第129話 ふたりは本当に兄弟
「本日はお招きいただき光栄です、国王陛下」
お茶会の場で深々と頭を下げたのは、エンドブルム侯ダントリー様だ。
本当は晩餐に招待しようかと思っていたのだけれど、ダントリー様の方から「あまり夜遅くなっては、アイ様が寂しがるのでは?」と言ってくださったから、お言葉に甘えてお茶会に変更したのよ。
私が、本当は夜あまり予定を入れたくないのを見透かしているみたいだったわ。
だってアイがいるものね。
細やかな気を使える辺り、やはりできたお人だと思うわ。
もちろん、貴族たちは皆子どもを乳母や侍女たちに預けているし、アイもアンたちに預けようと思えば預けられなくはない。
でも私が「今日はアンたちとねんねしてくれる?」と聞くと、言葉では「うん。だいじょうぶだよ」って答えるのだけれど、瞳は正直だから、一瞬不安そうに揺れるの。
そんな状態のアイを、私が置いていけると思う? 答えはいいえよ。
「こちらこそよく来てくれた。あなたとは一度こういう場で話をしてみたいと思っていたんです」
そう言って並んだふたりを、私はじっと見比べた。
こうして見ると、ユーリ様とダントリー様は本当によく似ている。
ユーリ様の目はお母様に似ていると思ったのだけれど、形はもしかしてお父様に似ているのかしら? まつ毛の長さから大きさまで、ダントリー様とほぼ同じだった。
双子、と言っても、信じる人がいるかもしれない。
違いと言えば、ダントリー様がどこまでも甘い繊細な顔立ちなのに対して、ユーリ様の方が少し精悍だということぐらいかしら。体格も、騎士団長だけあってユーリ様の方が筋肉質ね。
あらためて見ると、ふたりは本当に兄弟なのだった。
「あなたは国王陛下だ。敬語はよしてください」
「それを言うならあなたの方が年上です。それに……私の兄、でしょう」
兄、という言葉を、ユーリ様がためらいがちに言う。
ダントリー様も一瞬目を丸くし、それからふっと微笑んだ。
「……そうですね。こうして言葉を交わす日がやってくるまで二十年以上かかってしまったが、あなたは紛れもなく僕の弟です」
それは年月を経て再会した、兄弟たちの語らいだった。
長男のラウル様と次男のルカ様はやっぱりいらしてはもらえなかったけれど、こうしてダントリー様との場を設けられただけでも大きな一歩だった。
大人になると、特に王位や財産が絡むと、何かと兄弟仲は複雑になってしまいがちだ。
でも家族同士で手を取り合って生きていけるのなら、それに越したことはないもの。
「僕は、ずっとあなたに会ったら聞きたいことがあったんだ。僕たちにはほかにもたくさん弟や妹がいるけれど、僕の知る限りあなたの人生が一番過酷だ。そもそもなぜあの過酷な騎士団に入ろうと思ったんだい?」
「それは……話せば長くなる」
「構わないよ。そのために僕は来たんだ。あなたの話を聞き、そして僕たちの話をするために」
ダントリー様とユーリ様は、長い間ふたりで語らっていた。
それは会わなかった長い年月を埋めるかのような、真剣で濃密な時間だった。
邪魔してはいけないと思って、私はアイと一緒にそっと少し離れた場所に移動したくらいだもの。
遠くにユーリ様たちが見える花園で、アイと一緒に花を見て回る。
寒く、けれど例年にないぐらい平和だった冬が終わり、またあたたかな春が来ようとしている。花々は青々とした葉を揺らし、これからまた大きな花を咲き開かせようと力を蓄えている最中だ。
「おはな、いっぱいさくといいねえ。どんなおはながさくのか、ママしってる?」
「そうね。春の花と言って真っ先に思い浮かぶのは、ミモザね」
黄色い小さな花が連なったミモザは、毎年春の象徴としてマキウス王国で愛されている。
「それから……ピンク色の花びらが素敵なチェリーブロッサムも素敵ね。聞くところによると、離宮にはチェリーブロッサムだけを植えた花園もあるのですって。今度サクラ太后陛下にお願いして、見に行きましょうか」
「うんっ!」
春が訪れるということは、アイがマキウス王国に来てもうすぐ一年ということだ。
アイの誕生日は、残念ながら聞いてみたけれどわからなかった。だとしたら、この国にやってきた日がアイの誕生日と言うことでいいのではないかしら?
今年も、アイとたくさんの思い出を作っていきたいわ。
そう考えながら、私とアイが手を繋いで歩いている時だった。
「おや、こんなところで会うとは奇遇だのう」
女性にしては低く滑らかな声。
顔を上げると、そこにはいつもの魔法椅子に座ったローズ様と、それを押すアイビー様の姿があった。
「ローズ様とアイビー様はお散歩ですか?」
「何やらアイビーが花を見たいというのでな。連れてこられた」
そう言うローズ様の顔はいかにも興味がなさそうだ。
私は笑った。
普通、女性の方が花を見たがるものかと思っていたのだけれど、皆が皆そういうわけではないらしい。アイビー様は無表情な方だけれど、表情には出ないだけで、実はとてもロマンチックなのかもしれない。
このおふたり、やっぱりおもしろい夫婦だわ。
「まじょさまーっ!」
ローズ様を見つけたアイが、ここ最近すっかり習慣となってしまった抱き付きに行く。
「うむ」
ローズ様も慣れたもので、膝に飛び込んでくるアイにも動じていない。
それにしても……ローズ様が座っているからかしら? アイはかつてないぐらい抱き付きに行っているのよね。
普段からホートリー大神官やハロルドにもよくおんぶしてもらったり肩車してもらったりしているけれど、その触れ合いともまた少し違う気がする。
ハロルドたちに対しては、アイが遊んでもらっている感じがする。けれどローズ様に対しては、まるでアイがローズ様をよしよししに行っているような雰囲気を感じるの。
……私の思い違いかしら?
「ところで王妃よ」
膝にアイをくっつけたまま、ローズ様が私を見た。
「どうやら、汝の運命の人と会えたようではないか」
「えっ!?」
***
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