温故知新。
前世の記憶から培った知識で、私は小さい子どもながら自分のこれからの性格を真剣に考えた。
記憶を思い出したのが五歳。
悩んで悩んで悩みまくって記憶の整理をし終わったのが六歳、それであの壁の穴事件へと繋がる。
記憶の中に登場してきた男達は全員が最低最悪のクズで、「あの子」はもっと最悪だった。
そんな人達と関わらない為に、そして誤解されない性格になる為に人間観察を徹底した。
そんな行動と前世の記憶、元からあった性格とで私はあまり子どもらしくない子どもに育った。
悲しい事に表情筋が優秀じゃなかったのも相まって笑顔が苦手のむっちゃ大人びた子というのが七歳の頃の私だった。
(好かれる性格…とは言い難いだろう。笑顔は苦手だし面倒な事にはとことん関わらないし…。)
友人達が何か面倒な事に巻き込まれでもしない限り、私が自ら大変な事態に突っ込んで行く事は絶対にあり得ない。
前世の事もあって男との付き合いもかなり慎重。
それが何故こうなった。
「稀世先輩!お昼一緒に食べに行きましょう!」
「いや…まだ完全に空腹じゃなくてな…」
「駄目、ですか…?」
「…、」
犬だ。犬がここにいる。
クゥーン…という寂しげな鳴き声と垂れた耳と尻尾、幻聴と幻覚が酷いぞこれは。
周りの女子達は目をギラギラさせながら、真昼と遥はニヤニヤとさせながらこちらを見ていた。
(やはり元可愛い系男子だと見た目が違っても可愛さが滲み出てくるのか?!)
あざといユラシアの仕草や言葉は呆れを通り越して尊敬するくらい完璧なものだった。
受け継がなくて良いものを受け継ぎやがってこの犬が!心臓に悪いだろう!!
「分かった。分かったからそのウルウルした目を止めてくれ…私は動物には弱いんだ…」
「!じゃあ一緒に食べてくれるんですね?!」
「…っ、早く行くぞ」
「はい!!」
今度はパタパタと揺れる尻尾が見える。
エレベーターに乗っている間も飽きもせずにずっと話し掛けてくる轟君。その様子は子が母になついているようだった。
(轟君は編集長の私を母親と認識してる…?)
部下に好かれるのは嬉しいが母親は複雑だ。
「…仕事には慣れたか?」
「はい!先輩達も優しく指導してくれて、大変ですけど凄く勉強になります!」
「そうか」
「それに憧れの稀世先輩の部下ですしね!ヤル気も倍増ですよ!!」
「そうか…」
轟君はとても優秀だ。
仕事が早く、コミュニケーション能力も高い。
今はまだ担当の先生はいないがこの調子ならいつ任せても心配ないだろう。
少女漫画編集部の数少ない男子達とも仲良く話している姿を良く見るし、女子は言わずもがな。
前世の事がなければ素晴らしい部下だと言える。
昔は昔、今は今、という考え方も出来るが簡単に区切るのはやはり難しい。
「きーちゃん。お、ひ、さー」
エレベーターから降りて歩いていれば突然、ギュッと後ろから抱き締められる。
普通なら驚きのリアクションをするところではあるが私の事を「きーちゃん」などと呼ぶ奴は一人しかいない。
隣にいる轟君の方が口を開けて驚いていた。
「離せ雪音。お前…私の所へ来たという事は殴られる覚悟が出来たと解釈して良いんだな?」
「んもう!俺はきーちゃんに会いたくて来ただーけ。殴るなんて怖い事は可愛いきーちゃんには似合わないよん」
「暴力は私も嫌いだがお前を殴ればすっきりするから仕方ない。右頬を差し出せ」
「ちょ、きーちゃん?目がガチだよ?」
「私はいつもガチだ」
クルクルモサモサフワフワした天然パーマの髪と全体的に弛い服装と雰囲気。
私は既に轟君以外にも一人だけ前世の記憶を持つ者に出会っていた。
それがこの男。
「俺がちょーーーー珍しく原稿を自分で持って来て、しかも〆切も守ったんだよ?褒めて褒めてー超褒めてー」
「渡し忘れた原稿と〆切の二時間前に終わった事だな。ある意味褒めてやる」
「えー…もっちょっと何か甘い褒め言葉か行動が良いなぁ。ほら、ノエルちゃんは褒めて伸びる派だからさ」
こいつは私の担当漫画家。
今をときめく超売れっ子人気少女漫画家、名雪 ノエル。本名は天ヶ瀬 雪音。
彼も前世の記憶を持つ私の天敵となる男だ。