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冗談はともかく、今の現状からすると彰人は絶体絶命に近いということは理解している。
いや、本当なら本気を出せばどうということはないが、相手が奈雪と同じぐらいの年の女の子だとやりづらいものを感じていた。
「何人をいやらしい目で見ているの?」
「本当に男っていやらしいのね。殺していい茜?」
「駄目よ。まだこの男からは情報を聞き出せてないし。」
とりあえず、彼女たちはあまり容赦はしてくれなさそうだ。
「君たちは、さっき金銭を要求すると言っていたけれど。どれぐらいの額を要求するつもりなんだ?」
「とりあえず財産の三分の二はね。」
「・・・・僕を人質に取った所でそこまでできるとは思わないけど。」
茜の言う財産の事に関しても、まだ彰人には不明瞭な部分が多い。
恐らく、自分の知らないな財産を親が別の所に隠している可能性は十分あった。
「大丈夫よ。私たちを何だと思ってるの?」
忍なら多少の事は分かってしまうのだろうけれど、今は彼女たちの事を聞くしかない。
「とりあえず、これから先私たちは貴方の屋敷に襲撃する事にしているから。そのまま黙って見ているといいわ。」
「その前に一つ聞いていい?」
「何?」
「君たちは、誰に菅野家の事を教えてもらったの?」
「秘密よ。」
目を見れば、恐らくだが彼女たちは誰かに雇われている。けっして自分たちだけで情報を集めているわけじゃないのは確かだ。
彼女たちは吸血鬼で不死ではあるものの、精神年齢自体が多少止まって居るような感覚はあった。
町の中を歩いて一時間以上は経ったが、奈雪と嘉穂は未だに彰人を探して歩いている。
人に聞いてみると、彰人が双子の女の子を連れて歩いていたという情報があった。
流石に二人は心の中でため息をついてしまったが、その彰人を探すにはまだ時間がかかると感じている。
「あいつ、本当に何処に行ったんだか。」
「そう遠くに行くことは稀なのですが・・。」
まるで飼い猫の捜索のような状態だった。
「もし見つからなかったらどうする?」
「帰るしかありませんね。」
「私たちみたいな女の子を放っておいて他の女の子を二人も連れているだなんて。」
「そうですね。少し不自然です。」
「そうそう。ってえ?」
「余程の事が無い限り、彰人様は女性に声を掛けられても素通りしますから。」
「あいつ、聖人なの?それとも・・。」
「恐らく、彰人様には他に私たちが知らない誰かの事を思っている可能性はありますね。」
「なにそれ!?聞いたことないんだけど!?」
「分かりませんが。目を見れば時折誰かの事を考えているようなところはありましたから。」
「目を見て分からないわよ!何でわかったの!?」
「そうですね。ただの勘です。」
「・・・・。まぁ、いいとするか。それで、これからどうする?」
「適当に散策しましょう。もしかしたら、彰人様が居る可能性も・・。」
歩いている途中で嘉穂が影から突然走って来た誰かにぶつかってしまう。
嘉穂は倒れなかったが、当たって来た人は地面に大げさな感じに横になった。
「ぎゃふん!?」
「あわわ、大丈夫!?」
突然の事にはなったが、奈雪はその突然ぶつかってきた少女の姿を見て派手な子だと思っていた。
侍女とはいえ身だしなみを気にするのでそこまで貧相な服装はしていないが、それでも彼女はどちらかというと高級志向に入る。
「いたたた、何処を見て歩いてるのよ!」
「それはこっちの台詞よ。いきなり走ってくるんだから、相手がヤクザだったらどうするのよ。」
「そんな奴首を撥ねればいいのよ!」
「えっと、どうすればいいのこの子。」
謎の少女は立ち上がっては凄い事を言ったが、彼女は何処か焦って居る様子だった。
「えっと、あ、来た!?えっと、貴方!」
「は、はい。」
奈雪が謎の少女に手を捕まれる。
「貴方を人質に取るわ。来なさい!」
「・・・。」
「え?ちょっと?いきなり何処に行くの!?待ちなさいよ!」
いきなり少女が走り、奈雪はただその少女についていくしかなかった。
人混みの中に走り、狭い路地に入っていくため流石に嘉穂は二人を見失ってしまう。
「いきなりどうするのですか。」
「逃げるのよ!」
「誰からです?」
「えっと。私を追う悪い人!」
「・・・・。」
「な、何よ。」
「いいえ。こうまでされると流石に言い辛いのですが、元宮姫ですか?」
「なっ!?何で分かったの・・!?」
「位の高い人がつけるかんざしを身に着けているので。」
「しまった、これ外さないと私ばれるじゃない!?」
「噂通り、少し頭に難儀のある方なのですね。」
「いきなり人を何て言い方・・。丁度いいわ、むしろ貴方割と使えそうだからこのまま協力しなさい。」
「何をですか・・?」
「何をって。だから・・悪い人から逃げてるのよ!」
「そうですか。なら、いい方法があります。」
そう言って、逃走ルートを奈雪が先導する事になった。
結局菅野家に戻る事になってしまったが、奈雪は元宮姫を街に一人で行動させるわけにもいかないと判断し家に上がらせた。
「貴方、ここの子なの?」
「いいえ。侍女です。」
「そう。てっきりお嬢様なのかと思っていたけれど。」
「どうしてそう見えるのですか?」
「うーん。ただの勘違いかしら。それより、ここに居ればとりあえず見つからないのよね。」
「そうですね。しかし、元宮姫。一体どのような方に追われていたのでしょうか。」
「だから、その。悪い人よ。」
「本当にそうであれば、私などを頼らない方がよろしいのでは。」
「大ごとにしたくないのよ。」
「大ごとにしたくないほどやましい事に巻き込まれたのですか?」
「ち、違うにきまって居るでしょう!?何よさっきから、私の事を疑っているわけ!?」
「いいえ。そもそも最初から追われている気配が無かったので。」
「ぐっ・・・・。」
「体格の近い私を捕まえて逃げようとしたのは得策でしたが、これからどうするのでしょうか。お帰りになられるのなら、私がついて行きますが。」
「割と付き合いいいのね貴方・・。言っておくけど、私は帰らないわ。」
「・・・・・・。」
「な、何よ。」
「失礼ながら、少々言葉に難儀がありすぎて理解ができませんでした。何故帰らないのでしょうか。」
「私が帰らない理由?そんなのを説明しなくちゃいけないわけ?」
「元宮姫、と勘違いしましたが。実は違う方なのですか?」
「いっその事そういう事にしておきたいけれど。貴方・・・。」
「元宮姫の偽物であれば、尚更貴方を自由にはできませんが。」
「そう。貴方が私に勝てると思ってるの?」
「勝つか負けるかを思考する程の事ではないと思われますが、諦めて本当の事を白状なさってください。私もそこまで暇ではないんです。」
「暇じゃなかったの?なら、私に突き合う必要はないわね。」
「駄目です。」
「は?」
「どうして突然逃げようとするのですか?私を突然軽い運動に突き合わせたのですから、少しは打ち解けてもよろしいはずですが。」
「しつこいわね。いい?私はこれからかなり凄い用事があるから失礼するわ。いいからそこをどいてくれる?帰れないんだけど。」
「元宮姫が一人で帰るなどと危険な行為をさせるわけにはまいりません。帰宅するのであれば、私が一緒に案内しますが。そもそも隣町まで一人で行けるのですか?」
「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
長い間二人で口論?するようになってしまったが、一歩も引く様子が無かった。
「貴方、私をはめたの?」
「意味がよく分かりません。変な事を言って話をはぐらかすのをお止め下さい。」
「こんな状況に追い込んで、私を一体どうする気?」
「人の話を・・本当に大丈夫ですか?特に頭。」
「貴方、私を元宮姫だと分かって居るくせに段々言葉遣いが荒くなってない?」
「きのせいでしょう。とにかく、今から隣町へ行こうとすると夕方になってしまいます。最悪、夜道を歩く事になりかねません。」
「だ、大丈夫って言っているでしょうが!いいわ!そんなに抵抗するなら武力行使してやる!」
「・・・・・はぁ・・。」
面倒くさい、と奈雪はため息をついた。
本当であれば彰人を探さなくてはいけないのだが、目の前の偉い人の娘のせいで色々な仕事が増えているような気がしていた。
「元宮流合気道の技術を見せてあげるわ。」
「弱そう。」
「っていうかその性根を今すぐ私がへし折ってやるわ!!!」
完全に激怒してしまった元宮姫は、奈雪に対し突撃行為をしかける。
彼女はまだ構えを取ってない棒立ちの状態だ。今すぐ攻撃をしかければ、体格が似ていてもそう負ける事はないと確信していた。
「はぁぁ!」
右手が迫る。
奈雪はただ避けるまでもなく、彼女の右手を掴みそのまま一気に彼女の後ろの方へ回した。
ぐるん、と。不思議な力が加わって彼女は地面に倒れてしまう。
「ぎゃふん!?」
地面に倒れるのもこれで二度目だった。
「大丈夫ですか?」
「いたたたた、い、意外とやるじゃない。貴方も合気道を習っていたのかしら。」
「いいえ。今のは侍女が習う護身術です。」
「侍女の護身術ね。ご主人様を守るのが侍女の役目ではないのかしら。」
「侍女が自身の貞操を守るための護身術ですから。この場合、私のご主人様は男性の方なのでもしもの事があった場合として徹底的に仕込まれました。」
「えっと。ん?言っていることは正しいけど何かおかしくない?」
「いいえ。何もおかしいことはございません。」
「目がジト目になってるわよ。」
「これは元々です。」
「そう。でもまぁ、これで私を倒したと思わないでくれる?」
「・・・」
「ふふ、私の気迫に気が付いてきたわね。こう見えても、多少の力が私にはあるのだから。」
一瞬、不遜ながら元宮姫に対するある一種の感情を抱いてしまったが。相手は一応お姫様なので控えて置いた。
とりあえず、このままでもいいかもしれないと奈雪は考えていた。
「次は本気で行くわよ。もし怪我をしてしまっても、文句は言わないでよね。」
「分かりました。私も出来る限りであれば付き合います。」
元宮姫の方は、殆ど奈雪は去勢を張って居るのだと勘違いをしている。
本当なら今すぐにでも逃げたいが、彼女は門の前に居る以上は倒さなければならない。
「さぁ、行くわよ・・!」
彼女は拳を握り、彼女に対して襲い掛かる。体への突きなら、多少は問題ないのかもしれない。
元宮姫は立場が姫とはいえど、特に体型維持のために武道はかかさなかった。
少女とはいえど、自分の力なら同じ年齢の男の子などまず相手にならないだろう。
その自信は嘘偽りなどではない、彼女はそう信じていた。
しかし、彼女が放った右手の正拳突きは奈雪の左手に捕まれ、そのまま制止させられていた。
「え?」
そのまま手首を捕まれ、彼女は体を固定されてしまう。
「ここまで私より位の高い女の子に密着してしまうとは、現実は面白いですね。」
「痛い痛い痛い!!?位が高いって分かってるなら優しくしなさいよ不敬罪よ!!?」
「その位の高い女子が他の女子に対して拳を上げる時点で普通ではありませんから。因果応報です。」
「く、よくも。こんな、この程度で負けられるかぁ!!!!」
「え?嘘・・・!?」
強引に力を入れて、元宮姫は少女を突き飛ばそうとした。
その怪力は流石に予想していなかった奈雪はバランスを崩し、そのまま元宮姫に押しつぶされてしまう形になった。
「いたたたた・・・・脱臼しそうだったわ・・。」
「そうですね・・服も汚れてしまいましたが、大丈夫ですか?」
「きゃっ、何処触ってるのよ!?」
「強引に突き飛ばされそうになって服を掴んだので、こうして倒れてしまったんです。意外と胸が大きいので、少々びっくりしてしまいました。」
「意外とむっつりスケベね・・。」
「それは誤解です・・。ん?」
奈雪は門の方へ視線を向けた。
「・・・あの、貴方たち。何を、してる、の?」
そこには嘉穂が居たが、意味の分からない状況にただ茫然としている様子だった。
「こ、これは・・。」
「嘉穂様。今現在元宮姫に危機的な事をされています。助けてください。」
「はぁ!!?」
奈雪としては別にどうという状況でもなかったが、未だに帰ってこない彰人に関しては少々気がかりではあった。
菅野家の中で一端、元宮姫は別の服に着替えた。
奈雪のおさがりだが、今はこの状態であれば不審には思われないだろう。
「ここのご主人様は?」
「いません。何処かに行かれたようですが・・。まだ帰宅していませんね。」
「そう。それにしても、さっきのは何よ。」
「何とは?」
「いきなり人の胸揉んだり、人を危険なお代官様みたいな言い方したりよ。」
「それは誤解です。」
「いや、誤解もなにも無いんだけど。」
「それよりも、結局貴方は本当は何をしたかったのですか?」
「そうね。口外しないのなら言うわ。」
「はい。」
「私は元宮姫である事は偽りはないわ。城からここまで来たのは、この村に居る長老の屋敷で花嫁修業をさせられそうになっていたからよ。」
「そうですか。それはつまり、許婚ができたということですか?」
「まだ婚約は済ませていないけれど、その候補が出来ていたのは確かよ。本来であればすぐに棄却させたいのだけれど、私程の身分になると肉体的な関係はまだ無くとも政略的な結婚はさせられるの。子供の事に関しては後にして、家同士の関係を密接にする事は多いわ。それは貴方もよく知って居るでしょう?」
「はい。元宮姫の場合、相手もまた偉い人なのですね。」
「えぇ。でも、中には肉体関係を平気で要求してくる野蛮な人も居るわ。私は基本的に潔癖主義なので、相手が余程の人間でない限り婚姻はしたくないの。それで、私は隙をみて町の中に逃げていたのだけれど。丁度そこで貴方に会えた事になるわ。」
「それは分かりましたが。その婚約を棄却させる事はできるのでは?」
「親族会議では私のお父様の力は弱いのよ。おじい様はまだ健在だし、他の親族の人が元宮家よりも石高があるから、そう逆らう事はできないの。」
「それは困りましたね。」
「えぇ。私はそんな大人の汚い策略に嫌気がさして、こうして家出をしたのよ。」
「そんな人を匿った私も責任は重いでしょうから、今すぐにでも長老の元へ行きましょうか。」
「何でそういう話になるのよ!!?人の話聞いてる!?」
「聞いています。もし大ごとになるようであれば、家の名に瑕がつく可能性はありますから。長老の家は私も場所が分かって居るので、今すぐにでも参りましょうか。」
「しまった冷静に考えたら私詰んでる・・・!!?」
「今更気づいたのですか・・?」
頭をかかえて畳に突っ伏した元宮姫は、それでもここから動く様子は無かった。
「ごはんできたけど、今の話からするとそこまで緊急事態じゃないの?」
嘉穂は奈雪の代わりに夕食を作って運んで来ていた。
「そのようですね。」
「きょ、今日じゃなくてもいいでしょ?もう夜なんだし。」
「面倒くさいですね。」
「段々扱いが雑になってない?侍女としての態度は?」
「私は彰人様の侍女であって姫の侍女ではありませんから。それに、本当に婚約が嫌であれば役所の所で裁判をする事も可能なはずです。特に、元宮姫の家元であれば多少権力が働くのでは?」
「私がそこまでできると思っているの?言っておくけど、私はお姫様で居たいんだから!」
嘉穂から見ても、あまり緊張の無い会話ではあった。
「聞いた限りなら、元宮姫はむしろ帰った方がよさそうなんだけど。」
「嘉穂様もそう思いますか?」
「何でその人は様づけなの・・?」
「元宮姫様では少し長すぎますから。」
不敬なのか不敬じゃないのかよく分からない扱いの理解にお姫様はただ苦しんでいた。
「今すぐとはいかなくても、明日には帰りましょう。騒動と見なされた場合、立場が危うくなる可能性もあるでしょうし。」
「どうして私が悪いみたいな話になるのよ。そもそも一方的に花嫁修業をさせようとした人が悪いんだからね!?」
「えっと。お姫様の言い方は分からなくもないんだけど、流石に城主の娘の話になってくると話が壮大になるから、余程の事でもない限り家出は無いと思う。思います。」
「この場合、城出でしょうか。」
どちらにせよ、明日には元宮姫は帰らなくてはいけない。
しかし、そう簡単に話が進まないのが最大の難関でもあった。
「嫌よ。私は帰らない。」
「駄々っ子ですか。」
「全部私の家族が悪いんだから、責任はあっちにあるわ。」
「面倒くさいにも程がありますね。臭過ぎます。」
「失礼っていうか不敬にも程があるわよ。貴方、私を一体だれだと思っているの!?」
「ま、まぁまぁ。二人とも、おちついてご飯たべよう?冷めちゃうんだけど。」
嘉穂からしても奈雪の言動は少し意外性はあった。
他人に対してそこまで感情的になることはないため、彼女にとっては元宮姫に対する気持ちは強いと感じられる。
「それにしても、貴方のご主人様は遅いわね。何かあったの?」
「それが分からないのですが。心当たりはありますか?」
「私に聞いてどうするのよ・・・。彰人なんていう人は知らないし、まぁ、もしかしたら会った事があるかもしれないけど。菅野家って、どういう家なの?結構広いけど。」
「幕府から直接、妖怪や鬼の退治任務を受ける陰陽師の屋敷です。」
「・・・・どうりで私が妙に扱いが低いのか分かったわ。」
この倭国の世界では、地域を治める城主よりも陰陽師の方が権力が高い場合が多い。
魔法や陰陽道の知識を持ち、妖魔を退散する家系はある意味武将や侍よりも価値が持たれている。
「まぁいいわ。その菅野家の当主にあったら、一応お礼ぐらいはしてあげる。」
「そうですね。迷惑料なら、後で頂いておきましょう。」
「・・・・・。」
嘉穂はつっこみ所の多すぎる会話にあまりついていけず、自分が作ったご飯を黙って平らげていた。