第117話 あなたの、その気配は
「まさか王宮に呼んでもらえるとはな」
「この度はお招きいただき、誠にありがとうございます」
あいかわらずひょうひょうとした態度を崩さないローズ様と、ローズ様の分もきっちり礼儀正しく振舞うアイビー様が王宮の賓客室に座っていた。
もちろんふたりを招いたのは私よ。
「もっももももしかして!!! おふたりって、王都で噂のあのおふたりですか⁉」
「運命の人がわかるっていう噂の、魔術師夫妻様!」
「きゃ~~~!!! 私たちが行く前に、おふたりの方が来ちゃった!」
きゃあきゃあと騒いでいるのは、同席していた三侍女だ。
三人で休暇を取って占いしに行くはずが、向こうから来たものだから大興奮しているのよ。
「あのあのっ! 後で私たちを占ってもらえたりしませんか!?」
ずずいっと身を乗り出すアンに、私は苦笑した。
「アン。お客様に失礼よ」
「あああっ! 大変失礼いたしましたあ!!!」
サササッとあわてて身を引くアンの横では、アイも嬉しそうな顔でローズ様を見つめている。
「まじょさま!」
……やっぱり、かつてない喜びようね。
「こちらこそいらしてくださって嬉しいですわ。夫のユーリ国王陛下です」
私がユーリ様を紹介すると、ローズ様もアイビー様もうやうやしく頭を下げた。
「マキウス王国の国王、ユーリ・マキウスだ。どうぞここを家だと思って、好きなだけ滞在していってほしい」
今日のユーリ様は国王様モードだから、いつになくピシッとして見える。
顔に浮かんでいる笑みは優しいだけではない、国王らしい威厳に満ちていた。
「ユーリ・マキウス……。どうぞよろしく頼んだ」
「無礼を申し訳ありません。これが主様の示せる最大限の経緯でして」
ローズ様の代わりに詫びるアイビー様に、ユーリ様が鷹揚に微笑んでみせる。
「構わない。妻からあなた方の話は聞いている。そんな小さなことは気にしない」
それよりも大事なのは、ローズ様が女神様とどう関係があるか、よね。
言葉には出さずに私は心の中で思った。
実は既に、ホートリー大神官をこの部屋に呼んである。
大神官は見た目こそ人畜無害そうなおっとりとした方だけれど、その神聖力は紛れもなく本物だ。歴代大神官の中でもトップクラスだと言われているのよ。
アイの話はしていないけれど、まずはホートリー大神官がローズ様をどう思うのか聞こうと思ったの。
そこへ、コンコンコンとノックの音がする。
ちょうどホートリー大神官がやってきたのよ。
つるりとした頭に、ふさふさの眉毛は困ったようにハの形を描いている。いつも通り穏やかな笑みを浮かべた大神官は、客人の姿を確認すると丁寧に進み出た。
「此度はようこそ王宮へおいでくださいました。わたくしめは大神官を務めている、ホートリーでござい……」
けれどそこまで言ったところで、大神官の動きがぴたりと止まる。
「……ホートリー大神官様?」
不思議に思って尋ねると、大神官はわなわなと震えだした。
「ど、どういうことですか……! あなたの、その気配は!」
おののきながら、ホートリー大神官がある人物を指さした。
震える指の先にいたのは、やはりローズ様だった。
「なぜ、あなたは女神ベゼ様と同じ気配をまとっておられるのですか……!?」
女神ベゼ様と同じ気配!?
私とユーリ様はサッと目線を交わし合った。
一方の指をさされたローズ様は、ゆるりとした笑みを浮かべている。その表情に動揺はなく、いつも通り至って落ち着いていた。
「……はて。一体、何のことだ」
「それはわたくしめが聞きたい……うっ」
一瞬、大神官の言葉にローズ様の瞳がきらりと輝いたように見えた。かと思うと、ホートリー大神官が胸を押さえてガクリと膝をついたのだ。
「大神官!?」
以前、ホートリー大神官は、アイから女神ベゼの象徴であるマーガレットの花をもらって感動のあまり膝をついたことがある。
けれど、今はそういうことではなさそうだった。だって胸を押さえたまま、とても苦しそうな表情をしていたのよ。
「すぐに医者を!」
ユーリ様が叫ぶと、侍従たちがあわてて駆けていった。
私も大神官のもとに駆け寄った。
ホートリー大神官の顔はこの間のローズ様のように、真っ白になっていたの。
「大丈夫ですか! 胸が苦しいのですか!」
必死に声をかけても、大神官は「う……う……」とうめくばかり。
「私が運ぼう!」
そこにやってきたユーリ様が、ひょいと大神官を抱き上げた。
「客人よ、すまないな。私はいったん失礼する」
同じく駆け付けてきた医者とともに、ホートリー大神官を抱えたユーリ様は医療室へと消えて行った。
「……大丈夫かしら、ホートリー大神官……」
「気になるのなら行ってきて構わないのだぞ。どのみち我たちはここにいるのだから」
「……いえ、私は医師を信じて待つのみですわ」
心臓はまだバクバクとしていたが、私は首を振った。
どのみち私が行ったところで、何の役にも立たない。それに、こういう時だからこそ私は毅然としていなければ。
だって、隣にアイがいるんだもの。
無言で私の手をぎゅっと握る小さな手を感じながら微笑んだ。
アイに不安を感じさせないためにも、私は笑顔でいなければ。
「こんな時ですが、おふたりのお部屋も用意してあるんです。滞在中はどうぞ、そのお部屋でお過ごしてくださいませ」
私が不安を吹き飛ばすように言うと、そばにいた三侍女のアンも私の気持ちを汲み取ってくれたらしい。
キリッと表情を引き締め直すと、明るい声で進み出た。
「さぁさ、どうぞこちらに!」
その顔は、気味が悪いほど笑顔だ。
……この様子なら多分、部屋に案内してすぐに「占ってください!」って飛びつきそうね……。
「アン、くれぐれもお客様に失礼のないようにしてね? 部屋に着くなり、『占ってください!』なんて言ってはいけないわよ?」
私の指摘に、アンがぎくりと身をこわばらせる。その顔には『言おうとしてました』とデカデカと書いてある。
そばにいたローズ様が笑った。
「構わぬ。占いぐらいたやすいことだ。部屋についた後でよければ、全員占おう」
「きゃーーーっ!!! 本当ですか! 魔女様お優しい!!!」
「あっ私も私も!」
「私も同行しますぅ!」
先程の不安など吹き飛ばすくらい、三侍女は騒がしい。
けれど、その騒がしさがいつも通りの日常を連れてきてくれているようで、私は少しだけ張り詰めていた気持ちを緩めた。
「構わぬ。皆一緒に来るといい」
鷹揚なローズ様に感謝しつつ、私は彼らを見送った。
部屋で待っていると、ユーリ様が送ってくれたであろう従僕がやってきて耳打ちする。
その内容を聞いて、私はほっとようやく息を付けた。
「アイ、ホートリー大神官は大丈夫だそうよ」
「ほんとう!?」
途端に、アイがパッと顔を輝かせた。アイもきっと言葉には出さずとも不安だったのだろう。
「少し疲れが出ただけなのですって。今はもう意識も顔色も戻っているそうよ」
私の言葉に、アイがほぅうう……と大きくため息をつく。
「よかった……アイ、すごくこわかったよ」
「そうよね。ママもすごく怖かったもの。大きな病気じゃなくて本当によかった」
私が手を伸ばすと、アイがすぐさま胸の中に飛び込んでくる。そのまま抱き上げると、アイは私の胸に顔をうずめた。
「おじちゃん、はやくげんきになってほしいな。アイはどうしたらいいの?」
「そうね……。少し休めば大丈夫だと思うけれど、心配なら栄養のあるものを食べてもらわなくちゃね。一緒にハロルドにお願いしに行こうか?」
「うん!」
そうして私たちは、ハロルドのところへと向かった。
***
……冷静に考えたらまさかのホートリー大神官がお姫様だっこされていますね?
(普通そこはヒロインの場所ェ……)






