第111話 ゴリラって
その日の夜は、かつての私の部屋にアイとともに寝ることになった。
「ママのおへや、かわいーねえ! おひめさまのおへやみたい!」
アイがきゃっきゃとはしゃぐ。
この部屋は、王宮にある自室とは違ってすべて私の好みで飾られている。
家具は可愛らしいアンティークのものがほとんどだし、小物もすべて少女の頃に買い集めたものばかりだ。
「ママが昔好きだったものがいっぱいなの。アイは何か気に入るものはあった?」
「んっとねえ、アイはねえ」
と瞳をキラキラさせながらアイは私の部屋を見て回った。
それから王宮とは違う、より乙女らしい甘い色使いの小物を手にとっては「かわいい~!」と声を上げている。
ふふふ。小さくてもこういうところはやっぱり女の子よね。
見守っていると、廊下からドタドタドタという足音がして、トルケが部屋に飛び込んでくる。さらにそのままの勢いで、私の腰に抱き付いてきた。
「おねーさまあっ!」
「きゃあっ」
突進されて、危うく転ぶところだったわ。
「んもうトルケったら! あいかわらずおてんばね!」
そんなトルケを、私はよいしょっ! とお姫様抱っこで抱き上げた。今度叫んだのはトルケの方だった。
「きゃあああ!? うそっ!? なんでお姉様がわたしのことだっこしてるの!?」
「何言っているの。昔はよく抱っこしていたじゃない」
懐かしいわね。トルケは本当にお人形さんのように小さくて華奢だったから、非力な私でも抱っこできたものよ。
昔のことを思い出しながら言うと、トルケが信じられないという顔で私を見た。
「お姉さまこそ何言ってるの!? そのころのわたしと今のわたし、全然体重がちがうわ! 今はお姉さまとそんなに変わらないのに!」
指摘されて、私ははたと気づいた。
……あら? そうだったかしら?
腕の中のトルケは、記憶の中同様羽根のように軽い。それになんの違和感も抱かなかったけれど……。
そうよね? 十歳って、子供だけれど体重はもう、まぁまぁあるわよね……?
でもなんでこんなに軽く感じるのかしら?
本当に腕の中のトルケは、羽根のように軽い。そのまま横にぶんぶんと揺らして見ると、トルケが悲鳴を上げた。
「きゃあああ!? うそうそ! 待って!? エデリーンお姉様、いつからそんなゴリラみたいになっちゃったの!? おうひって、そんなに強くなるの!?」
「そんなことあるわけないじゃない」
ゴリラって。
その単語に思わず笑ってしまった。
ゴリラって言ったら前にサーカス団で見たことあるわ。あの筋肉ムキムキでたくましい生き物でしょう?
「じゃあなんで!? 昔はそんなに力持ちじゃなかったでしょう!?」
「今もよ?」
「ぜったいうそ!!! じゃあそこにあるチェスト、持ってみてよ!」
言われて私はトルケを下ろした。
トルケが言っているチェストは、コモードと呼ばれる背の低い家具よ。収納というよりは見栄え重視のもので……当然背が低いと言っても重さはしっかりある。
「そんなの持てるわけないじゃない」
言いながら私はチェストの端と端に手をかけた。
「ほら、重くて全然だめ………………ってあら………………?」
一体どういうことかしら?
なんでこのチェスト、片手で持ち上げられちゃったの……? それに、全然重くないんだけど。
「きゃーーー!!! お姉様がゴリラになった!!!」
「ごりら? ママごりらなの?」
「ちょ、ちょっと! ゴリラって言うのはやめてくれる!? ていうかなんで私もこんなもの、持ち上げられるのかしら!?」
――その夜、部屋の中には私たちの叫び声が響いたのだった。
***
10歳の女の子の平均体重は37kgだそうです。
37kgをドレス姿で軽々抱き上げてぶんぶん振り回すゴリ……じゃなかった、王妃です。






