紫蘭の湖 2
「だからね、あなたにも手伝ってほしいの」
頬杖をつきながら言う。
心ここにあらず。その言葉は彼女のために存在していると思えるほどに、彼女はぼおっとしていた。
「手伝うって、何を」
「鬼ごっこ」
「鬼ごっこって、あの鬼ごっこ?」
「ええ、そう」
「どうして?」
「子がいつまでも見つからないからよ」
それと、鬼はもう飽きたの。
視線はそのままに、スピーカーから聞こえるクラシックに消されそうなほど小さな声で囁いた。
まさか高校生にもなって鬼ごっこを手伝わされるなんて。
「いいけど、子って誰なの? クラスメイト?」
瀬名は何も答えずに、花飾りに触れた。
オッケイ。これも前者だ。
僕は聴きなれたクラシックに耳を傾けながら、せっせと弁当箱をつついた。
正門に寄りかかり瀬名を待っていた。
『あなたの自転車を取ってくるわ』と、僕の手から鍵を奪い去ると、駐輪場まで駆けて行った。肩まで伸ばした艶やかな黒髪が、オレンジの夕焼けに染まっていた。
結局、僕は彼女の手伝いを断らなかった。
その理由は三つ。
一つ、瀬名がひどく落ち込んでいるように見えたから。
二つ、その理由を知りたいって思ったから。
瀬名とは小学校から一緒で、長い付き合いの歴史を振り返っても、あんな寂しそうな彼女は一度しか見たことがなかった。もしかして、あの日のことと今日の手伝いが何か関係しているのかな。
そうこう考えていると、瀬名が僕の自転車を押しながら戻ってきた。
「ごめんなさい、少し待たせたかしら」
「全然。さぁ、行こうか」
荷台に乗るでしょ? と瀬名に尋ねた時に自転車の異変に気付いた。
「あら、どうしたの?」
固まる僕を彼女が見る。
「早くいきましょうよ」
相手がどんなリアクションをとるのか楽しみにしている目で。
ああ、なるほど。
だから、そんなに笑いたくてうずうずしているのか。