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基本的には平凡な人間であるということが僕にとっての最大限の自己主張ではあったが、その平凡さというものも神様にとってはただの無駄であるらしい。
本当は大したことがない人間の癖に大きな力を持ったり、本当はおっさんの癖に若返って女の子からモテたり、あるいは王様になったりするお話は五万とある。
しかし、それらも文法上は何の問題は無いためストーリーとしては完成しているのは確かだった。
つまり文章さえ正しければ基本的には再現可能ともいえるその幻想は、神様にとっては遊びに等しい世界なのかもしれない。
僕はそういう存在になりたいとは思った事は無いが、しかしその異世界転移の当事者となってしまった場合の気持ちをどう表せればいいのかは分からない。
自己主張が苦手というのは、単純に自分の気持ちを言い表せない子供のような言い訳ではない。
ある意味、現代社会という頭の良い人たちによって極限に効率化された社会の中で育った大多数の凡人で居る限り、自己主張などという崇高なアイデアなどそもそも浮かぶ事が無いからだ。
一見言っている意味が良く分からない人も出てくるかもしれないが、僕は基本的に凡人である故に他人・・自分より頭の良い人の意見を借りる事が多い。
そのため、その頭の良い人を自分にとってのマニュアルとしていた生き方をしている自分は徹底的に凡人でしかない。
凡人以上になれない、創造性の低い単純作業が大好きの僕は果たして自分が異世界に転移した後はどうするべきか。
多分、他の転移者と殆ど同じかもしれないが。問題は転移した事よりも転移する前、神様がそもそも僕に知識以外の力を分け与えてくれなかった事だ。
「君は異世界に転移してもらう事にする。」
そう、まず最初に神様から言われた事はそれだ。
雲の上でもなく、神殿の中でもない。ただ普通の学校にある教室の中で、微妙にまぶしい夕焼けに照らされている神様は普通の女子高生にも見えた。
神様といっても、彼女の場合は多神教における神様のタイプだ。
「えっと、それってつまり。どういうこと?」
「私の力を元に戻すために、君が私のために死んでもらいたい。」
単刀直入過ぎて笑いがこみあげてくるが、彼女の目は本気なので今すぐ逃げた方がいいだろうか。
見た目は普通に可愛いが、彼女の正体は学校の近くにある神社に祀られていた神様だ。
稲荷神社だから彼女は狐の耳があるらしいが、今の所は普通の人間である。
遠見明人は、璃子という名前の神様に出会った理由は単純に交通事故で死んだからだ。
道路を渡ろうとした時に猫が先に渡った所を、その猫がトラックに轢かれそうになって居た。そこを彼は守ろうとして自分が死に、猫が生き残った形になる。
問題は、そもそも人間の命を対価にしてまで猫の命を守らなければならなかったのかだが。
璃子はそれを、前世に猫神の下僕にでもなっていたのだろうと茶化していた。
道路の近くにあった神社に魂を吸い込まれた明人は、その境内で璃子と出会い今に至って居る。
「でももう僕死んでいますよ。」
「あぁ。だから、別の人間になってほしいということだ。それは存在としての死と同義であり、転生といってもいいだろう。」
「転生・・。」
「人格も保ったままだから、畏れる必要はない。私もサポートに回るから心配は要らないと思う。」
「いや、普通に待ってください。」
「普通?普通とは・・。」
「待ってって言いましたよね。何でいきなりそういう話になるんです?」
「私の力が殆ど無いと知って居るだろう?後もう少し年代が経てば、力が消えて私は文字通り神様では無くなる。明人を現世に留めておく力も無くなるから、貴様も消えるだろう。私は元々はこの世界の神様ではないから、信仰の値がかなり弱い。この世界の魔力の密度があまりにも薄いから、私の存在を保つには足りなさすぎる。それは前も言っただろう?」
「言いましたけど。神様はそもそもあの神社の神として奉られている以上、何もできないとか言っていましたよね。」
「あぁ。つまり、私は別の世界から呼ばれた、元はただの魔法使いだった人間。けれど、死んでしまった後にこの世界の人間に神として召喚されるのは不本意だった。あの陰陽師にはもっと言いたい事はあるが、私がこうして自由に行動できるのも結局は神社に関係している陰陽師を私が全員殺したからだ。」
璃子は最初に神社に召喚された後、呪いや妖怪の退散のために酷使され続けていたらしい。
最初の内は仕方なくやっていたが、ある日彼女の逆鱗に触れる何かが起こった後に陰陽師を次々と殺害した後は適当に生きて来たらしい。
存在していただけとも言うが、陰陽師が居た時代から軽く1000年は経って居るため璃子はもうそろそろ消える頃合いだという。
「今更恋しくなったんですか?」
「馬鹿を言え。話はまだ終わっとらん。」
「え?」
まだ話があるらしいが、明人は魔法や神様の知識など無いので意味が分からなかった。
「この世界は、向こうの世界と時間の流れが違う。ここでは1000年経ったが、向こうは私が死んだ後もまだ時間の流れは変わって居ない。多分10年程度だろう。」
その話は聞いていなかったが、今更彼女は明人を転生させてどうするつもりなんだろうか。
「向こう側、私が居た世界は魔力の密度もあるし私が元々信仰していた神の力もある。その神の力はこの世界の陰陽師が信仰していた神と似ていてな。それが原因で私は死んだ後あの陰陽師に使役されていた。本来ならあそこで殺すべきだったが、今となってはただの昔話以外なんでもないか。
向こう側の世界は魔力の密度が濃い故に時間の流れが遅い。世界の崩壊のスピードが安定しているといっていいだろう。」
「世界の崩壊・・?」
「あぁ。だから、逆にこの世界は魔力が薄い故・・いずれ世界が崩壊するようになっている。時間の流れがどんどん早くなっていき、最終的にその速度は世界形成の限界を超えて消滅するのが私の予測だ。」
「何とかならないんです?」
「ならんな。」
「・・・・。」
「少なくとも、君の友人たちが全員死んだ後の話だ。その頃は更に時間の流れが加速度を増して、消滅に向かっていく。私はとりあえず、やり残した事があるので先に元の世界へ帰る事を選択した。本当は帰りたくも無いが、やはり帰ってみた方がいいだろうとな。」
「それで、僕に転生させようと?」
「そうだ。」
「うーん。それで、僕はどうなるんです?強くなったりするんですか?」
「おおよそ普通じゃな。私が力を貸すこともあるが、そこまで強力にはなれない。協力する事はできるが・・多分10年も経っているから私も全ての事態に適応できるわけではない。」
「何かあっても、自分の力で何とかするしかないか。まぁ、僕としてはやることは無いから引き受けるしかないけど。神様は一体陰陽師に何をされたんです?」
「ん?あぁ。昔の話か。別に、他愛のない昔話だ。」
「いや、皆殺しにしているから他愛のないとかそういう表現にはならないはずですよね。」
「1000年前だからな。この時代の人間だって、武将を少女化してスケベな事を考えているのだから。私も心変わりぐらいはするだろう。」
「確かにそういう文化だけど。貴方の場合は当事者ですよね。」
「あぁ。しかし、本当の意味で今の私と昔の私は同一かすらも曖昧だからな。そこら辺の問題は置いておいて、転生する方法だ。」
璃子は立ち上がり、明人の目の前に移動する。
「この世界でやり残したことなど無いのは私と同じだろう?なら、そう緊張せずともいい。新しい人生を謳歌する気持ちで私の言う通りにすればいいんだ。」
「まるで、口説かれているみたいですね。」
「実際、私の事を好きにしてもかまわないだろうに。お前とて自分が好きな女子生徒はクラスに居ただろう?」
「居ませんよ。そんな人。」
「嘘をついていないのがあまりにも不気味過ぎる・・。」
そこまで言われる程おかしいことを言っただろうか、好きな人が居なかったという点は別に何も問題は無い気はする。
「性欲が無いのか?まさか、そういう・・。」
「違いますよ。大体、恋愛ができるほど僕は人間が出来てないだけですから。それに、恋愛と性欲は別だと思いますけど。」
「江戸の頃は皆やりまくってた筈だが・・。」
「そんな時代の人たちと一緒にされても困るんですけど。大体、そういう事をして皆病気になったんでしょう?」
「うーん。まぁ、確かにそうだが。この時代の人間は何ていうか釈然とせんな。もしかして、二次元にしか興味が無かったタイプか?」
「何で今その話に脱線するんです?」
「脱線などしていないだろう。」
していないらしい。神様の言う事だから信じることにしたが、明らかに間違っていると思う。
「別に、僕はそこまで変態じゃないですよ。」
「つまり普通の変態だと。」
「人の揚げ足を取って何が楽しんです?」
「いや、私もこうも1000年以上も経験が無い身だと何を言っていいのか分からんのでな。」
「何で無かったんですか?」
「いや、人を殺し過ぎて悪霊呼ばわりされていたから、その気になれないだけだ。」
「・・・・。」
陰陽師を全員殺害した後、璃子は更にその後も兵士やら農民をも殺し続けていたらしい。
自分を悪霊と信じ、神社を焼こうとした人間は残らず殺していく。自分を守るためだったとはいえ、普通の人間たちにとっては恐ろしい祟りだっただろう。
しかし、都合のいい事に一部の人間を除いて祟りをただの自然現象だと思い込むようになった。
あるいは、一部の地域が突然治安が悪化したという認識になり、最終的にその地は過疎状態となる。
近代化された後は、彼女は普通の人間に化けてやり過ごしていた。
その方法はあまりにも簡単で、時間が過ぎるのはすぐだったらしいが。彼女にとってその時間など所詮はただの気晴らしでしかないだろう。
「特に女侍に目をつけられて散々殺されそうになったからな。全く・・何処の世界も頭のおかしい連中ばかりだ。」
「その時代の人たちがどういう人たちかは知らないけれど、でも今は昔話なんですよね。」
「あぁ。だから、はっきり言えば今更どうしたいとは思えない。この世界ではむしろ私のような存在は悪霊として始末されやすいからな。」
「はぁ。でも、何も悪い事をしていないはずですよね。」
「悪い事はしていないか。よくそう言い切れるな?」
「そうじゃないんですか?」
「多少濡れ衣があったとはいえ、あの陰陽師に手を貸した時点では犯罪に手を貸した悪党みたいなものだ。だから正直、今更言い訳はしたくないからな。つまり、私は帰る事を選んだわけだ。この世界は私の居る場所じゃない。」
「はぁ。」
「一つ言っておくが、私もそう出来た人間ではない。むしろ殆ど貴様の敵に近い部類だからな。」
「それは前にも言われましたけど。」
話は大体ここで終わったのだろうか。璃子がまた離れると、ポケットから札を取り出した。
周囲にその札が放たれ、壁に張り付くと一瞬にして世界が黒一色の異世界に切り替わる。
「この学校が建てられる前、江戸よりも前の時代に神社があってな。戦国時代に戦の余波で神社を燃やされた。そのせいで私の力もかなり弱体化しているが、神社の機能自体は何とか取り戻す事に今は成功している。」
璃子が奉られていた神社の本殿は、火災によって消失した後にいくつかの神器を他の神社に移されている。
しかし、璃子の場合は地脈と領域によって縛られているため、広い学校が建設された後はずっとこの学校に通っていたらしい。
建設当時から璃子は人間を騙しずっと学校生活を続けていたが、そこで最終的に璃子は死んだ明人を発見して今に至る。
学校が神社の境内として機能しているのは、璃子が神社の祭具を学園の何処かに隠しているためだ。地脈と領域の中に建物が入って居れば、それは前に存在していた璃子を奉る本殿とそう大差ないらしい。
「私はこの学校での生活は気に入っていたが、流石に複数回も卒業と入学を繰り返すと気が滅入ってくるからな。」
「僕が入学してきた時は、神様はどうしていたんですか?」
「適当にさぼっていたよ。別に授業のテストなど、宮中で受けた勉強に比べればただの遊びだからな。」
授業をさぼりまくって居るくせにテストはオール満点を取って居る謎の生徒として彼女は評判が高かったが、理由としては毎回同じ授業を受け過ぎて全て覚えていたからだろう。
宮中がどういうものかはよく知らないが、彼女にとってはただの昔話だ。
「ここでアキトは強制的に転生する用意は既にある。」
明人を教室に呼び出したのも、結局は元の世界に戻るためだった。
別に死んだ後なので明人にとってはもうどうでもいいことだ。
「準備はいいけど。」
「それでは、達者に暮らせよな。少年。」
「・・・・何?」
その言動の意味を理解する前に、明人は明人という状態を保てなくなった。
彼女の心理をよく理解するよりも早く転生させられた事で、明人は自分の迂闊さをずっと感じるしかできなかった。
明人が第二の生を受けた時、彼は菅野彰人という名前で育っていた。
倭国の田舎に存在する、よく特殊な薬草が得られる事で知られる村で彼は目覚める。
意識が明人として目覚めるまでは時間がかかったが、その璃子という少女がどうして自分を転生させたのかを知るのはそう遅くは無かった。
この村にはある狐神が奉られており、その神社にはとある亡くなった少女が奉納された経緯がある。
理由は不明だが、恐らくその少女は璃子だと思っても間違いない。
「現実が嫌になったから、無理やり彼女は僕を転生して自分は勝手に消えていったか。」
学校を神社代わりにして壮大な魔法を使ったとはいえ、もう少し自分のために何とかできなかったのだろうか。
近江村に産まれてからはそう不自由無く育ったが、狐神の使いである印が左手に刻まれている事を理由に必要以上に崇められていた。
そんなに力など無いはずだが、いつかは国を救う存在となるだろうとか長老からも言われたが。恐らくそんな事は無いだろう。
そんな気持ちすら起こらない、ただ璃子の自発的な消滅を土台にして生まれ変わったことの罪悪感のせいで勇者になることすら拒んでいたからだ。
「はぁ・・・やる気でない。」
大きな切り株に寝ころんでいた彼は、ただ青い空を眺めるしかしていなかった。
薬草を取りに行かなければならないが、正直面倒な感じすらあった。
「全く。何て日だ。」
「正直言ってる意味わからないんだけど。頭大丈夫?」
その青空が、少女の顔によって遮られる。
桐島嘉穂という少女は、村で有名な錬金術師だ。菅野彰人の幼馴染という事にもなるが、明人という人格が10の頃に目覚めたせいでそんな事など小さな事にしか感じていない。
今現在、二人は山奥に行って薬草を採取している。
彰人は現在適当にさぼって居るため、その採取時間は伸びてしまう一方だった。
「俺の人生がよく分からなくなってきてね。今こうして眺めているんだけど。」
「ふぅん。私とキスしたら起きてくれるかな。」
「止めてくれるか?」
「何で私がそういうとすぐに逃げるのかしら。男って不思議よね。」
「女性がセクハラを怖がる気持ちが分かって僕は聖人になれた気持ちだけどね。大体、そんな事をして他の友達から酷い事言われたりしないか?」
「私は彰人の幼馴染だから。」
「ん?あぁ、そう?」
一瞬何の会話をしていたのか分からなくなってきたが、とりあえずそろそろ薬草を探すとしよう。
起き上がって背伸びをする。薬草を集めればいいが、璃子も昔はこういう事をしていたのだろうか。
「うーん。せめて機械があればいいんだけど。」
「機会?」
「何でもないよ。それで、嘉穂はどれぐらい集まった?」
「適当に10本ぐらい集めたけど。彰人、2本しかないじゃない。」
「あまり採取しすぎるとかわいそうかって3本ぐらい見逃したからね。」
「本当に意味が分からないんだけど。それって狐神の使いだからなの?」
「まぁ、そういう事にしておいてくれ。」
そのまま適当に歩き出し、薬草の採取を開始する。
傷の治療に必要な薬草で、今日中に30本程度は集める必要はある。
錬金術である程度効能を上げたり、別の効果を付与するなどして店に売ったりして生計を経てている。
ただ、その採取行為に慎重にならなければならないのが鬼や妖怪と出会った時だ。
人ならざる者は世界中に存在しており、倭国は大陸から切り離された領域に居るため独自な変化が起きている。
竜脈が島に集中しているせいで倭国全体に結界が自然に張られているらしく、外国からの流入すら起きなくなっていたらしい。
結界の濃度が酷くなってからは大陸からの輸入が少なくなり、人間の生活は魔法使いや陰陽師といった存在に委ねられている。
非常に面倒な状態にはなっているが、そこで更に戦争が起きる気配もしているという噂があった。
政権が不安定になり、現在の幕府の将軍の立場が揺らいできたことで他の武将が目を光らせているとか。
もしまた戦国になれば大陸からの援助も期待できないため、倭国全土がその戦乱に巻き込まれる可能性は十分にあるらしい。
正直、こんな時に璃子が居たらどうしていたのだろうか。璃子は彰人に一体何をしてほしいのか、適当に自分に課せられた任務を果たすだけでいいのか。
「ねぇ、さっきからどうしたの?」
「別に。少し寝すぎただけだ。」
「ふーん?変な彰人だけど、今日はちゃんと真面目に仕事してよね。」
そう言われた以上、自分はやるしかない。ただため息をついているしか、今の自分はできなかった。