第115話 なぜそのふたり?
「主様!」
アイビー様が咄嗟に支えたおかげで椅子から落ちずに済んだけれど、その顔は蝋人形のように真っ白になっていた。
みんながハッと息を呑む。
「まじょさま!?」
「大丈夫ですか!」
「すぐに医者を呼ぼう!」
焦った私たちが立ち上がったのを見て、青白い顔をしたローズ様が言った。
「心配をかけて、すまぬな……だがこれは、魔女としての、体質のようなもの。医者に治せる、しろものではないのだ……」
ハァハァと、ローズ様が苦しそうに言う。
確かに魔力を持つ人たちの中には、それが原因で特殊な体質や持病を持っている人がいるというのは聞いたことがある。それらに対する治療は同じ魔法使い同士でしか行えず、普通の医者ではなんの意味もないらしい。
そこへ、心配したお母様が言った。
「ならせめてお部屋でお休みくださいませ。ひどい顔色ですわ」
「そうさせてもらいましょう、主様」
「すまぬな……せっかく招待してもらったというのにこんな体たらくで」
「気になさらないでくださいませ。元々主人が強引にお呼びしたんですから」
やっぱり。
私がじとりと見ると、お父様は申し訳なさそうに眉毛をハの形に下げていた。
「まじょさま……だいじょうぶ?」
心配そうな顔をしたアイが、そっとローズ様の膝に触れる。
その瞬間、ローズ様がぎくりとした顔をしたの。
けれど……見間違えだったのかしら? すぐにそんな表情は消え去って、代わりにローズ様は微笑んだ。
「何、少し休めばすぐに戻る」
お母様に先導されながら、アイビー様がローズ様の椅子を押していった。
ローズ様の椅子は特製の魔道具のようで、アイビー様が背についている取っ手を握って押すと、ローズ様を乗せた椅子がするすると動き出したの。もちろん車輪もついているのだけれど、重さを一切感じさせないなめらかな動きは、なんとなく魔法がかかっている気がするわ。
でもあの椅子はすごく便利ね……。足の悪い人でも、あの椅子があればどこにでも連れていけるもの。あれはおふたりの発明品なのかしら? それとも他国ではよく使われているのかしら? あとで聞いてみよう。
――そう思ったものの、結局ローズ様の体調はあまり改善せず、その後は少ししかお話できずに私たちの帰宅の日を迎えてしまった。
アイはその間もローズ様のことをすごく気にしていた。
「ママ。まじょさま、もうさよならするの?」
「そうね。体調も悪いみたいだし……」
私の言葉にアイが肩を落とす。
「アイ、もっとまじょさまとおはなししたかったのに……」
アイが初対面の人に対してこんな反応を示すのは初めてだ。
そんなにローズ様のことが気になるなんて。やっぱり、女神様だからなのかしら。
「リリアンおねえちゃんと、しょこらにもあわせてあげたかったよ……」
なぜそのふたり? ホートリー大神官ではないの?
人選に謎を感じていると、アイがうるうるとした瞳で私を見上げてくる。
これはアイがお願いする時特有の、いわば“おねだり”する時に使う表情だ。
「ねぇママ。まじょさまをアイのおうちによんじゃダメ?」
どうやらアイはローズ様たちを王宮に招待したいらしい。
私はうーーーんと頭を悩ませた。
私たちの家と言えば、当然王宮だ。
王宮の中には王族に招かれた者しか入れないことになっているのだけれど、逆に言うと招かれれば王族特権で身分は関係なく入れる。
王族の楽しみのために踊り子や楽団を招くことはよくあるし、そういう意味で私がローズ様たちを招いても特におかしなところはない。
「そうね……アイがそんなに会いたいのなら、ローズ様たちをご招待してみましょうか」
彼女の正体が一体何なのか、私も気になっているところだもの。
ユーリ様もきっと反対はしないでしょう。
私が言うと、アイはこのうえなく嬉しそうににっこりと笑った。
「やったあ!」
***
アイのひっさつ! おねだり!
エデリーンには こうかばつぐんだ!






