第118話 実際のところ
厨房に入ると、ハロルドは他の料理人にてきぱきと指示を出しているところだった。
私たちの顔を見るとすぐになんの件か察したらしい。
「ホートリー大神官のことだろ? 任せろ。大神官の好みも把握した上でばっちり栄養のあるもんを作ってやる」
「さすがハロルドね!」
あいかわらず口は悪いけれど、こういうところは本当に仕事のできる男なのだ。
私がほっとしていると、少し離れたところからアイの声が聞こえた。
「あー! しょこら、どこにもいないと思ったらこんなところにいたの?」
「げっ! あの猫また侵入してきたのか! ここは厨房だぞ、動物はお断りだ!」
首根っこを掴まれたショコラが、ぽいっと厨房の外に放り出される。
「にゃおん!」
ショコラが抗議するように鳴いた。その顔には不満がありありと浮かんでいる。猫なのに。
そんなショコラに、アイが駆け寄っていく。私もなんとなくふたりのことを見守っていた。
「ねえ、しょこらもまじょさまたちにあおうよぉ。まじょさまたち、とってもいいひとなんだよ?」
身振り手振りをつけながら、何やらアイが一生懸命話しかけている。
ショコラは聞いているのかいないのか、黒い脚をあげてそりそりと毛づくろいを始めていた。
「あのねぇ、このあともいっしょにおやつたべるやくそくをしてるの。しょこらもいこっ」
そう言ったかと思うと、アイがショコラの体の下に手を入れた。それから、むんずっと抱き上げる。
「ふんっ!」
……といっても、ショコラは一体どこにそんな長い胴を隠していたのか、みょーーーんと胴が伸びただけだった。
……猫って時々びっくりするぐらい長いわよね。
まだ脚が地面にくっついたままだけれど、アイは気にせず「よいしょ、よいしょ」とショコラを引きずっていく。
「うーっ。しょこらはおもいねぇ。またおやつ、いっぱいたべちゃったの?」
「にゃおん」
ながーい猫と、そのながーい猫をずるずる引きずる五歳児。
その光景があまりに可愛くて、私はふふふっ……と笑いながら、頭の中では高速スケッチを繰り広げていた。
こんな可愛い光景、絶対にあとで描いて後世に残さなくっちゃ!
使命感を燃え上がらせながら、私たちは貴賓室に戻った。
そこには既に三侍女たちが戻っている。
彼らはきっとローズ様に占ってもらったのだろう。三者三様の表情を浮かべている。
ブスッとした顔のアンに、ニコニコのラナ、不思議そうに首を傾げているイブ。
「その様子だと何か色々言われたみたいね? 三人ともどうだったの?」
「それが聞いてくださいよ! エデリーン様!」
普段明るく元気なアンが、唇を尖らせて訴える。
「わたしの運命の相手、誰だったと思います? まさか騎士団のカーティスだなんて!」
カーティス。
どこかで聞いたことがある名前だわ。誰だったかしら?
考えていると、ラナとイブがコソッと教えてくれた。
「有望な若手騎士で侍女人気も高いんですけどぉ、どうもアンとは相性が悪いんですよね」
「いわゆる犬猿の仲ってやつみたいですぅ」
へぇええ。
聞けば、ふたりとも顔を合わせる度に何かと喧嘩してしまうらしい。でも喧嘩といってもラナいわく「子どもの喧嘩そのもの」らしく、構わなければいいのにお互い構わずにはいられないのだとか。
なるほど。犬猿の仲だけど実は……ってことね?
そういうの、何度か恋愛小説で読んだことあるわ! そうなのね、アンにはそんな仲の男の子がいたのね……!
私の目がきらりと輝く。
「私、そういう設定好きよ」
横ではアイも、ふんふん!と知った顔でうなずいている。まだ意味がわかっていないと思うのだけど、一丁前に会話に参加しているのが可愛い。
私の言葉に、ラナとイブも意味ありげにうふふと笑った。
「実は私たちもですぅ。喧嘩ップルおいしい」
「魔女様いわく、そう遠くない未来らしいので楽しみですよねえ」
「うふふふふふ。本当に楽しみね」
そこへ、アンがぶすりとした顔のまま言った。
「ひどい! みんな他人事だと思って!」
「ふふふ、まあいいじゃない。そうだ、ラナはどうだったの?」
尋ねると、ラナはビシッと親指を立ててみせた。
「私は『特大玉の輿』だそうです!」
「とくだいたまのこし」
これまたすごい単語が出てきたわね。
ラナが嬉しそうに言う。
「まぁちょっと先の話にはなるんですけど、かなりの上位貴族に身染められるらしいんですよ。それまでにちゃんと自分磨きしないとですねぇ」
「いいなぁ玉の輿」
アンがぼやくと、イブが不思議そうな顔で言った。
「あら。カーティスくんだって家柄は結構いいのでしょう?」
「そうだけど、相手がカーティスっていうのがさぁ…!」
あわれっぽい声を出すアンに、私たちはまたふふふと笑った。
犬猿の仲で結ばれるふたりって、本人たちには申し訳ないけれど、見ている分にはすっごく面白いのよね。
これは彼らの進捗が楽しみだわ!
恋バナにつやつやと頬を輝かせながら、三侍女最後のイブに話しかける。彼女は先ほど、ひとりだけ不思議そうな顔をしていた。
「イブはどうだったの?」
「それが……よくピンとこなくてですねぇ」
「ピンと来ない?」
私の問いに、イブがこくりとうなずく。
「もう出会ってはいるらしいのですが、候補者が多すぎて全然わからないんですよぉ」
「なんて言われたの?」
「うーんと」
そこに、ラナの助け舟が出された。
「わたし覚えてまーす!『穏やかで控えめで誠実なその人は、良家の長男だ。長年密かに汝を想い続けているだろう』って言われてました!」
へぇえ、良家の長男。でも穏やかで控えめと言うことは、恐らくそんなに目立つタイプではないのかしら。
「イブは誰か、心当たりはないの?」
「うーん。わたし、なんかノリで流行に乗ってみたんですけれど、本当はあまり男の子に興味がなくって……。顔を覚えている人の方が少ないんですよねぇ」
「そ、そうなのね」
これは相手の男の子も、気づいてもらうまでが大変そうね……!
「三人とも早く相手が見つかるといいわね。でもあなたたちが全員結婚して辞めてしまったら、寂しくなるわ」
私が残念そうに言うと、途端に三人ともクワッと目を剥いた。
「何を言っているんですかエデリーン様!」
「そうですよエデリーン様!」
「私たちがやめるはずないじゃないですか!」
えっ。
やめないの? いえ、ありがたいことはありがたいのだけれど、その、貴族令嬢としての幸せ……みたいなのはいいのかしら?
私が思っていると、三人が同時に拳を天高くつき上げた。
「目指せ、全員エデリーン様のお子と乳兄弟!」
全員!?
ということは私、最低三人産まないとだめなのかしら!?
「そうすれば家庭もキャリアもばっちりですもん!」
アンの言葉に、ラナやイブまでもがうんうんとうなずく。
た、たくましいわ……!
私が感心していると、イブがひそっ……と囁いてきた。
「で実際のところ……どうなんですか?」
***
どうなんですか!?!?!?※答え、実は5歳聖女2巻限定の書下ろしにアリマス(小声)






