかけてしまったな……。知っての通り、我の名はアンフィメッタ。魔王であり――そしてかつては賢竜と呼ばれていた者だ」


 アンフィメッタ。

 紛れもない魔王の名に、周囲の人々からざわめきが上がる。


「だが今はローズと呼んでくれ。私はもうこの名前を使う気にはなれぬのだ。あまりにもつらい記憶が多すぎてな……」


 深呼吸をしてから、ローズ様は私たちに『アンフィメッタ』について語ってくれた。


 かつて、予知を授ける竜として生きていたこと。

 運命が変わり、怒った人間に殺されかけたこと。

 けれど竜体に利用価値があるとわかり、生きながらにして切り刻まれたこと。

 最後は人間への憎しみが暴発し、魔王となってしまったこと――。


 ローズ様が語った話は聞いているだけでも苦しくなるぐらい、長く、つらい道のりだった。

 アイビー様が竜体のローズ様にすがりついて号泣していたけれど、今ならその気持ちがわかる。


 もしアイやユーリ様がそんな目にあっていたらと思うと……私もきっと耐えられないだろう。


「許してくれとは言わぬ。我は本気で聖女を殺そうとし、この国に絶望をもたらそうとしていたからな……。だがそんな我を、聖女は救ってくれた」


 ローズ様の青い瞳が、切なそうにアイに向けられる。

 かと思うと、私の膝に座っていたアイがぴょんっと飛び降りた。


「アイ!」


 そのままたたたたっと駆け寄っていったかと思うと、アイはローズ様を小さな両手でぎゅっと抱きしめたのだ。


「おっと……」


 アイはまるで、ローズ様を守ってあげようとしているようだった。

 そんなアイを見たユーリ様が、ふぅと重いため息をつく。


「……つまりお前はアイを害するためにこの国にやってきた。そしてアイに浄化されたと……。大神官、目の前の者について、神殿はどう考えている?」


 ユーリ様に聞かれたホートリー大神官が前に進み出る。


「まだわたくしめの力が封印されている可能性もありますが……他の神官たちも皆、こう申しております。『目の前にいる魔王アンフィメッタは浄化され、既に魔王ではなく、善なる者になっている』、と。それが神殿の総意です」

 大神官の言葉に、後ろに控えていた神官たちも一斉に頭を下げる。それは彼ら全員が、ホートリー大神官の言葉に賛同しているという意味だった。

「なるほどな……」


 ユーリ様はまだ考えているようだった。

 無理もない。

 ただでさえ突然の出来事だった上に、相手は何百年も魔界を支配していた魔王なのよ。

 これはマキウス王国だけの問題では済まず、大陸全体に大きな影響を与える話だ。

 それだけに、ユーリ様であってもすぐにどうこうできる問題ではなかった。

 たとえマキウス王国の神殿が『善なる者』と判断したとしても、他国も同じ考えだとは限らない。

 もしローズ様――魔王アンフィメッタがまだ生きていると知られれば、どんな要求をしてくるかわからないのだ。

 そんなユーリ様の苦悩を感じ取ったのだろう。ローズ様が先に口を開いた。


「汝らが処分したいというのなら、我の命を取ってもらって構わぬ」

「主様!」


 そばで拘束されたアイビー様が叫ぶ。

 ローズ様は無言で手で制した。


「我は何百年も、魔王として悪逆の限りを尽くしたのだ。今さら命など惜しくない。むしろようやく真の意味で安らかに眠れるのなら、それも悪くない」

「ですがっ……!!!」


 アイビー様の表情は悔しそうだった。


 ……それはそうよね。アイビー様はどこからどう見ても、ローズ様を敬愛していたもの。

 今となってはあの魔術師夫婦は私たちの目を欺くための仮の姿だとわかるけれど、恐らくその中でも、アイビー様のローズ様に対する気持ちだけは本物だという気がする。


『もう、苦しまなくても済むのですね……!』


 ローズ様の体が浄化された時、アイビー様が泣きながら言った言葉。

 そこに、アイビー様のすべてが込められている気がした。


「……もし私がお前たちを無罪放免にしたら、お前たちはどこに行くのだ?」


 いつになく低い声でユーリ様が問う。


「そうだな……。我の痛みは取り除かれた。我の苦しみも取り除かれた。もはや魔王の資格を失った我は、魔界にも戻れぬだろうな……。どこか山奥でひっそりと、死を待つことになるだろうて」

「……そうか」


 ローズ様の返事に、ユーリ様は目をつぶった。それから低い声で、ゆっくりと告げる。


「お前たちの命を今すぐ取るようなことは、しない」


 ユーリ様の表情は険しかった。


「だがかつて魔王だったものを無罪放免というわけにもいかない。……結論が出るまで、その者ともどもまとめて魔法牢に入れよ」

「しょ、承知いたしました!」


 魔法牢の響きにも、ローズ様は動じなかった。ただ静かにうなずいただけ。

 騎士たちがローズ様を拘束するために前に出ても、大人しくされるがままになっていた。


「……ねぇママ。まほうろうってなあに? まじょさま、いたいことされないよね……?」


 アイがぎゅっと私のスカートを握る。その顔には、不安でたまらないと書かれていた。


「……大丈夫よ。パパは優しい人だって、アイも知っているでしょう?」

「そう、だけど……」


 物々しい雰囲気に、アイも察するところがあるのだろう。


「大丈夫よ。ママを信じて」


 そう言いながら、私はぽんぽん……とアイの背中を優しく叩いたのだった。







***

みなさま~~~!!!!!!

コミカライズ1話の後半が本日よりマグコミ様で公開開始されています!!!

コミカライズではコミカライズオリジナルのアレンジもちょっと入っていたりするので、また原作とはひと味違った良さがあって最高なのでよかったらぜひ……♡


あと、既に3巻発売されているのに更新遅くて本当にごめんなさい……(涙)

もう少ししたら本当に落ち着く!はず!なので!

(もうこれ1年以上言っているな……!?)

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■マグコミ様にてコミカライズ連載中■
第1話はこちら
聖女が来るから「君を愛することはない」と言われたのでお飾り王妃に徹していたら、聖女が5歳だったので全力で愛します!!

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聖女が来るから君を愛することはないと言われたのでお飾り王妃に徹していたら、聖女が5歳?なぜか陛下の態度も変わってません?
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