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奈雪が魔法の知識を得たとしても、その応用を成功させるには非常に時間がかかるだろう。
魔力は突き詰めればそこにあるのは人の魂の原点が存在するらしいが、魔導書の書いてある事も全て読み通せているわけではない。
彰人が知りたいのは魔法の真実ではなく、璃子の能力や過去の事だ。
屋敷に存在する魔導書は多いものの、それら全てに璃子の事が書いてあるわけではない。
火属性の応用を全て理解したとしても、狐神に関する情報だけは何故か欠落しているのが現状だった。
もしかしたら何か見落としている事があるのかもしれないが、その見落としている事をいつまで自分が理解できるのだろうか。
いくら第二の生を受けたとはいえ、何等かの失敗で命を落とす危険性はある。
本当ならもっと早く璃子の全てを知りたいが、彼女に関する情報を全て調べることは困難と判断したほうがいいだろう。
魔導書を調べれば有意義な能力の解放の知識が得られると思っていたが、しかしどうして彼女の事はそれほど記載されていないのだろうか。
彼女の経歴が抹消されるような事があったのだろうか。もしそうなら、どうして彼女の存在を知られてはいけないのだろうか。
璃子と最後に別れた時が脳裏に浮かび上がる。
忘れたいと思ったとしても、結局彰人は明人である自分すらも忘却する事はできていなかった。
「疲れているようですね。」
「そう見えるか?」
「はい。何処か焦って居るようにも見えますが。なにかあったのでしょうか。」
「別に。何処か落ち着きが無くてね。」
「昔からそうですね。時折彰人様は、気がふれたように集中しますから。それがどうしてなのかは分かりませんが、あまり無理をしないほうがよろしいかと。」
「一応大丈夫だよ。」
「本当に大丈夫ならよいのですが。私が何かできる事があれば・・。」
「そうだな。じゃぁ、昔この村で何か起きている事とか・・知って居るか?」
「昔というと?」
「軽く27年より前かな。」
「流石にそこまで昔だと知りませんが。どうしてですか?」
「ちょっと訳アリでね。」
「・・・長老と話をしてみたらいいでしょうか。」
「実を言うと、長老とは一度話をしているんだよ。でも、覚えていないらしい。」
「え?」
「皆覚えていないんだ。不思議とね。特に僕よりもずっと年上の人たちに昔の事を聞くと、あまり覚えていないから教えられないって言っているんだ。嘘かとは思ったけれど、そんなふうには見えなかった。最初は、ただ忘れっぽいだけかと思っていたけれど。でも何人も人から直接聞いても昔の事を思い出せない人が多すぎるんだ。」
「それは初耳ですね。どうしてでしょうか。」
「さあ。本当にただの物忘れならいいけど。別に何か問題があるわけじゃないから、今の所は詮索しないでおいてる。」
「私も昔の事を調べてみた方がいいでしょうか。」
「奈雪は屋敷の仕事だけでも大変だろう?」
「そうですね。」
基本的にやる事は変わらない。ただ自分は自分の仕事をすることを今は考えるしかないのだ。
この世界は倭国だけではなく、もっと他の世界が存在していて多くの国が争っているらしい。
争う理由は様々だが、その理由に魔法に関係する薬草や鉱石を国が管理するのもパワーバランスを確定する要素らしい。
多くの特殊なアイテムを収集できる国はより多くの魔法使いを集められる。
錬金術をより多く輩出して、多くのアイテムを作りだせればその国はより強い存在とされるらしい。
倭国の場合、結界のせいで倭国の外に勢力を伸ばすことは今は不可能となっている。
島国の中に閉じ込められた倭国は独自な発展を遂げるが、基本的には平和なままである事が多い。
問題はその閉鎖性ともいうべきか、外から中に入ってくるのはいいが中から外に出る事は出来ない。
倭国は世界から隔離された世界となり、その状況は永久に続くと思われているのが現状だった。
「全く。嫌になる世界だな。」
朝、とくに何かする予定もないので適当にふらついていた。
適当にくつろげる場所があったので、長椅子に座り買った団子を食べていた。
彰人にとっては別に生きづらくはないが、問題は何かしようとしても殆どは無意味に感じてしまう事だ。
「せめて解答を得られれば・・。」
適当に生きていればいいのか、それとももっと他の何かを探さないといけないのか。
どこか変な葛藤を抱いていると、目の前に何かが寄ってくる。
「何してんの?」
「適当に休んでいるだけだよ。」
嘉穂だった。今日は仕事はないので、彼女も適当にしているようだった。
「いつもそうだよね。いっそ誰かを誘って町まで出てみたら?」
「人を誘えるほどいい人間じゃないからな。」
「どうして君はそう根暗かなぁ。私を一回は誘ってみてもいいんじゃない?」
「君、前に奢ってもらえるからって店で沢山注文しただろう?他の客の分まで食うような奴とは一緒に居たくないんだ。」
「そこまで食いしん坊じゃないよ!?他の人の分まで食べてないもん!?」
少なくとも店の食材のストックが一瞬足りなくなったのは確かだった。
ある意味凄い事だが、正直金はあまり使いたくはない。
「君いじわるだよね。そんなんだから彼女できないんですよーだ。」
「彼女ねぇ。」
作る作らない以前に周囲の人間の面倒くさすぎる性根を直したい。
「全く。これだから男は。もしかして、実は奈雪ちゃんと変な事していないでしょうね。」
「いや。菅野家では基本的に当主が侍女や召使いに手を出すことは禁止されているからな。」
「そうなんだ?何で?」
「何でって。手出したら拙いだろ。」
「拙いって、何が?」
「お前、それでも道場の娘か。当主が自分の欲を出して権力を使ったらどうなるか分かるだろ?」
「つまり、どうなるの?」
「えぇと。菅野家の決まりを考える限り、殆どの場合は勘当になる。だから手は出せないし、奈雪も必要以上に俺には近づかないよ。」
「ふーん。それは分かったけど。でももし恋愛沙汰が起きたらどうするの?」
「さあ。そうならないように、前の当主が召使いに何かしていたみたいだけど。」
「前の当主って、彰人のお母さんでしょう?で、何かしていたって・・。」
「さあ。恋愛沙汰にならない何かをしていたって聞いたけど。聞かない方がいいって爺やに止められていたな。」
「気になるわね。」
「人の家の事なんてどうでもいいだろう・・。お前だって、もし結婚しろと言われたらどうするんだ。」
「そうね。でも、うちのお父さんは自分の娘より強い人しか選ばなそうだから。そんなに早くは言われないと思うわね。」
「嘉穂より強い奴ね。どんな豪傑なんだか。」
「ん?」
「どうかした?」
「いや。まぁ、彰人がどうこう言うのは勝手なんだけれど。」
能力的にはむしろ彰人の方が確かに上のはずだが、嘉穂が自分が選ばれる側に見られていない事に軽いショックを受けていた。
「貴方、朴念仁とか言われた事ある?」
「いや、無いけど。」
おおよそ皆がおおらかなのか、それとも本当は我慢して黙って居るだけなのか。
嘉穂はあまり釈然としない様子でため息をついた。
「深く考えた私が馬鹿だったわ。」
「一体何が言いたいんだ?別に酷い事は一つも・・。」
「別にどうという事はないのよ。いっそやれる事があるとすれば私は自分が武力行使すればいいだけだものね。」
「何意味不明な事を・・?」
「一応言っておきますけど。別に私は何も気にしてませんからね。」
「???」
そのまま嘉穂は立ち去る。彰人は彼女が一体何を考えているのか分からないまま、茫然とただ座っていた。
適当に座っていた後、適当に道を歩いていた。
正直、やる事が無いというのは辛いことだ。この世界には自分が居た物がまず無いため暇をつぶすという行為が奇妙なほど難しい。
ほっつき歩いてしまうのも、前世では殆どやっていない事なのだが。環境が変わるとこうも人が変わってしまうのだろうか。
「ん?」
誰かの悲鳴が聞こえた。何かと思い、彰人は走ってその声がした場所へ移動する。
その場所は割と近いところで、そこには複数の鬼が二人の少女を囲んでいた。
鬼はいくら怨念から生じた存在であるとはいえ、昼間にこんな場所までうろついているとは思っていなかった。
その鬼たちに囲まれている少女は二人おり、二人とも瓜二つの姿をしていた。
「だ、誰か助けてください!」
「このままだと殺されてしまいます!」
その叫びに反応して、すぐに彰人は刀を抜いてその鬼たちに突撃した。
鬼たちは驚いて反応しつつ、彼に応戦する。
おおよそその攻撃は殆ど当たらず、複数の鬼は一瞬にして斬殺する事に成功した。
割とあっけない戦闘になってしまったが、少女たちに傷が無いため良しとしよう。
「大丈夫?怪我は無い?」
「はい。ありがとうございます!」
「まさかこんなに強い方に助けていただけるだなんて、私勘当致しましたわ!」
二人の少女に近づかれる。双子であることは間違いないが、しかしどうして鬼に襲われていたのだろうか。
「さっきの鬼は何処から来たの?」
「それが私たちにもよく。」
「突然鬼に襲われて、私たちはなす術もなく。あの、貴方のお名前をうかがっても宜しいのでしょうか。」
「菅野彰人だ。」
突然鬼に襲われたのなら、この辺りは危険であることを知らせないといけない。
すぐに帰ろうとすると、双子の少女たちのせいで移動できなくなる。
「私、翠といいます。」
「私は茜です。」
「そ、そう。綺麗な名前だね。」
「何かお礼をしないといけませんわ。私たちの家まで案内しないと。」
「それはいいよ。君たちはこの辺りに二度と近づかなければいいことなんだから。」
「それはいけません。」
えっと。どっちが茜でどっちが翠だったっけ?
さすがに判別がつきにくいた、とりあえずかんざしの違いで判別する事にしておこう。
「私たちの家に来て下されば、お礼を用意する事ができますから。」
「さあ、遠慮なさらずに。彰人様。」
「ちょ、ちょっと。君たち・・!?」
手を掴まれてしまい、彼女たちによって強引に連れ去られてしまった。
まさかこんな事態になるとは思っていなかったが、暇つぶしにはなるのかもしれない。
彼女たちの家は飲食店だった。近くに宿があり、その飲食店は繁盛していて賑やかだ。
「さぁ、どうぞ彰人様。」
「私たちの気持ちです。」
右に翠、左に茜が居て身動きが取れない。テーブルには料理が置かれているが、割と結構おいしそうだ。
「えっと。お金は・・。」
「大丈夫です。さあ、お口に。」
「じ、自分で食べれるから。」
翠に無理やりご飯を食べさせられそうになったが、さすがにそこまでしてもらう必要はない。
目の前にある食べ物を平らげることにしたが、昼には帰る予定だったのでどうしたらいいのだろうか。
「おいしいですか?」
「う、うん。」
「この店の自信作なんですよ。」
茜も楽しそうだが、鬼たちから助けただけでここまでされるのも困る。
とりあえず一緒に楽しんだら、すぐに帰る事にしよう。多分、奈雪にかなり怒られるだろうけれど。
「あれ・・?」
ぐらり、と。視界が歪んだように感じた。
一体何が起きたのか。彰人は自分が何をされたのか理解する前に、二人の少女の目の色が消えているのが見えていた。
笑んでいるが、目が死んでいる。その二人を見た後、視界は暗くなった。
適当にふらついていると、嘉穂はてこてこと歩いている奈雪を発見した。
「あ、奈雪ちゃんだ。」
「嘉穂様。丁度良かったです。」
「どうしたの?私に何か用?」
「彰人様と会いませんでしたか?まだ帰ってきていないのですが。」
「ちょっと前に会ったけど。まだ帰ってないんだ。珍しいわね。」
「はい。昼には戻ると言っていたのですが。」
「まさか女の子との約束を破るような奴だったとは・・。」
「いいえ、別に約束というほどの事では。」
「いい?いくら侍女とはいえど、男に好き勝手させちゃ駄目なんだからね。」
「そうですね。作法の中に、もし当主に粗相をされた場合の陰口の伝達もありましたが・・。」
「んな陰湿な教育受けたの・・?菅野家って一体・・・。」
「つい口が滑りました。今のは無かったことにしてください。」
「奈雪ちゃんは心の綺麗な女の子なんだよね?影で変な事してないよね?」
「心が綺麗かどうかはともかく、彰人様は今現在どこにいらっしゃるのでしょうか?」
「さぁ。探そうと思っても分からないわね。」
「もし何かがあれば・・。どうやって探したらいいのでしょうか。」
「うーん。使い魔があればいいんだけど。生憎そっち方面の魔法が出来ないからなぁ。」
「彰人様・・。」
今は人に聞いて探すしかなく、二人はただ途方に暮れるしかなかった。
目が覚める。
体中痛く、自分が居る場所は何処か暗い場所だと理解した。
彰人はゆっくりと起き上がる。自分が居る場所は牢獄のような場所だった。
「ここ、は。」
「お目覚めですか?」
「え?」
彰人が捕まって居る場所の外側、そこには翠と茜が居た。
両手が固定されていて身動きが取れない。それどころか、刀さえも奪われている。
「君たち、これはどういう事だ!?」
「見れば分かりますわ。貴方を捕まえるために、わざと鬼たちをおびき寄せて待っていたのです。」
翠は無名二文字をわざと見せつけるように持っていた。
「菅野彰人がいつも歩いている散歩ルートの近くで騒ぎを起こすのは簡単でしたわ。」
茜は笑っているが、初めて会った時とは全く別の印象だった。
「君たちは一体・・。」
「菅野家に対し、私たちは金銭の要求をする用意があります。」
「茜、それは本当なのか?」
「気安く呼ばないでくれるかしら?」
「・・・・。」
正直、まさかこんな事になるとは思わなかったが。彰人にとっては目の前の少女が一体何なのか、頭の中で整理していた。
「・・・菅野家に因縁を持っている忍か・・。」
「ご名答です。流石彰人様。」
翠は拍手しているが、かなり馬鹿にしているような感じはあった。
「本当ならあそこで殺してしまっても宜しかったのですが。」
「それでは人質の意味も無いので、こうして貴方を拉致致しました。」
「もし何か不満があるのでしたら、ここでお聞きいたしますわ。」
「時間も十分ありますし、話し相手ぐらいはしてあげますわ。」
かなり駄目な状態になってしまったが、彼女たちが菅野家に因縁を持っている忍の一族であるのなら納得がいった。
菅野家は魔術や陰陽道を研究する一族で、その関係上幕府に監視を受けている。その中で菅野家は人ではない物の血を引く一族を抹殺する任務を得ていた時期がある。
人外の一族は魔道により人間の能力を遥かに上昇させた存在だが、その危険性故に村が一つ滅ぶような事態も招いている。
それを考慮すれば、生かすよりは滅ぼす方がいいと幕府は判断し菅野家のように人間のまま力を保っている一族に排除命令を下す。
「前に菅野家が忍集団を形成した人外を滅ぼした事があるのは知って居たけれど。まさか君たちが・・。」
「はい。魔導書では、ヴァンパイアと呼ばれているようですけれど。私たちは吸血鬼と呼称しています。」
「元々は幕府の命令を忠実にこなす一族だったのに、まさか危険というだけで酷い目に遭うのだから。私たちはこうして、復讐をしに来たわけですわ。」
「待って。それだってかなり昔のはずだろう?君たちが生まれるよりも・・。」
そもそも彼女たちは吸血鬼だから、年齢などそもそも予想できないだろう。
「君たちは、不死なのか。」
「はい。ですから、当時の事もしっかりと覚えているんです。」
「私たちは丁度そのころは、この肉体年齢と同じ年でしたけれど。当時としてはどちらが鬼なのか分かりませんでしたわ。」
彼女たちに一体何があったのかは分からないが、一族の生き残りではある以上恨みを持っているのも仕方が無い。
「どちらが鬼なのか分からないって?」
「ふふ。聞きたいですか?自分の家が一体どのような化物を私たちの故郷に送り込んだのかを。」
「あの姿を見た私たちは一度死を覚悟しました。けれどこうして生きているのもまた私たちと同じ人外によるものなんです。」
必要以上におしゃべりしてくれるのはありがたいが、一体どんな人間だったのだろうか。彼女たちの一族を滅ぼすほどの力を持っているのなら・・。
「あの殺人鬼は、吸血鬼以上の鬼だった。一体どのようにして不死である吸血鬼を殺したのかも私たちには理解できなかった。」
「私たちは犠牲を払って生き延びたけれど、それかは恐怖で何もできなかった。」
確かに、当時の彼女たちにとっては酷い出来事だっただろう。
問題は、それが彰人にとっては殆ど他人事でしかないため全てを理解する事はできない。
「質問をいいかな。」
「何かしら?」
「年齢は、いくつぐらい?」
「まぁ、年齢を聞かれたわ。」
「少女の年齢を聞くだなんて。何て卑屈な人なのかしら。」
「不死なら問題はないだろ。見た目17歳なんだし、可愛いんだからいいんじゃないか。」
「少しは空気読んだら?」
「頭おかしいんじゃないの?」
確かに彼女たちの言う通りだった。彰人にとっては不本意だが、確かに今の自分はかなりおかしい奴になってしまっている。
双子の女の子に抱きしめられたから、つい調子にのってしまったのだろうか。彰人は自省して、真面目に彼女たちの話を聞くことにした。