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第140話 新たな希望となることを願わずにはいられない

「へぇえ。これが〝タイヤキ〟ですか。まさか母上の世界のものを食べられるなんて」


 そう言って感動しているのはダントリー様だ。

 線の細いさらさらの髪に、まつ毛の長い甘くやわらかな眼差し。可愛い見た目をしたたい焼きも、彼が持つと絵になるから不思議なものだ。


「思えば、私はあなたたちにご飯を作ったことがありませんでしたね。料理人に甘えず、もっといろいろ作ってやればよかったと、今になって思うのです」


 しんみりとした顔のサクラ太后陛下に、ダントリー様があわてて言う。


「何を言うのです。母上は乳母をつけず、我ら兄弟を全員手ずから育ててくださったのです。それだけでも十分ですよ。……父上があんな方でしたから」


 あんな方、という単語に、その場にいた人たちが黙り込む。

 私はほとんど関わりがなかったけれど、女性にかなり奔放だったことは聞いている。

 その代わり、懐が広くて人懐っこいお方でもあったらしい。女好きと言う欠点を含めてもなお、前国王陛下はよく愛されていたのだ。

 サクラ太后陛下も、そんな国王を愛したおひとりだった。


「……そうですね。後にも先にも、あんな浮気男はいないでしょうね」


 本当にしょうがない人、そう言ったサクラ太后陛下の口ぶりはどこか寂しそうだった。


 そばにいたユーリ様とダントリー様が顔を見合わせる。


 同じ父を持つ、けれど腹違いの兄弟。

 サクラ太后陛下が苦しんだ十年も、その間に国が受けた傷も、決して軽いものではない。

 けれどそれを乗り越えた今、新たな絆も生まれようとしていた。

 サクラ太后陛下とユーリ様。ダントリー様とユーリ様。

 その絆がこの国の、そしてユーリ様にとって新たな希望となることを願わずにはいられない。


 そう私が思った時だった。

 ドォオオオオン!!! という、文字通り地を揺るがすような轟音が、王宮中に響いたのよ。



「きゃあっ!!!」

「わあああっ!!!!」


 ぐらぐらと、王宮全体が揺れている。

 それは地震が来たのかと勘違いするほどすさまじい衝撃だった。ぱらぱらと天井から塵が落ちる。


 あまりの衝撃に私は立っていられず、よろりとその場に手をついた。


 あ、アイは……!? アイは無事!?


「王妃陛下! 大丈夫ですか!」


 アイを探していた私の腕を掴んだのは、ダントリー様だった。


「え、ええ、それよりアイは!」

「アイは無事だエデリーン!」


 ユーリ様の声がして見ると、怯えたアイをユーリ様がしっかりと抱き留めていた。

 よかった……!

 ホッとしてそのまま座り込みそうになる。

 でもこれで油断している場合ではないわ。むしろここからが大事だ。


「エデリーン、私は何が起きたか調べてくる」


 ユーリ様はアイを私に渡すと、すぐに扉の方へと走っていった。


「はい! ユーリ様、くれぐれも気を付けてくださいませ!」


 その後ろ姿に向かって叫びながら、私はぎゅっとアイを抱きしめた。

 こんなに重い地揺れが起きたのは初めてだ。アイの実の両親が来た時ですら、こんな振動はなかったのに。

 バタバタと、王宮の廊下をたくさんの人たちが走っていく。部屋にいたダントリー様が言った。


「王妃陛下! 王宮の隠し通路に避難しましょう! あそこなら万が一何か起こっても、しばらくは隠れられるはずです!」

「えぇ!」


 そばにはサクラ太后陛下もいる。何が起きたかわからない以上、今は早急に避難すべきだ。

 そう思って駆け出そうとした時、アイが叫んだ。


「ママ、まって!!!」

「どうしたの、アイ。早く避難しなくちゃ!」

「そうだけど、でも、でも、まって!」


 小さな手をぎゅっと握り、アイが一生懸命何かを話そうとする。


「おねがいママ! はやくパパのあとをおいかけてほしいの! じゃないと、じゃないとパパ、しんじゃうかもしれない!」


 アイは泣きそうな顔をしていた。

 私は驚きに目を丸くする。

 そこにアイをなだめようと、ダントリー様が駆け寄ってきた。


「大丈夫ですアイ様。ユーリ国王陛下は強い。なんと言ったって、騎士団の団長なんだ。それに他の騎士たちもいる。陛下を心配させないためにも、今は避難を先に――」

「おねがいママ! アイをしんじて!」


 私は息を呑んだ。


 ――普通に考えれば、ダントリー様の言うことが正しいだろう。


 アイは聖女と言ってもまだ幼い。様々なスキルを持っていても、その判断能力はあくまで五歳のものだ。

 それにここにはサクラ太后陛下もいる。現場はユーリ様たちに任せ、私は幼い子どもと老人を避難させるべきだろう。


 ……そう、頭では理解しているのに。


 ドゴォオオン!

 またどこかで轟音がした。ぐらぐらと王宮全体が揺れる。


「ママ!!!」


 次の瞬間、私はぎゅっと口を結ぶと、アイに向かって言った。


「わかった。行きましょう!」


 そしてユーリ様が走り去った方向に向かって、アイとともに全力で走り出す。


「王妃陛下!? アイ様!?」

「ふたりともどこへゆくのです!」


 後ろからダントリー様とサクラ太后陛下の声が聞こえる。でも振り返っている余裕はなかった。

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聖女が来るから「君を愛することはない」と言われたのでお飾り王妃に徹していたら、聖女が5歳だったので全力で愛します!!

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聖女が来るから君を愛することはないと言われたのでお飾り王妃に徹していたら、聖女が5歳?なぜか陛下の態度も変わってません?
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