第142話 よりによって魔王アンフィメッタが現れるなんて
こんな非常時に言うのもなんだけれど、これだけ走っている王妃、私の他にいないと思う。しかもドレスとヒール。
「はぁっ……! はぁっ……!」
なんとか息を切らせながら必死に追いかけると、遠くでちょうどハロルドたちがユーリ様と合流しているところだった。
「アイ!? なぜここに!?」
ユーリ様は最前線にいた。一歩間違えれば、魔王にいつ踏みつぶされてもおかしくない距離だ。
「あのねパパ! パパのおはなを、さかせにきたの!」
「花……!?」
「ユーリ様、〝才能開花〟ですわ! アイのことを信じてくださいませ!」
「エデリーンまで……!」
ユーリ様はきっと、本心では「今すぐ避難するんだ!」と言いたかったのだろう。
けれど彼はぐっとこらえると、代わりに大きく深呼吸をした。
「……わかった。それならアイ、私の花を咲かせてくれ」
「うんっ!」
すぐにアイの小さな両手が、ユーリ様に伸ばされる。
かと思うと、ユーリ様の胸のあたりが突然光り始めたのよ。
それはあたたかく、そして神聖な力に満ちた光だった。
その場にいる誰もが一瞬光に目を奪われる。
光はみるみる大きくなったかと思うと、ユーリ様の姿が見えなくなるくらいひときわ強く輝いたの。
「……アイしってるよ。このおはな、まりーごーるどっていうんでしょう?」
アイが嬉しそうに言う。一方のユーリ様は、不思議そうに自分の手を見つめていた。
「……すごいな、これは。誰かに教わったわけでもないのに、使い方がわかる……」
使い方? ユーリ様は一体、何に目覚めたのかしら!?
「アイ、ありがとう。アイがくれたこの力があれば、パパは戦える。……ハロルド、アイとエデリーンを安全なところに!」
「任しとけ! って、あぶねえ‼」
ハロルドがアイをふたたび抱き上げた時だった。
ドゴォオオオン! という音とともに、巨大な尾が降って来たのだ。
「きゃあああっ」
直撃はしなかったものの、風で体が吹き飛ばされる。
「エデリーン!」
そんな私を守るように抱きかかえてくれたのはユーリ様だった。
「大丈夫か!?」
「あ、ありがとうございますわ……!」
ユーリ様の手を借りてよろよろと立ち上がると、ハロルドが叫んだ。
「おい王妃サマ! さっさとずらかるぞ!」
ハロルドはさっきの一撃を、アイを抱っこしたまま避けていたらしい。
「ハロルド、後は任せた!」
ユーリ様はハロルドに私を託すと、黒竜に向かってタッ! とすばやく駆けていく。
「あっ! ユーリ様!」
手を伸ばした私の肩を、ハロルドがぐっと掴んだ。
「大丈夫だ! ユーリを信じろ!」
そのやり取りをしていた一瞬の間に、ユーリ様は尾をかわしつつ黒竜との距離を詰めていた。その動きは人間とは思えないほど速い。
「ああいう時のユーリは強い。伊達に騎士団長として先陣を切って来たわけじゃないからな! それに今は姫さんの加護もついているんだろう!?」
「っ……!」
ハロルドの言う通りだ。
私は大人しく連れられるまま、離れた場所へと避難した。
丘の上につくと、私はアイとともにじっとユーリ様と魔王の戦いを見守った。
魔王の巨体と比べると、ユーリ様は本当におもちゃのような小ささだ。けれど人間ではありえない跳躍をして攻撃を避けたかと思うと、剣に光をまとわせた強い一撃を叩き込んでいる。
「すごい……。ユーリ様は魔法が使えたの? 剣が光っているわ!」
「俺もあんなのは初めて見たぞ」
アイを抱えたままのハロルドも驚いている。
「ユーリは剣の腕はすごいが、それでもただの人間だったはずなんだが」
「じゃあやっぱり、あれはアイの加護……!」
ユーリ様はただ剣に光を纏わせるだけでなく、その光を弾のように飛ばすこともできるみたいだった。
黒竜の尾をかわし、炎をかわし、刃を叩き込んでゆく。
その姿はまるで、物語に出てくる勇者のようだ。
人間離れした光景に固唾をのんで見守っていると、ハロルドがじれったそうに言った。
「……くそっ。手伝ってやりてえが、今の俺たちが駆け付けたところで足手まといにしかならねぇ。だったらせめて火消しでもして足場を作ってやらねぇと! 王妃サマ、姫さんを頼んだぜ!」
そう言って、ハロルドがアイを下ろして走っていく。
残された私はアイをぎゅっと抱きしめた。
「それにしてもなぜ王宮に魔王が……」
マキウス王国にはアイの加護が結界として満ちているはず。それに魔物が出現すれば、それもまたアイが感知できるはずなのだ。
なのに、よりによって魔王アンフィメッタが現れるなんて……!
魔王を見つめていると、アイがぽつりと言った。
「……まじょさま、すごくいたそう」
***
マリーゴールド、よかったらぜひ花言葉を調べてみてください。実はみんな何が咲くのかは、花言葉で決めてたりします(ただ正式に花名が出ているのはユーリだけかも?)






