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【轟 羽月視点02】

『僕とお前が友達?笑える冗談はやめてよね。僕にとってお前は大嫌いで憎いただの女だよ』






泣き続ける彼女を罵倒する男。


絶望の表情を浮かべる彼女を見るといつも胸が痛み、気分が悪くなる。



(久しぶりに見たな…あーあ、やっぱり後味悪過ぎだろこの夢…。)



目が覚めれば胃がムカムカして、お世辞にも目覚めの良い朝とは言えない。


変な話だが俺の中には違う人物の記憶が存在している。前世と言えば良いのだろうか?

「ユラシア・シェルマン」っていう男の記憶が俺にはある。


思い出したのは十四歳の時。


家の階段でうっかり足を滑らせ、頭を強く打ったのがきっかけだった。


たくさんの記憶が一気に頭に入ってきた時の感想は最悪の一言に尽きる。前世の俺がかなり性格の悪いネチネチした男だったからだ。


記憶の大半が一人の女を虐めて、もう一人の女には気持ち悪いくらい優しくしている光景。


しかもそれは俺の前世の記憶だから視点は俺で、まるで俺が虐めているような感覚だった。


「前世の時の俺」が俺はあんまり好きじゃない。



「羽月、いつまでボーッとしてんの。早く支度しないと遅刻になるわよ?」

「ヤベ!あんがと姉貴!!」



急いで布団から出てスーツに着替えた。


今日から社会人、それにあの人に会えるかと思うと嫌な気分はすっかり消えた。


身支度を整えて駅に向かうと改札に携帯を弄りながら待つ友達がいた。あの後、こいつも朱雀出版の制作部に就職出来て二人でお祝いした。



「それにしても、今日から朱雀出版の社員だぜ?未だに実感出来ねぇんだよな」

「俺もだよ。あぁ…急に緊張してきた…」

「くくっ、それは仕事が?それとも愛しの編集長様に会う事が?」

「…うっせ」



茶化してきた友達も会社の中に入った途端に無言になって、他の新入社員達も緊張で顔が強張っていた。


それぞれの部署へと案内され、俺も必死に笑顔を保つが引き攣っていただろう。

それに分かってはいたけど少女漫画編集部の階は女子の割合が圧倒的に多く、男の俺はかなり注目されて大変だった。


けど、そんな緊張とか不安とかが案内してくれた人の呼ぶ名前で全部吹き飛んだ。


会いたかったあの人に、…安心院さんに会えた嬉しさは半端なかった。


自己紹介の時は握っていた手がめっちゃ汗ばんでいたし、それに何より驚いたのが会って数秒でエレベーターに押し込まれた。



「遥、言うのが遅いぞ…宜しく轟君、ここの編集長を任されている安心院 稀世だ。

挨拶して早々に悪いが轟君、君も来て貰おう」



澄んだ声で話す安心院さんは凛としてて、間近でその美しさを見ると目がショボショボした。


安心院さんに轟君と呼ばれる度に嬉しくて徹夜にはかなり驚いたけど初日から安心院さんとたくさん話せて幸せだったから苦じゃなかった。


それに、あの日の出来事で俺はまた安心院さんをもっと好きになった。



「必ず引き延ばした〆切には間に合わせるさ。優秀な彼らがいるんだ。何を不安になる?


全責任は私が取る…楽しみに待っておけ」



真昼先輩に安心院さんの様子を見て来てと頼まれ外に出れば、笑みを浮かべて印刷所へと電話をする安心院さん。


その姿に見惚れて、安心院さんに話し掛けられた時は挙動不審になってしまった。


休憩室で安心院さんとと二人っきりで休むとなった時も本当に死ぬかと思ったし、けど彼女と話す時間は凄く楽しくて幸せだった。



「編集長の事…真昼先輩みたいに下の名前で呼んで良いですか?」

「な、何で名前で呼ぶんだ」

「え?!えーっと、ほら!安心院先輩ってのも少し呼びづらいじゃないですか!ね!」

「…、」

「では決まりで!これから宜しくお願いしますね!稀世先輩!!」



嬉しくてテンションが少しおかしくなっていた俺は安心院さんを下の名前で呼びたいとまで言ってしまった。


今思うと、徹夜で頭がやられていた。


あんなにグイグイいくとか馬鹿だ自分と家に帰った後に自己嫌悪に陥った。姉貴にもそれを話したら阿保だと言われた。


そして初出勤から今日でちょうど一週間。



「稀世先輩!この書類の確認お願いします!」

「分かった」



開き直って、只今絶賛「稀世先輩」と名前で呼ばせて頂いている。


書類を確認する安心院さ…稀世先輩も素敵で、俺は気付かれない様に稀世先輩を見ていた。



(睫毛長い…あ、初めて見るピアスだ。)



自分でも好き過ぎるとは思うが、好きになったんだから仕方がない。


今は後輩でもいつかは恋人になれるように目指して頑張るんだ。まずは認められるように仕事を完璧にする事から始めていこうと思う。


純粋に稀世先輩に褒められたい。



「このまま進めて構わない。引き続き宜しく頼む轟君」

『ユラシアって凄いのね!貴方のピアノの音色が私は大好きよ!!』


「…あれ?」

「どうかしたか?何か質問か?」

「い、いや…」



笑った稀世先輩の顔が何故かあの記憶に出てくる女の子と重なって見えた。


雰囲気も見た目も全然違うのに。


まさか俺と同じで稀世先輩も前世の記憶を持ってる…とか?



(ははっ、いやいや。あり得ないっしょ。)



すぐにその考えを否定して、稀世先輩に渡された書類を受け取る。


だってもし稀世先輩があの女の子の生まれ変わりだとしたら…前世の俺は最低の奴だと認識されるだろう。


あんな酷い虐めをしてたんだ。


彼女が「あの子」を虐めていたって証拠が何もないのにも関わらず…酷い事をした。



「ある訳無ぇよ」



その可能性だけは絶対に嫌だった。

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