第137話 『人間食べ物大搾取作戦!』とやらの効果なのか?◆―――ローズ
……最近何やら、人間がやたらとおいしいものを食べさせてこようとする。
連日のおいしいものに始まり、タイヤキパーティーやらお茶会やらボタモチパーティーやら肉会やら、会うたびに占いそっちのけで何か食べさせられているのだ。
もしかしてこれは、ショコラが言っていた『人間食べ物大搾取作戦!』とやらの効果なのか?
この間そう思ってショコラをちらりと見たら、黒猫はウィンクとともにびっ! と親指を立てた。
おい、猫がウィンクをするな。親指を立てるな。気づかれるだろうが。
というかこんなにうかつで、よく人間に気づかれていないな? もしかしてここの人間は、皆ぼんやりしているのか……?
「ほら主様。主様の好きな白パンですよ。おやつにどうぞ」
思い出していると、アイビーがスッと白パンを差し出してくる。
この白パンは、以前魔法の鏡を通して見たことがあるものだ。聖女が小さな両手にパンを抱えて一生懸命食べていたのが印象的だったからな……。
最初に手に取った時、まずあまりの軽さに驚いたものだ。
人間がパンというものを食べるのは知っていたが、あまりにも軽い。そのうえふわふわしていて、まるで雲を持っているようだと思ったものだ。
そして味も……今までに食べたことのない、まろやかな味わいだった。特別強い味付けをしているわけでもないのに、食べる手が止まらない。そんなおいしさを持っている。
なるほど、これは確かに聖女が好むのも無理はないな……。
こういう、単純で何の味付けもないように見えるものが一番人の心を掴むのだ。……まあ我は人ではないが。
そういえば、あの〝タイヤキ〟とか言うお菓子もおいしかったな。
皮がパリパリとして、それでいて中身のアンコとか言うものがほかほかとしていた。今まで王妃たちがいろいろなお菓子を食べさせてくれたが、そのどれとも違う不思議な味わいだった。
まさか今になって、あんな風に人間の食べ物を食べる日が来るとはな……。
考えながらもくもくと食べていると、アイビーがじっと我を見る。
「……主様、最近少し顔色が良いようですね?」
なんて言いながら、ぺたぺたと顔を触ってくる。
「そうか? 特に何も変わらぬが」
あいかわらず、体は歩く気が失せるほど重い。体が鉛のように重い、なんていう比喩があるが、今の我がまさしくその状態だ。
「それに、最近発作を起こしていませんね?」
「………………言われてみればそうだな」
王宮に招かれるまで、我は定期的に発作を起こしていた。
あれは地上にきた副作用のようなもので、我が地上にいる限り絶えず、数日おきに我を蝕む。
のだが……。
「最後に起こった発作は、私の記録によると、半月前です。ホーリー侯爵家に滞在していた日のことを覚えていますか?」
半月前。
その言葉に我はぴたりと止まった。
あの時のことはよく覚えている。聖女の過去視を試みようとした矢先に発作が起きて、断念せざるを得なかったのだ。
その後まんまと過去視に成功して気に留めていなかったが……。まさかあれからもう半月も経っていると? 今まで長くても、三日と経たずに発作が起きていたのに?
「…………もしや食べ物を摂取したせいで体が健康になったのでは」
「そんなわけがなかろう」
ぼそりと呟かれた言葉を笑い飛ばす。
「我がそういう体ではないということは、お前だって百も承知だろう? 我らは人の世の理からは外れている存在だ」
ここ数百年、我は水も食べ物も摂取していない。それはアイビーだって同じだ。
「…………では、もしかしたらここの環境が何かしらよい影響を及ぼしているのかも」
「環境、ねぇ……」
魔獅子もサキュバスも魔王も、すべて懐のうちに招き入れてしまう、平和ボケしきった人間たちの住む城。
「まさかその平和ボケが、我によい効果をもたらしているとでも? 今でもなお、身を切り刻まれる痛みが絶えず我を蝕んでいるというのに?」
「…………」
アイビーが押し黙った。
ふん、と鼻を鳴らす。
「甘い考えは捨てよ」
こやつは我の側近として数百年仕えているにもかかわらず、まだどこか考えが甘いところがある。
時折、我の体がよくなるのではという希望を目に宿している時があるのだ。
そんなものは我が滅びぬ限り永遠にこないと、こやつも知っているだろうに。
申し訳なさそうに目を逸らすアイビーを見ながら、我は我の過去を思い出していた。
***
次回、魔王様の過去編です。






