第141話 そこにいたのは
ただでさえ走りにくいドレス、その上アイも走っているから、私も全力で走らないとおいて行かれちゃうのよ!
「パパはきっと、この音の方に向かっているはずよ!」
「わかった! パパにあったら、アイがおはなをさかせるから!」
「おはなね! わかったわ!」
少し前にわかったことがある。
アイの言う〝お花〟とは、スキル〝才能開花〟のことだ。
誰にどんな才能が咲いたのかははっきりとわからないのだけれど、アイがユーリ様に必要と言うのならきっと必要なのだろう。
アイと並んで、私たちはいくつもの廊下を走り抜けた。その間にも轟音は止まず、それどころか音はどんどんと大きくなっていく一方だ。
「はぁ……! はぁ……!」
やがて私たちは王宮の外に飛び出した。その先に広がっているのは散策用の小さな森だ。
そして現れた光景を見て、ヒュッと息を呑む。
――そこにいたのは、巨大な黒竜だったの。
月にも背が届きそうなくらいの圧倒的巨体。
尾は大木を何本も束ねたかのように太くたくましく、それはたったひとふりで王宮を薙ぎ払えそうなほど。
アダマンタイトを思わせる硬い鱗は月光に妖しく輝き、その中で血のように赤い瞳が禍々しい光を宿して人間を見下ろしていた。
「グゴォオオオオオオ!!!」
すさまじい鳴き声が、ビリビリと鼓膜を震わせる。
直後、ゴオオッ!!! という青白い炎がそばの森を焼いた。もし炎が直撃したら、人間なんて跡形もなく消え去ってしまうだろう。
「これは……!?」
私は咄嗟にアイを抱きかかえた。そばには、同じく騒ぎに駆け付けた人たちが呆然と黒竜を見上げている。
その中にいた神官のひとりが震える声で言う。
「あれは……魔王アンフィメッタではありませんか!?」
……魔王アンフィメッタ!?
その名は私も聞いたことがある。
魔界に君臨する魔王の名で、同時にかつて一夜にして滅びた『神竜国』守護竜の名でもあった。
その魔王がなぜここに!?
竜だと言うのは知っていたけれど、人間の世界にはもう数十年、いえ、数百年は姿を見せていないはずなのに……!
「本当にあの黒竜が魔王なの!?」
思わず私はその神官に詰め寄っていた。
神官が泣きそうな顔で言う。
「ええ……間違いありません……アダマンタイトのような黒い鱗に真紅の瞳。そんな外見を持つ竜は、現在この世には魔王アンフィメッタ以外にはいないのです……!」
そんな……!
私が絶句している間にも、魔王は青い炎を吐きながら暴れまわっていた。
いけない! 立ちすくんでいる場合ではないわ!
早くユーリ様を見つけないと!
そう思って私がユーリ様の姿を探し始めた時だった。
「ちくしょう! なんて火力だ!」
まとわりついた火を鍋で振り払いながらハロルドが飛び出て来たのだ。その手には巨大な金槌も持っている。
「ハロルド!」
私が呼ぶと、ハロルドはぎょっとしたようだった。
「なんでこんなところに姫さんたちが!?」
「説明している時間はないの! ユーリ様はどちらに!?」
「ユーリならもっと最前線に……って、おい!? まさか行く気なのか!?」
「ありがとう!」
私はアイを抱っこしたまま駆け出した。でもその後ろをハロルドがついてくる。
「おいおいおいおい!!! ありがとうじゃねーんだよありがとうじゃ!!! 国の最重要人物たちがなんでこんな前線に出てきちゃってるんだよ危ないだろうが~~~!!!」
「だってアイがいかなきゃいけないんだもん! パパがあぶないの!」
抱きしめられたアイが、私の背中越しにハロルドに叫ぶ。
「……そーいうことなら早く言え!」
次の瞬間、ハロルドが私の前に立ちふさがった。私はあわてて立ち止まる。
「お願い、行かせてハロルド! 危ないかもしれないけれど、アイには〝才能開花〟っていうスキルがあって!」
「あ? 知ってるよそんくらい。そうじゃなくて、王妃サマが姫さん抱っこして走るのは大変だろ? ほら早く貸せ」
言って、大きな手が伸ばされる。いつの間にか巨大な金槌は、鍋とともに彼の背中にしまわれていた。
「俺の方がぜってぇ足が速い。さっさとユーリのところにいくぞ!」
「っ! うん!」
アイが手を伸ばすと、ハロルドはアイを横抱きに抱えた。それからすごい速度で走り出す。
「おらおらおらおらおらおらー! 野郎ども道を開けろ~~~!!!」
は、速い……! ちょっとまって、あんな重そうなものとアイも抱きかかえているのに、全然追いつけないんだけれど!?
私は歯を食いしばって必死に走った。
***
ちょこっと体調を崩して先週お休みいただいておりました……!ハロルドの騎士(?)らしい動きが出てくるの、何気に初めてかもしれない。






